第16話 将来の夢
勉強会を終えて帰宅する。今日も最寄り駅まで土佐辺くんと一緒だった。最近はずっと一緒に帰っている。同じ方角だし、文化祭の実行委員や勉強会で一緒なんだから、わざわざ別々で帰る必要はない。
まだ明るい時間帯なのに、玄関には亜衣の靴しかなかった。テスト真っ最中だから迅堂くんは遊びに来ていないようだ。ちょっと残念。
「亜衣ー、入るよ」
自分の部屋にカバンを置いてから隣の部屋の扉をノックすると、「はいはーい」と軽い返事が返ってきた。中に入ると亜衣が机に向かい、教科書とにらめっこをしている最中だった。
「明日がテスト最終日?」
「うん」
「僕で教えられることある?」
「うーん、コレは瑠衣じゃ無理かな」
そう言われて教科書をよく見れば、工科高校にしかない学科だった。回路の図解や謎の数字がびっしり。確かに僕では役に立てそうにない。
「うわ、難しそう……」
「チョー難しいよ。でもアタシは毎日授業で習ってるから少しは分かる」
「すごいね」
僕は普通の教科ならどれもそこそこ分かるけど、こういった特別な学科については完全にお手上げだ。
「晃はこーゆーの得意なんだよね。高校にいる間にいっぱい資格取っておきたいって言ってた」
「へえ、そうなんだ」
「ぶっちゃけ、クラスのほとんどは難し過ぎて授業についていけてないんだけどね~。アタシもそう」
あはは、と笑いながらも亜衣は教科書から目をそらさない。真剣そのものだ。
「勉強、頑張ってね」
「うん、ありがとー」
自分の部屋に戻り、溜め息をつく。
迅堂くんの目的は資格の取得。工科高校で取れる資格は多く、どれも就職に有利なものだ。恐らく高校を卒業したら資格を活かせる仕事に就いて、安定した頃に亜衣と結婚するつもりなんだろう。アルバイトをしてお金を貯めているのも将来のため。
駿河くんも成績上位にも関わらず塾に通い、更に上を目指している。きっと難関大学を狙っているんだろう。今までは同じ学校だったけど大学は別になりそうだ。惰性で勉強している僕とは根本的に違う。性格的に、彼には普通の会社勤めより研究職が向いてるかもしれない。
土佐辺くんは何にでもなれそう。成績もいいし話も上手い。しかも運動も得意なんだよね。良い大学出て良い会社に勤めるのも有りだし、個人で探偵とかやっても成功しそう。だって、彼は何でも知ってるから。
あ、でも今日図書館にいた先輩のことは知らなかったな。学年が違えば流石に顔と名前までは把握してないか。
急に周りがしっかりした大人に見えてきた。将来のことなんて真面目に考えたこともない。先生が薦めてくれる大学に行けばいいやと思っていたけど、そんな適当に決めたら駄目だよね。学費だってタダじゃないんだから、ちゃんと将来何になりたいか考えないと。
『安麻田の説明分かりやすい』
『何気に教えるのうまいよな』
「……あっ」
今日の勉強会で言われたことを思い出す。
面と向かってお礼を言われたり褒められたりしたのは初めてで、涙が出そうになるくらい嬉しかった。誰かの役に立てたのだと実感できた。
将来の夢、見つかったかもしれない。