10 夏祭り
『好きな人と一緒になって、子供をもって、穏やかな老後を過ごす、って感じですかねー、ありきたりですけど』
全然ありきたりな夢なんかじゃない。…
私には、もう叶えられない、とても素敵な夢…。
「どうしてあんなこと聞いちゃったんだろ…」
ダメもとで声をかけた。けれど、|絶対に振り向かないであろう相手《小野塚奏多》は笑顔で応えてくれた。
だから。今度こそ大丈夫だと、幸せになれるんだと。そう、思った。
だけど私は。
一番大事な、大好きな人の願いを、夢を、叶えてあげることができない。
むしろ、それを壊してしまう。自分だけが良い思いをする。
あの瞬間、そんなことが頭をよぎって、自然と涙が出ていた。
あれから数日、奏多くんに会えてない。
会いたい。
けど…どんな顔して会えば…。
ピーンポーン
え!奏
慌ててインターホンの画面を覗く。
だが、そこにいたのは待ち望んでいる相手の従弟だった。
「何の用?奏多くんから聞いてるんでしょ、あの事」
追い返すことなど出来ず、仕方なくリビングに通し、お茶を出す。
「ありがとー。へへ、なんだかんだ言ってオレのこと可愛」
「奏多くんに何を言うかわからないもの。ヘタなことをしたくないだけよ」
冷たく言い放つと、陽羽くんは笑顔のままこう返してきた。
「ふ~ん、そう。じゃあさ。もう奏多に会わないでくれる?」
「…何を言ってるの?」
「ん~、オレも悩んだんだよね~。奏多は涙のことなんてあんま深くは考えてないみたいだし。…心配はしてたけど」
「……」
「今の奏多の”幸せ”を奪っちゃうしさ。だけど葵さんの、『本当のこと』を知る前に葵さんが姿を消した方が楽になるんじゃないかって」
「それは出来ないわ。言ったでしょ?私は誰かと愛し合わないと、相手も幽霊になってくれないと、この世からいなくなることはできないの」
残念ね、と諭すように付け加えると、陽羽くんは気味の悪い笑顔を私に向けた。
「オレ、奏多のためならなぁんだってできるんだぁ」
ゾクッ
目の前にある笑顔とその言葉に、背筋に冷たいものが走り思わず顔を背けた。それを悟られないよう首を振り、陽羽くんにこう言う。
「…ううん、やっぱりそれは無理よ」
「その”無理”が絶対じゃなかったら?」
「あなた。本当は人間じゃ」
「はい、この話はここまで!オレはちょっとだけ美しすぎる男子高校生☆だからさ、何とかできるわけないじゃない。けど」
「けど?」
「もう奏多の前で変な感情は出さないでよ。あくまで”人間同士の恋人”を叶えてもらいたいんだから」
「…わかったわ。これからはあんな馬鹿な真似はしない。だから…奏多くんの傍にいたい」
「わかってくれたんなら良いよ。じゃあオレ、帰るね」
「随分とあっさりしてるのね」
「この後夕飯だし、そんなに時間かけたくないんだ。それに結局どうするかは、奏多が決めることだから」
バイバーイ、と手をヒラヒラと振り、陽羽くんは帰っていった。
このまま疎遠になったほうが良かったのだろうか。
次にどんな顔をして奏多くんに会えばいいのか、それを考えると、さっき言われた通り大人しくここを去ったほうが良いのかもしれない。
「…どんな手を使うつもりだったのかしら」
どのくらい考え込んでいたのだろう。
はっとして時計に目をやると、ちょうど日付が変わったところだった。
え、もうこんな時間…
悩んでてもしょうがないわ。奏多くんならきっと…私を選んでくれる。…それが例え『死』であろうとも…。
「これ以上考えたって駄目よ、とりあえず明日。声を掛けて元に戻らなきゃ」
そう、あの『涙』は上手く誤魔化そう。今はただ、奏多くんの理想の”彼女”になって、”恋人”になることだけを考えるんだ。
「ごめんなさいっ、遅くなりましたっ」
その日、私は夏祭りの開かれる神社で、奏多くんと待ち合わせをしていた。
「いや、だいじょ…………あ、え、えっと、そ、その!お父さんの体調!もう、大丈夫なんですか?」
父親が体調を崩したために実家に戻っていた、という嘘を真に受けて、奏多くんは凄く心配そうな顔を私に向けてくる。
「ええ、お陰様で。私も仕事があるし、母も大丈夫だからって。急なことで連絡も出来なくて、ご心配おかけしました」
「いや、俺は何も。あ、そうだ。目は大丈夫ですか?」
「目?」奏多くんの言いたいことは分かったが、一度惚けてみせる。
「あの公園の…」
「あ、あれですね。おかげさまであれから何ともなくて。すみません、こっちも心配かけてましたね」
陽羽くんから用意された台詞を、少し困った笑顔で演じた。
「いえ、こっちこそ大騒ぎしちゃいました、ははは。…とりあえず見て回りましょうか?」
「は」
「ちょーっとまっっったぁぁぁ!!!!葵さんがせっかく浴衣着てんだよ!?奏多のために何時間もかけて準備したってのに何の感想もない訳っ!?鼻の下伸ばしてエロい目で見惚れるだけなんてひどーい!」
「なんでお前がここに、ってか大声で変な事言うんじゃないっ」
葵さんの後ろからひょこっと現れた陽羽の口を急いで塞ぐ。周囲が一瞬ざわついたが、すぐにそれまでの夏祭りの喧騒に戻った。
「で。なんでお前が」
「ごめんなさいっ。私が呼んだんですっ。前にうちに来た時にお祭りに行ったことないって言ってて…奏多くんに確認もしないで……本当にごめんなさい!」
「うわー、葵さんかわいそー。オレのためを思ってしてくれたことなのにー」
「は?何言って。これはだな」
「はいはい、デートでしょ。そんなの分かってるよ。オレはただ、奏多が葵さんに変なことしないか見張りに来ただけ。ほら~、奏多ってムッツ」
「わかった、わかった!!一緒に楽しもう!な!?」
「わーい☆あ!見て見て!あれ食べたーい!」
「勝手に動くな、はぐれるだろ!…すみません葵さん。すぐ呼んできますから」
奏多くん…。
貴方とこうやって「普通」にお祭りに来れたことは凄く嬉しい。
だけど、私は-
嘘をついてる。