第1話 文化祭の実行委員
「うちのクラス、何やればいい?」
「メイド喫茶やろーぜ!」
「男子も着るならメイド服着てもいいけどぉ」
本日の議題は秋に行われる文化祭の出し物について。盛り上がるクラスメイトたちを教室の後ろの席から眺める。こうした話し合いで発言するのはクラスでも明るく活発な子たちばかりで、僕みたいな消極的な者は誰かが決めてくれたことに従うだけ。意見を言ったことはない。
「ねえ、土佐辺くんはどう思うー?」
女子から話を振られたのは気怠げに頬杖をつき、足を組んでスマホを弄っている土佐辺くん。彼はやや吊り目がちな目を一瞬女子に向けた後、すぐにスマホに視線を戻して口を開いた。
「メイド喫茶は三年がやるってさ」
「ええーっ!?」
みんなが驚きの声を上げ、落胆する。
「オレらは別の出し物考えよう」
「え~っ、そんなぁ~!」
「もう、早く言ってよ土佐辺くん!」
「悪い。ついさっき決まったばっかだから」
先ほどから彼が弄っているスマホで情報収集をしているのだろう。同学年ならともかく上の学年の動向をリアルタイムで把握しているとは、相変わらず彼の情報網はすごい。
じっと見ていたら、土佐辺くんと目が合った。
でも、すぐにあちらからそらされてしまう。
彼とは小中高と同じ学校だけど特に親しいわけじゃない。社交的で人気者な彼と気弱で地味な僕は、二年になって同じクラスになっても喋ったことは数えるほどしかない。
またイチから話し合いを始めるクラスメイトたちの会話に耳を傾けながら窓の外を眺める。深い青に白い雲がくっきりと浮かぶ空。開け放たれた窓から入り込んだ爽やかな風が汗ばんだ肌にほんの少しだけ涼を運んでくる。夏休みが終わってもまだまだ暑い。
長い話し合いの結果、うちのクラスの出し物は『男装&女装カフェ』に決まった。メイド喫茶と何が違うのか分からないけど、男女どちらも参加できる内容だから公平と言える。案外盛り上がるかもしれない。衣装も家族やクラス内で私服を借りれば済むから作ったり買ったりする必要がない。そのぶん会場の飾り付けや飲食に予算が回せる。
「次は実行委員を決めようぜ!」
「めんどくせー! やりたくねー」
「おまえには任せたくねえな~」
実行委員はクラスメイトたちと連携を取って買い出しや作業の予定を組んで指示を出したり、文化祭当日には見回り当番をしなければならない。クラスを取りまとめる大事な役割だ。
「ここはやっぱ土佐辺くんでしょ!」
「だな、土佐辺なら安心だ」
「はぁ? なんでオレが」
そんな実行委員に満場一致で選ばれたのは、やはり土佐辺くんだった。迷惑そうに悪態をついていたが、彼は条件付きで承諾した。
「安麻田と一緒ならやってもいーよ」
クラスメイトの視線が教室の後ろに集まる。ぼんやりと窓の外を眺めていた僕は、急に話を振られて「え、なに?」と間の抜けた声を上げて固まった。
「ていうか、なんで安麻田くん?」
女子から当然の質問が飛んできた。それは僕も聞きたい。ついさっきまで他人事みたいに聞いてただけで、学校行事にあまり興味関心がない。僕なんかよりやる気がある人に任せたほうがいいに決まってる。
「おまえら分かってるか? 文化祭の前には中間テストがあるんだぞ。テスト勉強と準備を両立できるなら構わないけど?」
「ウッ……」
現実を突き付けられ、盛り上がっていたクラスメイトたちが急にテンションを下げてうなだれた。
「その点、オレと安麻田は成績上位だ。多少テスト勉強の時間削っても問題ねーよ。なぁ安麻田」
「そんなことは」
「なあ???」
「う、うん……」
土佐辺くんの笑顔の圧が強過ぎて、思わず頷いてしまう。
「とゆーワケで、よろしくな」
「う、うん……?」
断ることすら許されず、僕は実行委員の片割れに決定した。なぜ選ばれたんだろうと不思議に思う僕に対し、土佐辺くんはいつも通りの飄々とした態度で握手を求めてきた。緊張で湿った手のひらをシャツで軽く拭ってから、彼との握手に応じる。
彼とこんなに話したのは小学生の時以来かもしれない。