7 ブラコンとシスコン
土曜日、俺と葵さん、そして陽羽 はプラネタリウムへと足を運んだ。
噂の通り、凄かった。……と思う……
隣の席に葵さんが座っていることに緊張しすぎていたせいで内容など殆ど覚えていなかった。
「凄かったね!ほんとに空で星見てるみたいだった!」
「ほんとに。すごく幻想的で。」
「そうですね!」そんなに凄かった…か…?
「だけど途中から横の人が寝ちゃってね…。それが気になって後半はなんか曖昧だったんだー」
「それは大変だったね。またリベンジしよ。ですよね、奏多くん?」
「そうですね!」かかかかかかかかか、かって、あ、葵さんが俺の名を!
「奏多、聞いてんの?」
「そうですね!」き、聞いてるぞ!
「はあ…奏多、もう家に帰るの?」
「そうですね!」そんな訳ないだろう!
「あの、奏多くん?」
「はああ。じゃあ、オレたちだけで行こう。奏多は帰るみたいだし」
スタスタと歩いていく二人を追いかけようとしたが、緊張で思うように体が動かない。何やってんだ、俺…。微妙な笑顔でその場に立ちすくむ。
「で。あなたは何でここにいるの?私は奏多くんと「デート」しに来たのよ?」
「なんだ、てっきり分かってんのかと思った。だってさっきの奏多見たでしょ?「そうですね!」ばっかで。葵さんに会った時もロボットみたいだったし。」
「そんなの気にしないわ」
「んーでもさぁ、奏多は葵さんと“普通の恋愛”をしたいわけじゃん?それならいくら奏多でも嫌われる可能性もあるって気づいてると思うんだよね。だけど結果あんな態度をとってしまう。だからその手助けをしたくてオレは来たの☆もちろん奏多からもお願いされてるよ☆」
「…そういうことなら仕方ないわね」
「待てこら陽羽ー!」
葵さんと陽羽が離れてから数分後、緊張の抜けた俺は全速力で二人に追いつく。
「あれ?奏多は家に帰るんじゃ」
「はぁはぁ、んなこと一言も言ってないぞ。あ…葵さんすみません」
「いいえ、大丈夫ですか」
息を整える俺を見て、葵さんが心配そうに声を掛けてくる。
「けど、家に帰る?って聞いたら「そうですね!」って答えたよ?ねー葵さん」
「え、ええ」
確かにど緊張のあまり、「そうですね!」しか言ってない記憶はないこともないが。
「そうだ、この後お店予約してんじゃなかった?」
「そうなんですか?」
「あ、そうなんです!和食なんですけど、大丈夫ですか?」
「はい。ありがとうございます、楽しみです」
三人で、店のある方向へと歩き出す。葵さんの一足先を行く俺に陽羽が近寄ってくる。
「奏多にしては上出来なんじゃない?」
「…っうるさい」
何だか照れくさくて、ぶっきらぼうにそう答えた。
「確か、奏多くんと陽羽くんは従兄弟なんですよね?」
「うん、そうだよー」
「は!?そんなの聞い…そうなんです、ハハ」
「オレんとこから高校が遠いから、奏多んとこに居候することにしたの、ねー☆」
「そうなんです。本当は今も反対…って、イテテテ」
陽羽が俺の足を思い切り踏んで、次の瞬間腕を引っ張られ、耳元でこう囁かれた。
「ちっ、これだからおっさんは。こういう時は可愛いすぎる従弟を大切にしてるってアピールすりゃいいんだよ!自分の価値下げてどーすんだよ?」
「二人ともどう」
「いやぁ奏多はさ、オレのことが可愛すぎて仕方ないんだって☆」
「うふふ、ほんとに仲が良いのね」
「でさ」
陽羽が両手を合わせる。
「奏多を呼ぶのを苗字じゃなくて名前にしてもらったってわけ」
「そうなんです、びっくりしましたよね」
「いえ」
今日待ち合わせた瞬間から「奏多」呼びだったことに疑問を抱いていない訳でもなかったが、あまりの緊張で「なぜ?」という言葉を紡ぎだせなかった。そういうことだったのか。さすが恋のキューピッド、だ。
それから、料理が運ばれてきて、何時間か談笑したところで、葵さんが携帯の時計を覗いた。
「あ、もうこんな時間。そろそろ帰りましょうか」
「そうですね」
「ふぁぁぁぁ。お腹いっぱいで眠くなっちゃった」
外へ出ると先ほどは少し明るかった空も、夜の闇に包まれていた。
「あー!!!」
「「どうした?」の?」
店を数歩出たところで、陽羽が突然叫ぶ。
「うわ~、友達と約束してたのすっかり忘れてた~。どーしよ~、んー…ちょっと行ってくるね」
「脅かすなよ…じゃあ向こうに泊まるのか?」
「場合によっては!じゃあ!」
そう言うと陽羽は、真逆の駅の方向へと足早に駆けて行った。
「あ。奏多くんの部屋、電気ついてますよ?」
「本当だ。消し忘れたかな」
レストランを出てから(陽羽と別れてから)、せっかく二人きりになれたというのに殆どの時間を無言で過ごしてしまい、あっという間にマンションに着いた。無言の二人を乗せたエレベーターは、これまたあっという間に部屋のある階に着いてしまう。
「じゃあ、また」
「はい、おやすみなさい」
「あの…奏多くん。えと」
「何か?」珍しく、葵さんが何かを言い淀む。
「えっと。その。…今日は楽しかったです、本当にありがとうございました。じゃ、おやすみ、なさい」
何か、伝えたいことがあったのだろうか。そう思いながら、ドアを開けると
「お兄ちゃん!」
「うわっ!な、なんだ、って陽羽!?」
友達のもとへ向かったはずの陽羽が、「陽羽ちゃん」の姿で俺に抱きついてきた。
「あれ?お兄ちゃん、しばらく会わないうちになんか感じ変わった?」
そんなことより、と陽羽は俺の首にまとわりついたまま、キスをせがむ顔をした。
「どうしたの、お兄ちゃん?ねぇ、早くー」なかなかアクションを起こさない俺を急かす。
な、なんなんだこれは…もしや今日頑張った(?)やつの褒美か?…いやいやいや、俺が好きなのは葵さんなんだぞ?…けどまあ陽羽ちゃんを好きなのも確かで。
周りに誰もいないのは承知の上だが、良心から辺りを見渡す。
よし。誰もいない。……ちょ、ちょっとだけ、一瞬だけなら葵さんだって…
「なぁにしてくれとんじゃあぁぁいわれええええぇぇぇぇ!!!!」
ぐふっ…!な、なんだ…
俺と陽羽の距離が数ミリに迫ったところで、俺のみぞおちを強い衝撃が走った。壁へと叩きつけられた俺は、衝撃が放たれたであろう方向を見る。
「ひ、いろ?は!?え!!??」
「陽奈 ぁ!大丈夫かっ!なんか変なことされてないか!」
「あ、お兄ちゃん。私は大丈夫だけどその人…」
「…こんな腐れゲス野郎のことなんかこれっぽっちも気にしなくていいんだよ。さぁ、部屋に戻ろう?」
「ちょい待て、その子は」
「そんな穢れた目で陽奈を見ないでくれる。あ。それから。今日は陽奈とオレが部屋とリビング使うから」
「じゃ、俺はどう」
「この玄関で充分なんじゃない?それから朝食はスクランブルエッグとクロワッサン、分かった?」
バタンッ
ウジ虫を見るような目で陽羽はそう言い放ち、リビングと部屋へと向かう扉を勢いよく閉めた。
一体何が起こったんだ?俺は少し頭を整理する。……とりあえずクロワッサンを買いにいこう。