第11話 そばにいるだけでいい
土曜の午後、迅堂くんを我が家に招いて一緒にテスト勉強をした。亜衣の部屋だと漫画やゲームなどの気が散るアイテムが多過ぎるから僕の部屋で。
「だから、この公式さえ覚えておけば、あとは数字を当てはめて計算するだけなんだよ」
「なるほど?」
「こういうのは何度も解いて頭に叩き込むしかないんだよね。二人ともやってみて」
「はぁい」
「分かった」
折り畳みの机を部屋の真ん中に置き、隣り合って座る二人の前で解説する。あらかじめ用意しておいたプリントをやらせ、間違えたところを教えていく。コツを掴めば、計算ミスさえしなければ赤点は免れるはずだ。迅堂くんは理数系は割と強い。一度理解してしまえば大丈夫。問題は集中力がない亜衣のほうだ。
テスト範囲は少し違うけど、教えることで僕の復習にもなる。二人が問題を解いている間に自分の勉強もできるからね。
それにしても、迅堂くんが僕の部屋にいるの新鮮だな。家に遊びに来ても、いつもはリビングか亜衣の部屋ばかり。僕の部屋に入ったのなんて小学生の頃以来かもしれない。
「瑠衣ぃ、ここ分かんねー」
「どこ? ああ、これはね……」
たまに呼ばれ、つまづいた部分を見て要点を教える。隣に座り、肩が触れそうになるだけでドキドキしてしまう。勉強会、開いて良かった。
僕は迅堂くん……妹の彼氏が好きだ。彼とどうにかなりたいわけではない。亜衣から奪いたいとか、自分だけを見てほしいとは思わない。ただ目の届く範囲に居てくれればいい。まだ気が早いけど、将来亜衣と結婚したら、迅堂くんと僕は義理の兄弟。つまり身内になる。そうなったら縁が切れることはない。
『好きなヤツが目の前にいれば触りたくなるし、他の誰よりもピッタリくっつきたくなるのは当たり前のことだ』
ふと、土佐辺くんの言葉を思い出した。
当たり前なんて僕には当てはまらない。
だって、もう普通の道からズレている。
土佐辺くんが言ったのは単なる一般論。
僕は好きな人に触れなくても構わない。
「瑠衣~、アタシも分かんない!」
「あ、そこ分かる。俺が教えてやるよ」
「ウソっ、アタシ晃に負けてる!?」
目の前で仲睦まじく肩寄せ合う亜衣と迅堂くんを見ても微笑ましいと思う以上の感情はない。
嫉妬する資格もない。
そばで見ていられるだけでいい。