第10話 不安と嫉妬
「あれ、迅堂くん来てないの?」
「今日はバイトの日だよ」
「テスト週間だよね?」
「家に居ても勉強しないからって」
「ええ~……」
僕の通う高校と亜衣たちが通う高校はテストの日程が一週間ズレている。今週がテスト週間……つまり部活動はお休みして勉強する期間で、来週に中間テストが実施される。アルバイトをしている場合ではないと思うんだけど大丈夫なのかな。
「亜衣は勉強しなくていいの?」
「なにが分からないか分からない」
「全然大丈夫じゃないよねそれ」
この話をしている間も、亜衣はリビングのソファーに転がってテレビを見ている。教科書の入ったカバンは階段下に置きっぱなしだ。週明けにはテストだというのに余裕だなと思ったら、始まる前から全てを諦めてるだけだった。
「前のテストの時『次に赤点あったら塾に入れる!』って母さん言ってなかった?」
「うえぇ、塾なんかやだー」
「じゃあ少しは勉強しなよ」
「勉強ってどうすればいいのー?」
「本気で言ってるの?」
転がったまま手足をバタバタさせている亜衣を見下ろし、途方に暮れる。
亜衣が塾に行くようになれば迅堂くんがうちに来る頻度が減ってしまう。ただでさえも彼がアルバイトで来れない日があるというのに、これ以上会えなくなったら寂しい。
「土日、一緒に勉強しよう。もし都合が合えば迅堂くんもウチに呼んでさ」
「瑠衣が教えてくれるの?」
「学校違うからテスト範囲は違うだろうし、工科高校にしかない学科じゃ役に立てないけど、一人で勉強するよりはマシだと思うよ」
「やったー! 晃にメールしとく!」
よほど勉強のやり方が分からなかったんだろう。亜衣は満面の笑みでスマホを取り出し、さっそく迅堂くんにメールを送っている。
「それでさ、この前の話なんだけど」
「なんだっけ?」
「同年代の男子が迅堂くんみたいに……エ、エッチなことに興味あるかどうかって話」
「ああ、アレね」
自分から言い出したくせに、僕が言うまで完全に忘れてたな。恥ずかしい思いをして聞いてきたというのに。
「友だちに聞いた? なんて?」
「普通はみんな興味あるって」
「そっかぁ」
この解答に、亜衣はやや肩を落とした。ごく普通のことならば、要求を突っ撥ねてしまった側が悪いような気持ちになっているのかもしれない。どちらが正しいとか間違ってるという話ではないんだけどな。
「好きな人がそばに居れば、触りたくなるのは当たり前なんだって」
「好きな人?」
「そう。迅堂くんは亜衣が好きだから色々したいって思うんだよ」
「そ、そっか」
僕の言葉に、亜衣は満更でもない表情を浮かべた。赤くなった頬を両手で押さえて照れている。
「迅堂くんがそういうこと言い出したのって、この前が初めて?」
「うん」
「もしかして最近なにかあった? 亜衣、他の男子から声掛けられたりしてない?」
土佐辺くんは、迅堂くんが嫉妬と焦りでそういう行為を求めているのではないかと推測していた。恋人が誰かに奪われる前に確実に自分のものにしておきたいのだろう、と。
「確かに最近先輩から遊ぼって誘われてる」
「ちゃんと断った?」
「ヒマな時にねって適当にかわしてるけど」
「亜衣~……」
中途半端な断り方では、相手が脈アリと勘違いしてしまわないだろうか。迅堂くんが焦るのも無理もない。しっかり繋ぎ止めておきたくなる。
「でもさあ、遊びに誘うのなんか挨拶代わりみたいなもんじゃん?」
当の本人はこんな感じで危機感は全くない。
「例えばの話だけど、迅堂くんが他の女子から誘われて曖昧な返事をしてたら亜衣はどう思う?」
「え、やだ!」
「それと同じだよ」
自分と彼の立場を置き換えて考えてみて、ようやく状況を理解したようだ。
「はっきり断って迅堂くんを安心させてあげなよ。でないと、またケンカになるよ」
「わ、分かった。次に誘われたら断る」
亜衣はいつになく真剣な顔で頷いた。ここまで言われなくても気を付けてほしいものだと兄として思う。