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天敵

王都周辺。早朝。

 空は、かすかな震動に目を覚ました。窓の外には、微細な靄のようなものが広がっている。


「……地鳴り?」


 異様な気配を感じ、空は白とカイを起こし、すぐに外へと出た。

 遠方の森の方角、黒煙が立ちのぼっている。空気が重い。

 オーラの扱いに慣れてきた今だからこそ直感的に分かる、オーラの淀みのようなものがそこにあると感じた。


 現場に急行した3人の前にいたのは、異形の存在だった。


見慣れた“ゴーレム”という単語が頭の片隅をかすめたが、目の前の存在は、想像していたそれとは大きくかけ離れていた。


背丈は人間とさほど変わらない。しかしその身体は不気味に細長く、岩というよりは黒曜石を思わせる滑らかで冷たい質感に覆われていた。しなやかな肢体はまるで“生き物”のようで、関節の動きすら異様に滑らかだ。


「ゴーレム……なのか、あれが?」


空は息を呑みながら右手を構え、オーラを凝縮させる。槍のように鋭く形づくり、狙いを定めて放つと、それは確かに命中した——が、次の瞬間、空の顔が強張った。


「消えた……?」


命中と同時に霧のように消えたオーラ。いや、霧散ではない。吸収されたのだ。


「吸収……?」


空の言葉に、白が即座に対応する。


「なら、動きを止めるしかない……!」


白が弓を引き絞る。

放たれた二本の矢。一本目はあえてゴーレムの正面へ。

ゴーレムがそれを弾いた瞬間、もう一本の矢が右側から迫る。


狙いは誘導。

右へ飛び退いたゴーレムの回避先を、左へ導くための布石。


「今だ!」


カイが地を蹴る。

飛び出したカイの拳が、ゴーレムの左腕を的確にロックする。

そのまま体重をかけて、床へと組み伏せた。


「押さえ込んだ……! これで!」


だが、次の瞬間——


カイの体から、力が抜けたように感じられた。


「……ッ!?」


慌てて距離を取る。

直後、カイが押さえ込んでいた右腕から、黒く濁った刃が形成されていく。


「……俺のオーラ、吸われた……!?」


ゴーレムはさらに速度を上げて動き出した。

カイと白では反応しきれないほどの速さ。


向かう先は、空。


「空、逃げてっ!」


白の叫びが響く。

ゴーレムの刃が、空の胸元を狙って振り下ろされる。


空の脳裏に、ふと父の言葉がよみがえった。


『思考は力だ。発想次第でいくらでも強くなれる』


(そうだ……。力じゃない。発想で、勝つ……!)


次の瞬間、空の手が動く。

オーラが黒い幕となって、ゴーレムの視界を塞いだ。


「視界を奪えば——!」


刃が逸れ、空の肩をかすめるだけにとどまった。


ゴーレムの体勢が崩れる。

空はその一瞬の隙を見逃さなかった。


「……今だ!」


すかさず腕を伸ばし、黒いオーラを指先に集める。

その手は、まるでゴーレムの中心核を狙うように、その胸元へと突き刺さった。


「……吸え——!」


《オーラ制御》。

空が持つ、この異世界でも稀有な技能がその真価を発揮する。


ゴーレムの内部から、ぞわりとした感触が伝わってくる。

それはただの魔力ではない——澱んだ、濃密な、異質の「何か」だった。


空は目を閉じ、意識を深く沈めていく。

自分の中に流れる「何か」と、ゴーレムの中のそれを、感覚で繋げる。

引き込む。喰らう。自分のものとして、力に変える。


「ッ……くそっ、なんて、濃い……!」


苦痛が全身を駆け巡る。

だが、やめるわけにはいかなかった。


ゴーレムが、震え始める。

その黒い体表が、徐々にひび割れていく。


内部から、力の支柱を失ったように崩壊が始まった。


空は手を引き、素早く後方へ跳ぶ。

直後、ゴーレムの体がバラバラに砕け、黒い霧と共にその場に崩れ落ちた。


静寂が訪れた。


「……終わった、のか?」


空の問いに、白とカイが駆け寄ってくる。


「お前、すげぇな……! あんなの、どうやって……」


「体内からオーラを吸い上げてた……。そんな戦い方、普通じゃ無理だよ」


空は額の汗を拭いながら、息を整える。


「《オーラ操作》じゃなくて……これは《オーラ制御》の応用。感覚を合わせれば、体の内側まで繋がるような気がしただけ……試したら、できた」


白がふっと笑い、弓を背負い直す。


「……やっぱり、空はちょっと変だなァ」


「うん。……いい意味、だね」


カイも拳を軽く振って見せ、三人は静かに頷き合った。


その直後——


足元の瓦礫の中から、黒く光る鉱石のような欠片がいくつも見つかった。


後日、それをギルドに持ち帰った際、鑑定士が目を丸くして言った。


「これは……オーラを吸収・蓄積する性質を持った、極めて珍しい素材です。もし武器に加工できれば、君の能力と抜群に相性がいいはずです」


それは、空にとって《武器を持つ》という次の可能性を示すものだった。


——そして、戦いはまだ、ほんの序章に過ぎなかった。


瓦礫の山を背に、三人は訓練場の片隅でひと息ついていた。


ゴーレム戦で得た素材はギルドに預けられ、精錬には別の都市の加工施設が必要だと説明を受けた。空はその話を聞きながら、あの戦いの記憶を何度も思い返していた。


「思考は力だ。発想次第でいくらでも強くなれる」

父の言葉が、今も胸の奥にこだましていた。


「空、ぼーっとしてないで。訓練、次はぼくの番でしょ」


白の声に我に返ると、彼は弓を構えて風を感じるように目を閉じていた。

その隣では、カイが拳を固めながら、体の奥に残る違和感を確認している。


「……さっきの、吸われた感じ。あれ、地味に怖かったな」

「うん。気づかなかったら、一発でやられてたかも」


彼の拳に、わずかに震えが残っていた。


三人は戦いの中で確実に成長していたが、それと同時に「異質な力」がこの世界にはまだまだ存在していることを痛感していた。


◆ ◆ ◆


一方その頃、王都では諜報部《梔子クチナシ》の一室にて、ペコラが報告書を読みながら眉をひそめていた。


「……また、魔獣の集団移動。今度は王都西方で?」


報告書には、複数の魔獣群が異常な動きを見せていること、そしてそれらが王都周辺へと向かっている可能性が記されていた。


「これは……スタンピードの前触れかもしれない」


部屋に入ってきた上官が、低い声で言う。


「ただの偶発か、それとも人為的か。……調査を急がねばな」


ペコラはすぐに思った。


——空たち、あの三人は巻き込ませられない。


しかし、彼女の考えとは裏腹に、すでに幾つかの動きが始まっていた。


◆ ◆ ◆


王都議会の一室では、重厚な椅子に腰掛けた数人の上級議員が密談していた。


「スタンピードの扇動は順調か?」

「予定通り。混乱が広がれば、軍の権限が一時的に王へ移譲される。そこを我々が抑える」


彼らは王の信任を得た


スタンピード発生の報せが王都に届いたのは、ゴーレム戦の翌日のことだった。


空たちがギルド本部に戻ると、重苦しい空気が建物全体を包んでいた。掲示板の前には冒険者が集まり、ギルド職員が大声で指示を飛ばしている。

緊急任務。対象は東方の平原地帯に出現した大規模な魔物の群れ。数、規模、速度ともに、従来のスタンピードとは比にならない。


「……まるで、何かに追われるように一直線に向かってきているって」

ガノンが低く唸る。

「これは自然発生じゃない。誰かが……誘導している」


実は、空たちに対しても召集がかかっていた。


これまでの活躍と、ゴーレム戦での実力を買われ、八塩折とともに、前線での迎撃を命じられたのだ。



出撃の日。空は一面の草原に立っていた。


遠くに見える黒い線――それが群れだ。数百、いや、千を超える魔物の大軍。飛行型、突進型、魔力投射型。バリエーションも多彩で、まさに“戦争”と呼ぶに相応しい。


空は深く息を吸い込み、右手を地に向けて構える。

黒いオーラが噴き出し、地面を蝕むように広がっていく。


「落とし穴、展開……」


黒い塹壕が、地面を削り、迷路のように展開していく。それは地球の知識を活かした防衛戦術。


本来太刀打ちできるはずのない人数差、皆死地にゆくような面持ちだった。


空は、前日にカイや白とどうやったら圧倒的戦力差を覆せるか考えていた。


その結果の、地球での戦争で使われた塹壕戦の考え方。


陣形の中に設けた隠し落とし穴にはオーラの罠も仕掛け、地中から棘のように吹き上がる黒の刃が、侵入した魔物を串刺しにする仕掛けだ。


「オーラ制御ってのはここまで自由に展開できるものなのか」


ガノンが、オーラを使った塹壕やトラップをみて驚いたように言う。


「オーラを硬質、常時固定、それに城壁を全て覆えるほどの範囲、それを扱うオーラの総量も効率もまさに規格外って感じだなぁ」


ギルド長は飄々とした様子でそう言ったが、目が笑っていない。


白は風を纏って高所に登り、新たに仕入れた長弓を構える。視界を強化し、突進してくる魔物の急所を狙い撃つ。

カイは拳に手甲を嵌め、前線で動き回る。オーラを纏わせることはできないが、その力と速度だけで魔物の体を打ち砕く。


八塩折の面々もまた、空の罠を活用しながら、魔物の波を一体ずつ確実に屠っていく。


「連携は完璧だ。あいつら……もう新人じゃねぇな」

ガノンが笑みを浮かべながら、空たちの戦いぶりを見守る。


やがて数時間に及んだ攻防の末、魔物の軍勢は一体残らず沈黙した。


「……誰一人、死ななかった」


その事実に、空は胸を撫で下ろす。安堵と達成感が、仲間たちにも広がっていく。



戦いの後、ギルドに戻った空たちは、ギルド長に褒美をひとつ与えると言われた。


武器やお金も悩んだが、ゴーレムの討伐報酬、スタンピード戦の成果により、とりあえず1年は遊んで暮らせる額の金銭は手に入った。


なので、ここは両親の行方をということで3人それぞれの両親の名前を伝え、調べてもらうことにした。


「これは……」


空の手にあったのは、ギルドの国家データバンクから抽出された冒険者の記録。

そこには、空の母――陽菜の名が記されていた。


「……母さん、なの、か?」


陽菜という名前はありふれているだろうし、まだ確定では無いと思われる。


だが、少なくとも母である可能性のある人物が空とおなじ世界から転移してきている、それだけで3人ともに小さくない期待を抱いた。


そして、その記録には、陽菜が“封印都市ファル=オルド”へ向かったという足跡が残されていた。空は心に決める。


「次は、封印都市だ。……何があろうと、行かなきゃいけない」


旅の新たな目的地が定まり、物語は再び動き出す。

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