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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

緋色の帯

作者: 恵葉

子どもの頃に、祖母や、色々なところから聞いた話を元に、ある夏の話として書いてみました。

フィクションではありますが、ある部分は実話です。

「現実は小説よりも奇なり」…さて、どの部分が現実にあったことで、どの部分が私の創作によるものでしょう。

廃藩置県により、武士というものを見掛けることが無くなった時代の事でした。

といっても山だらけの田舎では、そもそも農民ばかりという時代でしたが。

小さな村での出来事でした。


その村は鉄道も通っていない、辺鄙な地域にある村で、特にこれと言ったものがあるわけでもなく、きっと普通に生活を送っていたら、一生行くことは無い村でした。

しかし蕎麦屋でたまたま知り合った知人が縁で、その何も無い上に辺鄙な村の近くへやってきた僕は、まさかあんな事件に遭遇する事になるとは思ってもみませんでした。


江戸時代から商売で財を成していた家のお坊ちゃんに生まれた僕は、家業を多少手伝いながらも大学で色々学んでいました。

その日は、何となく蕎麦が食べたくなり、時々行く蕎麦屋の暖簾を潜っていました。

何も考えずに蕎麦を啜っていると、隣のテーブルで若い男性が、かなり嫌々蕎麦を食べているのが目に入り。

何となく気になって、声を掛けてみました。


「お兄さん、蕎麦、嫌いなの?」


すると男性は、自分は信州からやってきて、蕎麦が懐かしくなって蕎麦屋へ入ったけど、お客さんも多そうだから、大丈夫かなとこの蕎麦屋に入ったけど、全然美味しくないと。

そこから僕たちの蕎麦談義が始まり、機会があれば、本場の信州そばを食べに行くと良いと勧められました。

その男性の実家は、信州のとある城下町にあり、その周辺には、美味しいそばで有名な地域もあると聞き、折角だから行こうかなという事になりました。

男性が郷里に帰るのに合わせて向かい、男性の実家に泊まらせてもらうことになりました。


男性の実家も僕の実家同様に商家でしたが、大きな違いは田舎だけあって、男性の実家は農業も営んでいました。

なので僕は、普段は小作人に紛れて農業の手伝いをしつつ、男性に時間が出来ると、周辺の蕎麦が美味しい地域等で連れて行ってもらっていました。

と言っても、必ずしも蕎麦屋とは限らず、普通の農家がシーズン等だけ、蕎麦屋も営んでいるという地域もあり、知らなければそんなところで蕎麦が食べられるなんて分からない地域もありました。


ある日、その男性の姉が嫁いでいるというその村へ出かけることになりました。

男性の姉も、上手い蕎麦が打てる人だとかで、数日、姉の嫁ぎ先へ滞在しようと誘われ、どんな美味しい蕎麦が食べられるのかと心躍らせて向かいました。

何せ電車も走っていないので、半日かけて、当時はまだ珍しい自転車で移動し、到着すると、その友人…家に行き来するほどだから、もう友人と呼んで差し支えないだろう…の姉の嫁ぎ先では、物々しい空気が漂っていました。


村のはずれの川の近く、生い茂った草むらで、惨殺死体が見つかったと。

着物から女性という事は分かるものの、亡くなってから日にちが経っていたようで、かなり腐敗が進んでいて、すぐには身元も確認出来なかった。

着衣は乱れ、そして野生動物に襲われたのか、腸もめちゃくちゃになっていた。


着衣の乱れから、少なくとも着衣を乱したのは、野生動物ではなかったと思われ、男にでも襲われたのかもしれない。

着衣の乱れから、女性を襲った後、腹を切って殺したと思われた。

その後、野生動物が荒らしたのかもしれない。


そんな極悪な犯罪とは無縁だった小さな村を襲った恐怖に、村全体が暗い雰囲気になり、美味しい蕎麦をと浮かれていた僕たちは、がっかりする以上に困惑してしまった。

友人にとっては、大切な姉が住んでいる村でもあり、姉を置いて村から立ち去るのも心配で、どうしたものかと悩んだ。

姉が心配な事から、友人は暫く姉の嫁ぎ先に滞在する事になったのだが、僕については、折角、東京から来てもらったのに、東京へ追い返すのも申し訳ないし、とはいえどうしたものだろうかと。

相談の末、取り敢えず様子を見ようという事になり、僕も一緒に暫く滞在させてもらうことになった。


数日後、殺された女性の身元が分かった。

周辺の村で、行方不明となっていた、20代の若い女性と分かった。

殺されてから何日も経っていたのに、すぐに騒ぎにならず、身元がすぐに分からなかったのは、その女性は少し離れた農村の貧しい農家から、まるで身売りのように親によって農家の跡取りに嫁いできた娘で、なかなか子宝にも恵まれず、嫁ぎ先では朝から晩まで下女のように重労働を強いられていて、ついに逃げ出したのだと思われ、嫁ぎ先では世間体を気にして、行方不明を隠していたからだった。


しかし身元が分かったからと言って、それで事件が解決したわけでもなく。

おまけにその事件は、単なる始まりに過ぎなかった。


犯人は捕まらないまま、数日が経ち、何となくもう事件が終わったかのような、元の日常に戻りつつあったその日は、友人の姉がついに蕎麦を打ってくれることになり、僕たちは朝から浮かれていた。

友人の実家同様に、友人の姉の嫁ぎ先でも僕たちは、農業の手伝いをして過ごしていたのだが、その日は友人の義兄が山の手入れに行くというので、同行していた。

山歩きには慣れていない僕は、ついて行くだけでも精一杯だったのだが、先を行く義兄が友人に人らしきものが倒れていると声を掛けた。

良く見ると、歩いていた山道のずっと下の方、小さな沢の近くに、山の彩にはそぐわない、華やかな色彩の着物を着た人なのか人形なのかが横たわっていた。


僕たちは嫌な予感がしながらも、それが人ではなく、人形だったとしても、それならそれで、ごみだから、放置するわけにはいかないと、沢へ向かって山の斜面を下って行った。

斜面を下り始めて、割とすぐに、それは人形ではない事には全員、気付いてしまった。

数メートル手前まで近づいた僕たちは、あまりの惨劇に足がすくんでしまい、立ち尽くした。

目視でもある程度見えるその場から見た限り、まだ若いと思われるその女性は、必死で抵抗したのだろうか、髪が乱れていた。

そして首には絞められた跡があり、着衣も乱れていた。

可哀そうに、着物の前はほぼ開けた状態で、なのに何故か赤い帯でも締めているかのように腹の辺りは真っ赤で、腹が裂かれているようで、内臓が飛び出ているように見えた。


僕たちは、言葉を失くし、それ以上は怖くて近付くことも出来ず、しかも全員近くの木の根元に朝食に頂いたものを嘔吐した。

取り敢えず、友人の義兄が人を呼びに走る事になった。

僕も友人も、誰を呼びに行って良いかも分からなければ、現場の場所を説明する事も出来ないため、義兄が行く以外の選択肢は無かった。

本当は全員、その場から逃げ出したかったのだが、野生動物に乱されたりとかしないように見張らなくてはいけないのと、もしも犯人がまだ近くに居た場合、一人では危険だしという事もあり、僕と友人の二人が残る事になった。


混乱して何も考えられなかった僕たちは、義兄が人を連れてくるのを待つ間、会話さえも出来なかった。

とにかく怖かった。


やがて義兄が村の男たちを連れて戻ってきた。

女性は、隣の村の人間で、昨日は村の知り合いの所へ出掛けてきていたのだった。

今朝、その家から村の知り合いの所へ、娘が帰ってこないと連絡が来て、探し始めていた矢先の事だった。


隣の村と言っても、歩いて行き来できる程度の距離だった事もあり、夕方とはいえ、まだ日もあったことから、女性は歩いて帰ると言って、知人宅を出ていたのだった。


小さな田舎の村で、こんな事件が二件も続けば、それはもう尋常ではなく、猟奇殺人と警戒されるようになり。

友人と僕は、それこそ悩んでしまった。

友人の姉が心配なのである。

一旦、友人の実家へ帰らせることが出来れば安心も出来るのだが、友人の義兄はそれを望んだのだが、義両親が許さなかった。

嫁いだ身で自分だけ安全な実家へとか、とんでもないというわけである。

友人の義兄は、だったらせめて友人にももう暫く滞在し、友人の姉を守って欲しいと泣きついてきた。

義両親も流石にそこまでは反対しなかった。

まあ労力が得られるからかもしれないが。

友人は、僕にもどうするか聞いてきた。


「君はどうする?今は大学は休みなんだろ?

居てくれたら僕としては心強いけど、こんな田舎で畑仕事をさせておくのも申し訳ないし。

それに今のところは襲われたのは女性だけだけど、犯人の目星もついていないから、目的とか全くわからないのに、全然安全ではないこんなところに引き留めるのも何だし。

君はどうしたい?」


正直言って僕はもう東京へ戻りたかった。

でも恐怖に震えている友人やその姉、義兄を置いて、自分だけ逃げるというのが、どうしても出来なかった。


「とりあえず僕がここに居ても迷惑でなかったら、もうしばらくは、僕も君と一緒に留まるよ。」


そう答えると、友人とその義兄は、心から安心したように僕にお礼を言った。


「本当にありがとう。本当は犯人が捕まるまで、僕が美代子の傍に居られたら良いんだけど、うちの両親は昔気質というか、嫁に厳しい人たちだから、それを許さないし。

それでも無理に僕が傍に居たら、今度は美代子がうちの両親に何を言われるか、分かった物ではなくて。

でも美代子の実の弟である健二君と、君が美代子の身近で守る事までは反対は出来ないだろうから、君たちのどちらかが常に美代子の傍に居てくれると、本当に助かるよ。」


どうやら友人の姉の義両親は、嫁には非常に厳しい人たちだけど、外面は良い様で、嫁の実家に対してまで強く言うことは無いらしい。

それに無料で使える男手が増えるというのも利点と考える人たちらしい。


それから僕と友人は、必ず常にどちらかが友人の姉が家の外へ出る時には、付き添うようになった。


しかし依然として犯人につながる手掛かりは見付からず、日々は過ぎて行った。

そして夏祭りの日、地元の神社へ出掛けた幼子を連れた若い母親が、行方不明になった。

祭りの日だった事もあり、大勢の人が居たものの、屋台などで他所からの人間も少なくなく、また、人の目も多かったにも関わらず、忽然と姿を消していた。


その神社は少し前、恐ろしい光景を見た場所でもあった。


その日は地域の会合があり、友人の姉の義父と夫が別の用事で村を離れていて出られないため、義母が出席していたのであった。

そしてまだ僕たちが滞在中であったこともあり、念の為に僕が付き添っていたのだった。

会合が長引き、日が暮れてから帰途につく事になってしまったこともあり、無言で早歩きで家へ向かって歩いていた。

そして神社の横の道へ差し掛かった時、「コーン!コーン!」と何かを打ち付ける音が聞こえてきたのだった。

それまで無言だった僕たちは、顔を見合わせ、恐る恐る神社の周りを取り囲む石塀のところまで行ってみた。

そっと隙間から音のする方を覗き込むと、髪が長く、白い死に装束というか、白い襦袢を着た女性が、頭に鉢巻をして、頭と鉢巻の間にろうそくを差し、神社の境内の木に、藁人形を打ち付けている姿がそこにありました。

その異様な光景に、僕たちは必至で悲鳴を飲み込み、声や音を立てないようにその場を離れ、大慌てで走って帰りました。

僕たちが見たことがバレたら殺されるのではないかと、神社が見えなくなるくらいに離れるまでは、本当に生きた心地がしませんでした。


その翌日、友人の姉夫婦が二人とも揃って自宅に居る時に、僕と友人はその神社へ行ってきました。

が、藁人形はありませんでした。


しかしそんな事のあった神社だった事もあり、祭りの最中に幼子を連れた若い母親が姿を消したというのは、一層不気味に思えました。


そして三日間の祭りの最後の日、その親子は見つかりました。

村はずれの田んぼの畦道に、今回も開けた着物に腹を真っ赤に染めて、そして恐ろしいことに、裂いた腹に幼子の頭が突っ込まれておりました。


ここまでの猟奇的な殺人に、捜査も大掛かりになり、遺体からは肝臓が盗られている事が分かりました。

村には、様々な噂が流れました。

人間の肝臓を薬にするために売っているのではないかとか、その薬が必要な奴が犯人なのではないかとか、身内の女性に肝臓を悪くしているものが居て、移植するしか助ける方法が無く、そのために若い女を襲って肝臓を奪うも、移植するのにどうして良いか分からず、奪った肝臓もあっという間に腐敗してしまい、次々に女性を襲っているのではないかとか。

そのため、女性の病人がいる家は疑われたり、村中がお互いに疑心暗鬼になり、女性は夜や人が少ない場所などは、外出を禁じられるなどしました。

白い肌に、裂かれた腹の血が帯の様に見え、赤帯事件とも呼ばれました。

それでも変わらず犯人は捕まらず、手がかりも無く、日々だけが過ぎていき。


被害者の共通点は、若い女性という事と、全員が腹を裂かれていたこと、肝臓を取られていたことだけで、それ以外には何もありませんでした。

お互いに友人同士とか同級生とかでさえも無かった。

共通の友人や知人も疑われたものの、全員との接点があるものは見付からず、事件は完全に暗礁に乗り上げていました。


やがて夏も終わり、流石に僕も東京へ戻らなければならず、どうしたものかと考えながら、友人と部屋で酒を飲んでいました。

先ず、行方不明になった場所や遺体が見付かった場所もバラバラだったため、罠を張ろうにも場所が絞れない。

さてどうするかなぁ~と考えていた時だった。

友人の義兄が、僕たちが寝泊まりしていた部屋へ、血相を変えて飛び込んできた。


「犯人が分かった!今から皆で踏み込むぞ!」


と…。その日、暗くなったら女性の一人歩きは禁止だと言われていたにも関わらず、女学校の生徒が思いがけず帰りが遅くなってしまったらしい。

薄暗い中を、急いで家路を歩いていると、家もろくに無くなった辺りで、背後から突然襲われたらしく。

首を絞められ、意識を失いかけながらも、相手のみぞおちに思い切り肘鉄を食らわせ、相手が怯んだ瞬間に相手の首根っこを掴んで投げ飛ばし、隙を与えず相手の股間を思い切り踏みつけたらしい。

瞬間、月明かりに相手の顔が見え。

女性はそのまま全力で走ってもっとも近くの家へ飛び込み、その家の家主が近所へ声を掛け、あっという間にあちこちの家から男衆が集まり、犯人の家へ乗り込むことになったというわけです。


その女学生は、父親や兄たちから、柔道を子供のころから教わっていて、その辺の下手な男よりも強いということでした。

股間を思い切り踏みつけたのも、男に襲われたら股間を狙えと普段から兄たちから言われていたらしい…話だけでも痛ましい…犯人に同情はしないけど。


犯人は、年老いた母親と村はずれに暮らしていた、数年前に他所から移住してきた男でした。

母親を置いて逃げようとしていたのですが、着の身着のままで逃げたら逃げられた可能性もあったのに、男は金を持って逃げようと、自宅へ戻ったため、自宅から飛び出してきたところへ村の男衆が駆け付け、取り押さえられました。


しかし男は犯行動機について、二転三転と変え、結局なんのために次々と若い女性を殺したのか、本当のところは分からないままでした。


神社から忽然と消えた親子は、人けの無い神社の裏手へ母親が少し目を離したすきによちよちとやってきた幼子を抱き上げ、追いかけてきた母親を脅し、そのまま更に人けの無い場所へ誘いだしたとの事でした。

そこで大きな声をあげていれば、助かったのかもしれないのに、その母親は、とても大人しい女性だったらしく、普段から大きな声なんて上げられない人だったらしいです。

悲鳴を上げられない人っていると聞きますが、いざという時に大声を出せるようにしておくって大切だなと思いました。


その後、その村は、不便な地域だった事もあり、段々と過疎化していき、十数年経つ頃には、殆ど人も住まなくなってしまいました。

友人の姉一家も、子供が生まれたこともあり、子供を学校へ通わせるためにもと、友人の実家のある街へ引っ越したそうです。


大学卒業後、友人と僕の関係は、僕の仕事が忙しく、日本各地へ赴く事が多いこともあり、時々手紙でやり取りをするのみになってしまいましたが、それでも時々、赤い帯の着物姿の女性を見ると、どうしても心に恐怖が浮かび上がってきてしまい、あの日々を思い出してしまいます。

この赤い帯に対する恐怖も、いつかは無くなってくれるのでしょうか。





別のお話を書いている真っ最中だったのですが、ふと思い立って、全く別の短編を書きました。


淡々と語るようになってしまい、ドラマチックな演出には出来なかったのですが、このお話は、あちこちに実際の出来事が織り交ぜてあります。

子の刻参りは、祖母が見たものでした。

どの部分が完全なフィクションで、どの部分が元となったものがあるのか、そんな事を考えながら、人って恐ろしいなと考えながら読んでいただければと思います。

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