第18話 夕暮れの道
勉強会を終え、図書館から帰る。今日は駿河くんもいるから三人で歩道を並んで歩く。
「駿河くん、明日は塾の日だっけ」
「ああ。勉強会最終日だが、申し訳ない」
「ま、いんじゃね? 個人の用事優先だし」
毎週月・水・金と塾通いをしている駿河くんは勉強会に二回しか参加できなかった。でも、スポーツ推薦組に教えることが良い復習になったようだ。
「テストが終わったら文化祭の準備だね」
「一気に作業にかからねーとな。半月しかないから気合いを入れてやるぞ」
既に仕事の割り振りはできている。土佐辺くんがクラスメイトの適性や得意分野を知っていたから、担当を決める時もすんなり話がまとまった。
僕だけだったら適当にクジ引きで決めるか、みんなで話し合って決めてくれと丸投げするくらいだろうか。
「それより、君たちはもう用意したのか」
「え?」
「なにを?」
いつになく切羽詰まった様子で駿河くんが問い掛けてきた。こんなに余裕のない表情は珍しい。
「なにって、衣装だよ。当日はクラス全員男装と女装をするんだろう?」
そうだった。テーブルクロスや看板、メニューよりも重要なのはソレだ。呼び込みや裏方、接客担当に関わらず、全員が男装または女装をするのがうちのクラスの出し物なのだから。
「えーと、僕は亜衣から借りる予定。まだどの服か決まってないけど」
「オレは姉貴から借りる」
「そうか、俺もそろそろ決めなくてはな」
と言っても、駿河くんには姉や妹はいない。小学校の頃、授業参観などで彼のお母さんを見たことがあるが、細くて小柄だった記憶がある。駿河くんは身長が高いから、母親から服を借りることは難しい。
「体格のいい男子は合う服なさそうだよね。スポーツ推薦組とか特に」
「季節的に浴衣とかはどうだ」
「なるほど、浴衣なら母のものでも着られるか」
本来くるぶしを隠すくらいの丈の浴衣が膝下くらいになりそうだけど、洋服よりは融通が利くだろう。
「それか、思い切ってクラスの女子に借りたらどうだ? お前んちの母親よりは背が高いやついるだろ」
「うーん、しかし……」
年頃の女子に服を借りることに抵抗を感じているのか、土佐辺くんの提案に駿河くんは渋った。
「檜葉とかどうだ? 女子にしては背が高いし、ゆったりめの私服なら駿河でも着れるんじゃねーの?」
「おお、檜葉さんか」
「勉強会で少しは仲良くなっただろ。いっぺん相談してみれば?」
「そうだな、明日話をしてみよう」
檜葉さんは女子の中でも身長が高い。たぶん僕と同じくらいか少し高いくらいか。駿河くんとの身長差は五センチ程だから、きっと着られる服があるはずだ。
「もしかして二人をくっつけようとしてる?」
「駿河は用でもなきゃ自分から声を掛けたりしないからな。服の貸し借りを切っ掛けに交流が持てればいんじゃね?そこから先は二人次第だ」
駿河くんに聞こえないよう、少し後ろを歩きながらヒソヒソと話す。先日檜葉さんが駿河くんに好意を抱いてると知ったばかり。クラスメイトの恋路に関わるなんて思ってもみなかった。
少しでも好きな人と話す機会を増やそうと頑張っている檜葉さんを見ていると、何故か応援したくなる。土佐辺くんも僕と同じ気持ちなのだろう。
最寄り駅からはそれぞれ別の道だ。
二人と別れて、自分の家に向かって歩いていたら、後ろから土佐辺くんに呼び止められた。
「言い忘れた。図書館にいた男に近付くなよ」
「え、なんで?」
「あいつ、なんかヤな感じするから」
注意を促すにしては理由が明確じゃ無さ過ぎる。そもそも『なんかヤな感じ』って、先輩に対して失礼じゃないか?
「顔を合わせた時に少し話をする程度だよ。そもそも図書館でしか会ったことないし」
土佐辺くんが先輩に遭遇したのは昨日だけ。その時だって先輩はあっさり立ち去っている。距離感が近過ぎるのは図書館内では大きな声で話せないから。何故そこまで土佐辺くんが警戒するのかが分からない。
「あ、もしかして悪い人だったりする?」
僕が知らないだけで、実は先輩は素行が悪くて有名だったりするのかもしれない。
「そーゆーんじゃない。……単なる勘」
「えっ」
土佐辺くんらしくない曖昧な理由に、僕は目を丸くした。
「とにかく、次に会っても近付くなよ!」
しつこいくらいに念を押してから、土佐辺くんは帰っていった。後に残された僕は、走り去る彼の後ろ姿をぼんやり眺めながら首を傾げる。
「僕から近付いたことなんかないんだけど……」
夕暮れの道。僕の呟きは夏の終わりのぬるい風が運んできた蝉の鳴き声に掻き消された。