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始まりの平原

 ギルドの転移対応窓口を出た俺たちは、どうせなら冒険者としての初任務を受けてみようということで、冒険課の方へ移動した。


 冒険課は俺たちが想像していたギルドの姿に近かった。


 受付窓口の整った顔立ちの受付嬢、常に人だかりのできているクエストの受注ボード、奥にある酒場には屈強な男達が昼間から酒を飲んでいる。


「昼間ッからでも飲むやつは飲むもんだなァ、空」


 カイの声はこういう時に限ってよく通る。


「あぁ?なんだ坊主共。昼間から酒飲んで何が悪……って、あれ、お前ら…」


「あ、おっさん昨日助けてくれた…」


 よく見たら、昼間から飲んだくれていたのはペコラに集られている時に助けてくれたガノンと言う男だった。


「おぉっ! やっぱあん時の坊主だったか。どうだ一緒に飲むかッ?」


 ガノンは丸太のような腕を自分のよこの椅子にバシバシとうちつけそういった。


「いや、遠慮しておくよ。それよりもこの前の借りを返しておこう」


 ペコラから助けてくれた代わりに酒代を奢るという話だった。


「ガハハハ、律儀だなお前。あの程度で恩を売ったつもりはねぇよ」


 そう言って、バシッと叩かれた背中がなかなか痛い。


「それはそうと、お前らなんで冒険課に来てんだ?」


 ジョッキを飲み干して、ガノンはそう言った。


「俺達も冒険者になったからよォ、初任務を受けに来たんだぜ」

 

 カイはドヤ顔で言った。新米がおそらく熟練の冒険者にドヤれる意味がわからない。


「おぉっ、お前達ビギナーか。ギルドカード見せてみ」


 俺たちは、白のギルドカードを見せた。


「よし、ちゃんとカード持ってるな。よっしゃ、俺たちが初任務サポートしてやろう」


「え、でもお酒飲んでるし…」


 白が心配半分でそういうが、まるで気にしない様子でボードから2枚クエストを取ってきた。


「まあ、初心者だったらこんなもんだろ。俺は仲間呼んでくるからちょっと待ってろよォ」


 ガノンは奥の方に消えてしまった。


 渡されたクエストは、薬草集めとゴブリン退治の2枚だった。どちらも、ビギナーズ平原という絶対に転移者がつけただろみたいな名前の平原が任務地域になっていた。


「どうする? なんか酔っぱらいが同行することになったが」


 どうするにも悪いヤツじゃなさそうだから撒いて逃げることもしたくない。


「まァいいんじゃねぇの? 冒険者歴は長そうだし、お言葉に甘えて先輩にサポートしてもらおうぜ」


「僕も、初めてだしそれがいいと思うよ」


 俺たちが話していると、ガノンが前にあった細身の男ともう2人連れて戻ってきた。


 と同時に、急に周りから視線を浴び始めた。


「おい、ガノンがメンバー召集したぞ」

「マジか、久々にクエスト受注すんのか?」

「でも、見慣れねぇガキどもも一緒にいるぞ」

「なんだ? 護衛クエストでもすんのか?」


 周りの輩たちがヒソヒソと話す声が聞こえる。


「おいガノン、注目を浴びてるようだがなにか不味いことでもしたか?」


 名前を呼ぶ度、周りから睨まれているような気がする。


「ハハハッ、その様子だとほんとに僕たちのこと知らないみたいだね」


 サラサラ金髪のガノンの横にいる男が珍しいものを見るようにこちらを見てくる。


「ガハハハッ、自己紹介してねぇなそう言えば。俺たちはAランクパーティ『八塩折』だ」


「やしおり?」


 白が首を傾げた。


「八塩折ってたしか、須佐之男が八岐大蛇を倒した時に使った酒じゃなかったか?」


 8回醸して作る強力な酒だと何かで見た覚えがある。


「よく知ってるな坊主! 俺たちは須佐之男命の祝福を受けた須佐之男命の配下見てぇなもんだ」


 そう言って捲ったガノンの右腕には蛇と剣のタトゥーが入っていた。


 というか、Aランクパーティって上から2番目のランク。相当な実力者じゃないか。


 なるほど、それほど高名なパーティにクエストを手伝って貰うとなると羨む者も多いだろう。先程の視線の理由はそういう事か。


 だが、またとない機会だし逃す訳にはいかないな。


「先程は失礼しましたガノン殿」


 恭しく頭を下げると、ガノンは嫌そうな顔をした。


「おぉい、やめてくれよ。堅苦しいのあんまり好きじゃねぇんだ。ガノンで構わねぇよ」


「僕たちの名前も呼び捨てでいいからね?」


 そう言われて、互いに自己紹介した。


 筋骨隆々のハゲは、Aランクパーティ『八塩折』のリーダーガノン。


 サラサラ金髪の優しそうな顔をした男はピサロ。弓矢を持っていて、狩人みたいな格好をしている。


 紫色の髪色が目立つ、長い髪を三つ編みにしている無口な女性は、ジル。暗器を使ったり毒を巻いたりしてヘイト管理やデバフをかけるのが仕事らしい。


 最後にローブを被った半分寝てるおじいちゃん。名前はアルバドスというらしい。もう見るからに魔法を使いそうな感じなので、ウトウトしていて説明は受けていないが多分魔法使い。


 そんなこんなで、俺たちは周りの注目を浴びながら初任務へと赴くことになった。


 ビギナーズ平原は城門からみて南側に位置する起伏のない見晴らしのいい場所だった。陽も高く昇りきった頃、俺たちはギルド前の広場に集合していた。ガノンたち「八塩折」のメンバーと合流し、2つの依頼――薬草採集とゴブリン討伐――をこなすため、ギルド南方に広がる『ビギナーズ平原』へと向かうのだ。


 俺たち三人と、ガノンたちAランクの精鋭。正直、初心者にはもったいないくらいの贅沢な布陣だった。


「装備の最終確認は済んだかー? 道具忘れて泣くのは現地だぞォ」


 ガノンの声が響く。酒を飲んでいたとは思えないほどの張りのある声と、その場を仕切る立ち振る舞いは、さすがAランクのリーダーだと感じさせる。


「水筒よし。包帯よし。地図……白、地図は?」


「持ってるよ。昨日宿で全部メモったやつもある」


「完璧じゃねぇか、お前ら。初任務の気合いがすげぇな!」


 ガノンは満足そうに腕を組み、満面の笑みを浮かべた。


 一方、ピサロは俺たちの背丈を見て小さく笑った。


「まるで遠足前の子供だな。……だけど、それくらいが丁度いいさ。初めての任務は慎重に、だけど楽しんで行こう」


「た、楽しむって言ってもゴブリン出るんだよな……」

 カイがやや及び腰になりながらも拳を握りしめる。


 ジルは無言のまま、淡々と小さなポーチから毒薬瓶を確認している。アルバドスはというと、ローブのフードを被ったまま静かに杖を持ち、まるで夢の中を歩いているようだった。


「じゃ、そろそろ行くか。今日は肩慣らしってとこだ。気張りすぎて足もつれんなよ!」


 ガノンの号令で、一行はギルドを出発した。


 街の石畳を抜けて、開けた草原へと出る。ビギナーズ平原――その名の通り、新人冒険者たちが最初に訪れる試練の場だ。


 地平線まで広がる緑の大地。小さな丘陵と林が点在し、ところどころに薬草が咲いている。空気は澄んでいて、鳥の鳴き声が耳に心地よい。


「よし、まずは薬草採集だ。白、薬草の見分け方は大丈夫か?」


「大丈夫。さっきピサロさんが教えてくれた。葉の縁が赤くて、先が二股に分かれてるやつ」


「そうそう、そいつが『ヒースリーフ』。回復薬の材料になる初歩の薬草だよ」


 俺とカイも白の手本を見ながら、夢中になって草をかき分けた。時折、ピサロが見回りながら助言をくれる。


 しばらく採集に集中していると、ガノンの声が風に乗って響いた。


「ようし、そろそろ本番だぜェ。ゴブリンの巣がある林が、この先だ」


 空気が少しだけ張り詰める。さっきまでの和やかな雰囲気から一転、背筋が自然と伸びた。


「初戦闘だな。ビビんなよ、俺らが後ろにいる。やばくなったらすぐフォロー入る」


 ピサロがそう言って、俺たちを安心させてくれる。


「ありがてぇ。……でも、やれるとこまで自分らでやってみるよ」


 俺は自分の中の不安を押し込めながら、拳を握り直した。


「空、カイ、白。行こう」


 俺たち三人は頷き合い、小さな林の奥へと足を踏み入れた。


ギルド南の門を抜けると、そこには草原が広がっていた。見渡す限りの緑。遠くにはなだらかな丘と、ぽつぽつと立つ木々。そこが、俺たちの初任務の舞台――《ビギナーズ平原》だった。


「……本当に、ビギナー用って感じの名前だな」


 俺の独り言に、カイが笑う。


「お前、それさっきも言ってたぞ」


「そうだったっけ?」


「ハハ、名前はアレだが、油断は禁物だぜ」


 ガノンが笑いながら言った。


「この平原には、野良ゴブリンやウサギ型魔物ランビットなんかが出る。魔物の群れにでも当たったら、ビギナーでもAランクでも死ぬときゃ死ぬ」


「……それ、初心者向きじゃなくないか?」


「だから俺らがついてんだろが」


 ガノンが豪快に笑う。彼の笑い声に少しだけ緊張が和らいだ。


 まずは薬草採集。ピサロと白が先頭に立ち、目印になる薬草ヒースリーフを探す。


「この葉、縁が赤くて先が二股になってるよ」


 白がしゃがみ込みながら見せてくれた。俺もカイも見よう見まねで草をかき分け、見つけた薬草を小袋に詰めていく。


「この作業、意外と楽しいな。宝探ししてるみてぇだ」


 カイが鼻歌まじりに採っているのを見ると、確かに、そんな気もしてくる。


 一時間ほどで、薬草のノルマはあっさり達成した。


「ふぅ……これでひとつ目クリアだな」


「さーて、次は戦闘の時間だなァ」


 ガノンが拳を鳴らして言った。俺たちは荷物を整え、次の目的地、平原の西側にある林へと向かった。


「じゃ、出発だな! ビギナーズ平原はすぐそこだ!」


 ガノンの掛け声とともに、俺たちはギルドを後にした。


 平原までは街から歩いて二十数分。その道中、道具屋に立ち寄り、最低限の装備を整えることになった。


「この辺なら、初期装備で十分だ。手持ちの換金品で足りるだろう」


 そう言ってピサロが見繕ってくれたのは、木製の弓、量産型の鉄短剣、そして軽量な片手剣だった。


「白は弓。カイは短剣。空は剣、ってところだな」


「俺、拳の方が得意なんだけどな……」


 カイは短剣を手にしながら、不満そうに唸る。


「喧嘩じゃなくて武器で戦えってことだ。慣れろ」


 そう言われ、しぶしぶ短剣を腰に差すカイ。


 そんなやり取りを経て、ビギナーズ平原に辿り着いた俺たちは、まず薬草採取のポイントに向かった。


「ここだ。あの湿地帯に薬草が群生してる」


 ガノンの指差す先には、ぬかるんだ地面と青紫色の背の低い植物が一面に広がっている。


「うげっ、ぬかるみ……!」


 白が足を取られつつも、素早く薬草を摘んでいく。


 と、草陰から「ギィィィ!」という鳴き声が響いた。


「来たぞ!」


 ガノンの声とともに、ゴブリン数体が姿を現す。こちらに向かって一直線に駆けてきた。


「カイ、構えろ! 白、援護頼む!」


「うっしゃあ! 任せろッ!」


 カイが短剣を抜いて前に出た。だが、間合いがつかめていない。短剣の突きは空を切り、返しの斬りも勢いが足らない。


「クソッ、こっちの方がやりやすいわッ!」


 短剣を投げ捨て、カイは拳を構え直し、ゴブリンの鼻っ面に正拳を叩き込んだ。


「おらぁっ!」


「ギギエェ!」


 一撃で吹き飛んだゴブリン。だが、短剣は足元に転がったままだ。


 一方、白は弓を引いていたが、俺と一緒に物陰から飛び出していたせいで狙いが安定しない。


「今だ、空!」


 白の矢はゴブリンの足元に外れ、俺は動揺しながら剣を構えた。


(オーラが……流れ込んでくる……でも、どう出せばいい?)


 俺の中で、得体の知れない力が暴れ回っているのを感じる。だが、剣の振り方すら我流で、力の制御ができない。


「ぅぉおおッ!」


 とにかく一太刀。剣を振り下ろすと、ゴブリンの肩口に食い込んだが、深くは届かず体勢を崩してしまう。


 そこへ──。


「《雷槍・雷鳴》!」


 上空から閃光と共に雷の槍が降り、ゴブリンが炭のように焦げて倒れた。


「《穿影の矢》」


 ピサロの矢がもう一体を眉間に突き刺し、ジルが身影を踊らせて残る一体の喉元に毒を投げつけた。


 戦闘は、数秒で決着した。


「……やれやれ」


 ガノンが片手で頭をかきながら、俺たちの前に歩いてきた。


「生きてるか?」


「……ああ」


「なんとか」


「俺はまだ余裕……はない」


 三人とも息は上がっていた。汗が首筋を伝って落ちていく。


「──まぁ、最初にしちゃ頑張った方だ。が……ちょっと言わせてもらうぞ?」


 ガノンは俺たちを順に見ていく。


「白。お前は射手なら、絶対に隠れて狙え。正面に出て撃つのは、ただの的だ」


「……はい」


「空、お前の力は感じた。技能もとんでもない可能性がある。だけど今の武器じゃ、その力を活かしきれてない。斬撃じゃなくて“放つ”のか、“纏う”のか──それが見極められたら、一気に伸びるはずだ」


「……自分でも、そう思う」


 ガノンはうん、と頷き、最後にカイを見る。


「……カイ。悪かったな。短剣、合ってなかったか」


「え?」


「お前のスタイルは、武器に頼らず拳で戦う方が向いてるみたいだな。あれはあれで、一つの武術だ。鍛えようによっちゃ、立派な戦法になる」


「……そ、そうか? なんか褒められてる?」


「まぁ、見た目はただの喧嘩だけどな。今後しっかり型を覚えれば、十分通用する」


「へへっ、なんだよ、俺、悪くなかったじゃん!」


「反省はしとけ」


 ガノンは軽くカイの頭を小突いた。


 そのやり取りに、白も俺も思わず笑ってしまう。


「お前ら、まだまだ伸びる。焦んなくていい。だが、一歩ずつ前に進め」


「……はい」


 俺たちは、未熟な自分たちを思い知った。でも同時に──


(ここからだ)


 という確かな感覚があった。


 俺たちの冒険は、ようやく本当の意味で“始まった”のだった。


 


 


 


 



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