5 忘れてはいけない
「…あの子、なんなの…」
私は彼の言う通り、『死んでいた』。
いつ、どこで、死んだのか。
そんな記憶は全く無いが、自分がもう『この世の者』でないことは充分に自覚していた。
でも、それがこんなにも簡単にバレるなんて。
隣の部屋から帰宅して、そのままベッドに横になる。
悪いことをしているような気がして逃げるように帰ってきてしまった。
「やっと一人じゃなくなる、と思ったのに…」
もう何年もこの姿でいるのには、訳がある。
「私は誰かと死なないとあの世に行けないのよ」
なんて自分勝手なやつだ、と何度もみじめになった。そして、それ以外の方法を探したこともあった。
だが、結局何も見つからず、かと言って誰かの助けを借りられることもなく、今まで『生きてきた』。
あー、お風呂入らなきゃ…
既に死んでいるので意味は無いが、それでも不潔にしておくのはなんとなく気が引ける。
幸い、生者と変わりなく物に触れられることもあり、生きていた時と変わらないであろう生活を送っていた。
…まあ、ちょっとぐらい休んでもいいか。
どうしても起きる気になれなくて、そのまま少し眠ることにした。
「ん…どこ、ここ?」
そこは誰かの葬式のようだった。何人かが左右に分かれ正座をしているその真ん中で、私は体を丸め寝ていた。
や、やだ!私ったら!
急いで起き上がり列の一番後ろへ移動して、そこにいる人たちに倣って正座をする。
それにしても誰のお葬式なんだろう?そもそもそんなの聞いてたっけ?
何故ここにいるのか。そのことに何か心当たりがないか懸命に考えたが、葬式の予定はおろか、ここにどうやって来たかも覚えていなかった。
思考を巡らせていると、前に座っていた人が焼香のため立ち上がったので、私もそれにつづいた。
よほど疲れていたのね…(でも誰か起こしてくれたっていいじゃない!)
とりあえずご焼香を、って、え!?
なんと、目の前には自分の写真があったのだ。
…ってそんな訳ないわよね。これはだいぶ疲れてるわね…。もう一回ちゃんと休まなきゃ。
「えー、本日は」
私が焼香をしているにも関わらず、和尚が皆の前に出てくる。
「ちょ、ちょっと待ってってば」
急いで済ませ、元居たところに戻った。
とそこでまた、葵の意識は無くなった。
「あっあれ私また寝ちゃってた…」
次に目を覚ますと、夫婦であろう男女が誰かの墓の前で泣いていた。
「ああ、なんで私よりも先に逝ってしまったんだ」
「うっう…」
自分たちの真後ろで、私が眠っていることを知ってか知らずか、二人は悲しみに暮れていた。
なんだか私まで悲しくなってきたわ…
しかし女性が言葉を発した次の瞬間、私から悲しみが吹き飛んだ。
「…い、いつまでも悲しんでると葵だって寂しがるわね。ほら泣き止んで、ちゃんと挨拶しましょう」
あ、お、い?
驚いて、その女性の顔を見る。
この人、どこかで…ううん、そもそも「あおい」なんてどこにでもある名前じゃない。そう、違う、わよ。でも…
これまでの自分の行動に違和感を持っていたのもあり、恐る恐る墓に刻まれた名前を見た。
まさかとは思うけど。だけどあのお葬式の写真は間違いなく私だった。でもそんなはずは。だって私はこうして生きてるんだから。
ゴクリ
野中 葵
うそよ、なんで
その瞬間、「野中 葵」の人生が私の中を駆け巡った。
「ほら、葵たーん、かわゆいでちゅね~!」
「まあ、あなたったら」
「お誕生日おめでとう!葵!」
「葵、いつもありがとう」
「葵。愛しているぞ」
「私もよ。貴女は私たちの大事な娘だから」
「お父さん…お母さん…わた…しっ」
なんでこんな大事なこと忘れていたんだろう。
「すまない。父から…さんと結婚しろと言われた。だから」
「嘘よね…そんなの知らないわ!私は貴方のことこんなにも好きなのに!なのに何で!貴方も私のこ」
「君のことはもう…愛しては、いない…っ」
「何よそれ。…に、逃げましょう、誰も邪魔されないところに!貴方だって本心では」
「もうやめてくれ!…もう終わりにしよう。…すまん」
「そうだ、あの時私は…っ」
目の前にはいつもの自分の部屋の天井。
さっきまでの『悪夢』が夢だったと分かり安堵したのと同時に今まで記憶から消し去っていた『過去』がじわじわと蘇る。
「嫌なこと、思い出しちゃった…」
『いつ、どこで、死んだのか。』
本当はどんな記憶よりもきちんと覚えていた。
「でも、お父さんもお母さんも…あの人だって…。たぶんこの世に私を知っている人なんていないわ」
閉めていたカーテンの隙間から外を覗く。まだ夜は明けていなかった。時計を見ると、ちょうど二時だった。
汗かいてるし、このまま寝るわけにはいかないわね。シャワーだけでも浴びよ。
葵は浴室へと向かう。
陽羽くん…あなたはどうして私のこと見抜いたの?もしかして私の。
手早くシャワーを済ませた葵は、再びベッドに横になった。
次は変な夢見ないといいな…
チチチ、チュンチュン
んっ、朝か。
時計に目をやると、11時近くを指していた。
うわ。鳴ったの全然気付かなかった。
いつもセットしてある目覚ましを見るとスイッチが入っていなかった。
そっか、昨日は。
行かないといけない仕事や、会わないといけない人間がいるわけでもないが、私はもうずっと規則正しい生活を続けている。目的をきちんと果たすために。
「早く確かめなきゃ」
彼が私の運命の人なのかどうか、を。