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技能訓練

「……転移者、3名。全員が青年。現地ギルドにて冒険者登録済み。現在は初任務完了後、訓練中とのことです」


 王都ノルディアの一角、地下の密室にて。

 猫耳の少女、ペコラが落ち着いた声で報告を終えた。


 ペコラ——王国直属の諜報機関「梔子クチナシ」の若き諜報員。愛らしい容姿とは裏腹に、情報の収集と精査、異世界転移者の監視と報告を主な任務としている。


 だが、今日の彼女の報告には、重大な異常が含まれていた。


「……転移者が3人、同時に、同じ場所に?」


 重々しい声で繰り返したのは、梔子の上官の一人。目元を隠した仮面の男である。


 報告を読み返した彼の手が、わずかに震えていた。


「それだけなら前例がないわけではないが……原色持ちが、3人同時に? 本当にか?」


「……はい。ギルド側からの属性診断結果、および観測報告でも、空、白、カイ。いずれも確かに原色持ちと確認されています」


 ペコラの声は淡々としていたが、その金色の瞳の奥には驚愕の色が隠しきれていなかった。


 オーラとはその存在が持つ概念を表す色だ。普通は、様々な色が混ざった複雑な色をしている。


 しかし、中には自己の持つ概念の純度が限りなく高い者がいる。


 神々や、一部の上位悪魔、あるいは伝説とされる古の竜種のみが稀に持つとされる、超常的な特性。


 人間がそれを持つなど、過去数百年の歴史を紐解いても、数えるほどしか存在しない。


「それが……三人同時に? 一度の転移で?」


「はい、しかも同年代、同郷と見られます。全員が青年で、少女などはいません」


 ペコラが静かに首を振ると、仮面の男は机を指でトントンと叩きながら深くうなった。


「この事態……単なる偶然とは思えんな。天の意思か、それとも地の歪みか。いずれにせよ、特異点と見るべきだろう」


 空、白、カイ——


 名も知らぬ世界からやってきた三人の若者は、この世界において特異な存在であることを証明してしまった。


 それは、王国が無視するにはあまりにも危うく、同時に——あまりにも貴重すぎた。


「監視体制を強化せよ。……場合によっては、接触の優先順位を上げろ。

 最悪、抑えが効かなくなった場合に備えて、対応班も……」


「承知しました」


 ペコラが静かに頭を下げた。


 だがその胸の奥では、まだ整理できない思いが渦巻いていた。


(……ペコラ、油断していた。最初に会った時……ただのギルド登録前の転移者かと思ってたのに……まさか、原色持ちだったなんて)


 ぺこらの細い指が、無意識に胸元の襟元を握りしめていた。

 ほんの些細な判断の遅れが、世界の均衡を壊す引き金にならないことを、祈るように願いながら——


──翌日、朝日が差し込む訓練場にはまだ誰の姿もなかった。


「ここ、開いててよかったな……」


木造りの観覧席が並ぶギルド付属の訓練場は、朝の静けさと湿った空気に包まれていた。空はゆっくりと歩きながら、昨日ガノンに教わった通りの順路で場内へ入る。隣を歩く白も、後ろで寝ぼけ眼をこすっているカイも、どこか緊張と期待の混じった面持ちだ。


「さて……自分たちの“技能”を、ちゃんと確かめてみようか」


昨晩の会話で一致した方針だ。昨日のゴブリン退治で、自分たちがいかに未熟で、同時に“何か持っている”のかを痛感した。ならばまずは、自分たちの力を理解することからだと。



最初に試したのは、カイの筋力強化だった。


「おーし、ちょっといくぞ……!」


訓練場に備えられた攻撃用の木製の的──それを前に、カイが短剣を構え、試しに斬りかかる。が、どうにもぎこちない。


「……うーん、刃が滑って変な方向に飛んでくな……!」


短剣の扱いが不慣れで、振るスピードばかりが速すぎるせいか、力が的にうまく乗らない。それでも拳を握り直したカイは、今度は素手で的を殴りつけた。


「せいやっ!」


ズドン!

鈍い音とともに木の的が貫通し、背面に亀裂が走る。


「……マジかよ。拳、貫通してんぞ……」


「やっぱりカイは、武器よりも拳のほうが合ってるんじゃ……?」


「俺もそう思う。というか短剣、たぶん合ってねぇな」


昨日短剣を渡した張本人であるガノンの声が脳裏に浮かぶ気がして、カイは肩をすくめた。


「悪かったな、カイ。お前、たぶん殴るか叩くかが一番強いわ」


そんな声が聞こえてくるかのようだった。


また、軽くナイフで自分の指を切って試してみたが、すぐに血が止まり、皮膚が再生していった。


「回復力も……すごいな、これ」


「これなら、盾役とか前衛として生き残りやすいかもな」



続いては白の技能検証だった。試すのは「風の操作」と「視力強化」。


「……風よ、導いて」


白が小さく呟くと、空気がふわりと揺れた。彼の指先から、目には見えない風が的のほうへと伸びる。


「行くよ!」


弓を引き、矢を放つ。風に乗った矢は、不安定な弾道を修正しながら、的の中心に見事命中した。


「……すごい! 目に見えて命中率が上がってる」


「白、お前弓の扱いそんな慣れてないよな? 風で補正されてるってことか?」


「うん、狙ったところに風が道を作ってくれる感じ。たぶん、弓の扱いが上達すればもっと命中精度が上がると思う」


その後、カイが全力で投げた小石を白が矢で撃ち落とすという訓練も試した。結果は、石が空中を切る前に、ぴたりと矢がそれを貫いた。


「……お前、視力強化もヤバいな」


「うん、動体視力も、遠くの的もくっきり見える……これ、射手にとって最高の補助になるよ」



問題は、空の技能だった。


「俺のは……“オーラ”ってやつらしいけど、正直よくわからないんだよな」


力の出し方すら分からず、空はしばらく静かに目を閉じていた。意識を集中するも、内側にある“何か”には手が届かない。


「……外じゃない。もっと内側だ」


自分の中心に、静かに意識を落とす──すると突然、内側から熱く、そして禍々しい何かが滲み出してきた。


ズゥ……ン……


空の全身から、黒く淀んだオーラがじわじわと漏れ出す。それはまるで、怒りや恐怖を形にしたような存在。訓練場の空気すら一瞬凍りついたように感じられた。


「っ……!」


だが、不思議と空自身は混乱せず、その“気配”をスッと収束させていく。制御の感覚が、なぜか自然と掴めた。


「……これは、オーラ制御のおかげ……?」


右手にオーラを集中させ、そっと前方の的に向けて放つ──空気が割れ、闇色の衝撃が的の中心をえぐった。


「……うわ……」


「お前、完全に武器いらねぇな……」


その後、空は近くにあった訓練用の木剣にオーラを纏わせようとしたが、剣は一瞬で黒く焦げ、灰となって崩れた。


「……あー。多分俺のオーラ、普通の武器じゃ耐えられないかもな」


「つまり、お前も素手でいくしかねぇのか」


「ていうか、お前のが一番やべぇよ。なんか見てると、背筋がゾワってすんだけど……」



その様子を、少し離れた訓練場の影から一人の男が見ていた。


──メディアン。ギルドから派遣された監視役であり、諜報部「梔子クチナシ」の一員だ。


生真面目そうな短髪に、几帳面な身なり。人当たりは柔らかいが、内面には冷徹な現実主義を宿すサラリーマン風の男だ。


「……原色持ちが、一度に三人。しかもあの制御と出力……」


目の前で繰り広げられた訓練の光景を、彼は目を細めて見つめる。


「これは“脅威”だ。……いや、“恐怖”に近い」


記録をつける手が、ごく僅かに震えていた。


「想定をはるかに超えている。……早急に上に報告を……」


その呟きとともに、彼は静かに訓練場を離れていった──。



訓練場の外れ、手帳を手に小さくため息をついた男がいた。

 メディアン。王国ギルドに所属しながら、実質的には梔子クチナシの監視官として任務を帯びる男だ。

 整った黒髪に細縁の眼鏡、地味な灰色のスーツ風の服を身に着けたその姿は、異世界に似つかわしくなく、まるで生真面目なサラリーマンのようだった。


(まったく……なんで俺が原色持ち三人の監視担当なんかに……)


 不満を抱えながらも任務は任務。

 空たち三人の動向を見張るため、ギルド本部の裏手にある訓練場を偶然覗きに来たその時だった。


 ——ズドンッ!


 地響きのような音とともに、木製の攻撃用標的が、粉々に砕け散った。


「……素手か、今の」


 唖然としながら確認すると、短剣を放り投げ、拳を軽く振るう少年——カイがそこにいた。

 訓練係らしき冒険者が頭を抱えている。


「……やっぱ短剣は合ってなかったな、すまねぇカイ。次は鉄甲でも試すか」


 その横では、白が風の術式のような動作で矢を構え、見事に的の中央へ撃ち抜いていた。


「……風の補助だけで、未熟な射手がここまで?」


 だが、メディアンが息を呑んだのは、その次だった。


 空が静かに目を閉じ、自身の内側へ意識を向けていた。


 瞬間——


「っ!」


 彼の周囲に黒い瘴気のような“オーラ”が噴き出した。

 重く、濃く、禍々しい気配。だが、不思議なことにそれは暴走することなく、空の意思に従うように静かに流れていく。


 オーラの一部が具現化し、盾となり、次の瞬間には鋭く射出されて的を貫いた。


(オーラ……? 違う、それ以上の何かだ。これは——)


 理性が、言葉よりも先に警鐘を鳴らした。

 異常だ。いや、危険だ。


 三人それぞれが、既に実戦級の戦闘力を持ち、しかもまだ全貌を把握しきれていない。


 メディアンの喉が乾く。

 報告書に記載されていた「原色持ち」という言葉の意味を、今ようやく肌で理解した。


(このまま暴走でもされたら、街ひとつ、いや……王都が崩れる)


 頭の中で冷静な分析を続けながらも、彼の指は無意識に震えていた。


「……これはもう、監視対象じゃない。制御不能だ。間違いなく——王国上層に即時報告すべきだ」


 彼の背には冷たい汗が流れていた。

 それでも、メディアンは手帳を閉じ、踵を返して早足にその場を離れた。

 生真面目であるがゆえに、職務を優先する彼は、恐れを胸に秘めたまま、報告任務へと向かう。

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