第13話 勉強会の提案
テスト週間に入り、部活や委員会などは休みとなった。つまり授業が終わった後の居残りが出来ないということだ。
「全員に役割を決めた。テスト明けから準備に取り掛かるからそのつもりで。あと、各自男装、女装用の服を家族や知り合いから借りれるようにしておいてほしい。アテがないヤツは早めに相談してくれ。不明な点はオレか安麻田に聞いてくれれば答える。以上」
土佐辺くんはホームルームの時間を貰い、文化祭についての連絡事項を伝えた。勝手に割り振りを決めちゃったから反発があるかと思ったけど、土佐辺くんの事前のリサーチのおかげで適材適所に配置出来ている。クラスメイトはすんなり自分の役割を受け入れてくれた。
衣装についても、うちのクラスにはそこまで大柄な生徒はいない。親兄弟から借りれば何とか着られる服があるだろう、というのも土佐辺くんの見立て通り。筋肉質な運動部の男子も、洋服は無理でも浴衣なら着られる。多少丈が合わないのも男装・女装の醍醐味だ。
「ありがとう土佐辺くん。みんなへの説明、全部任せちゃってごめんね」
ホームルームが終わってから声を掛けると、土佐辺くんはいつもの人好きのする笑みを浮かべた。
「いーってことよ。安麻田はオレが無理やり頼んで実行委員になってもらったんだ。喋りや説明はオレのほうが得意だからな。これも適材適所だよ」
一緒に考えてくれるだけでいいと彼は言うけれど、さっきみたいに人前で説明することだって実行委員の仕事だ。僕は本当に役に立っているんだろうか。
「土佐辺くん、ちょっといい?」
帰り際、土佐辺くんと一緒に教室を出ようとしたところで檜葉さんが話し掛けてきた。
「あー、えっと、僕、先に帰ってるね」
「ちょっと待ってろ安麻田」
「え、でも」
先に帰ろうとしたら、土佐辺くんに腕を掴まれた。なんで引き止めるんだ。大事な話なら僕が居たらマズいよね。例えば告白とかだったら。
うろたえる僕を見て、檜葉さんがプッと吹き出した。
「ふふっ、安麻田くんが思ってるような話じゃないから安心してよ」
「それならいいんだけど……」
僕が何を考えているかお見通しだったようだ。そんなに顔に出てただろうか。恥ずかしい。
「テスト週間中に勉強会をやりたいの。ほら、土佐辺くん成績いいでしょ? 駿河くんと安麻田くんにも教える側として参加してもらいたくて」
「勉強会?」
「そう。スポーツ推薦組がちょっと成績危ないみたいで。秋の大会に出られなかったら可哀想でしょ?」
うちの学校、将英学園は運動部にも力を入れているが、最も重要視しているのは学力だ。幾ら大会で好成績を収めても、定期テストで赤点を取れば部活動への参加は許されない。故に、試合への参加も難しくなる。
「そういうことなら仕方ねえな」
「僕は構わないよ。じゃあ駿河くんには僕から話をしておこうか」
駿河くんは今日は塾がある日なのでホームルーム終了後すぐに帰ってしまった。話をするならメールか明日会った時になる。しかし。
「ううん、私からお願いするから大丈夫」
「そ、そっか」
僕の申し出を、檜葉さんは断った。自分の頼み事だから自分で話をつけるのだという。クラスメイトのために勉強会を企画するなんて、檜葉さんは優しいな。
「学校は居残り禁止だろ? どこでやるんだ」
「学校の近くに市の図書館があるから、そこの二階の会議室を借りようと思って」
「ああ、あそこか。悪くないな」
学校から徒歩五分くらいの場所にある市の図書館は、申請すれば無料で会議室を借りることが出来るらしい。仕切られた部屋だから多少声を出しても他の利用客の迷惑にはならない。
「帰りに寄って利用申請していくわ」
「明日から金曜の放課後まで?」
「ええ。参加出来る人は参加するって感じで」
「なるほど、合理的だな」
「土佐辺くんも安麻田くんも、都合が良ければ来て教えてほしいわ」
「わかった」
「う、うん」
話がついたところで檜葉さんは帰った。残された僕たちは顔を見合わせて苦笑いをする。
「駿河とは違うタイプの優等生だな」
「キャリアウーマンって感じだよね」
誰かのために自分ができる範囲で最善を尽くす。簡単なようで実行するのは難しい。檜葉さんが立ち去ったほうをチラリと見て、土佐辺くんは小さく息をついた。
「でも、あれは我欲だな」
「え?なに?」
「なんでもねーよ。帰るか」
「うん」
そういえば、いつの間にか土佐辺くんと帰るのが当たり前みたいになっている。最寄り駅まで同じ道程だから全然構わないんだけど。