決戦は何曜日?
3話
俺たちはとりあえず、換金のためにギルドへ向かうことにした。
ギルドと聞くとゲームのイメージで、冒険者たちが集う酒場のような場所を想像していたが、実際にはまるで市役所だった。
石造りの頑丈な建物で、入り口には「冒険者管理課」「交易管理課」「魔法資源課」など、用途別に分かれた木の看板が掲げられている。
「うわ……書類仕事の匂いがする」
カイがげんなりした顔で呟く。
「まずは『交易管理課』ってとこかな。持ってるアイテムを金に換えるなら」
ペコラからもらった地図を見ながら、俺は進む方向を確認する。
中へ入ると、受付らしきカウンターに整然と並ぶ人々の列。
魔獣の角や薬草の束を持っている者、明らかに異国風の服装をしている者もいる。
この世界で暮らすための、最初の一歩。そんな空気がここにはあった。
俺たちは「交易管理課」のカウンターに並んだ。
前にいた角のついたリザードマンが、山ほどの薬草を計量してもらっている。その横で、目つきの鋭い職員が淡々と金額を告げた。
「薬草50束、評価B。1束1シルドで合計50シルド。次の方」
テキパキと処理されていく様子に、まるで銀行の窓口のような印象を受ける。
「えっと、俺たち、換金っていうか……異世界から来た者なんですけど」
俺がそう言うと、窓口の職員の手がピタリと止まった。
「……転移者の方ですね。少々お待ちください」
職員はすぐに別の扉から奥へ消え、数分後、白いローブを着た女性とともに戻ってきた。
「こちらへどうぞ、転移者対応窓口へご案内します」
「転移者対応窓口? それ専門であるんだな」
カイがつぶやくと、女性職員は苦笑まじりにうなずいた。
「この国では転移者が一定数確認されており、制度としてある程度整備されています。ただし、こちらでの身元確認と初期資産の申告が必要です」
「初期資産って……この教室から持ってきた筆箱と、白のチョコくらいだけど……」
俺たちは顔を見合わせながら、言われるがまま案内された個室に入った。
俺たちは顔を見合わせながら、言われるがまま案内された個室に入った。
個室には向かい合わせになったソファーが置かれており、しばらくして少し身分が高そうな職員が入ってきた。
「初めまして。当ギルド、転移対応課課長のメディアンと申します。ただいまより、身分と初期資産の確認を行います」
メディアンは、シワひとつないシャツにピシッと身を包み、短く揃えられた髪も相まって、まるで銀行マンのような印象だった。
「わかった」
俺がそう言うと、脇に控えていた別の職員が、両手で大事そうに水晶のような球体を運んできた。
「これは“真性晶”と呼ばれる魔法道具です。魂の痕跡を読み取り、あなた方が本当に異世界からの転移者かどうかを判別するものです」
メディアンが説明するのと同時に、職員は直径30センチほどの透明な球体をテーブルの中央にそっと置いた。内部にはゆっくりと光を揺らすような模様が浮かび上がっている。
「順番に手をかざしてください。痛みや副作用などはありません。ただの識別魔法です」
まずカイが手を差し出す。彼の手が水晶に触れた瞬間、内部が燃えるような赤に染まった。
「……確認完了。転移波長一致。異世界からの転移者であると認定します」
次に俺が手をかざすと、球体の中が深い漆黒に染まり、静かに脈動し始めた。吸い込まれそうなほどの闇の色。視線を向けるだけで、ぞくりと背筋が震えるようだった。
「黒……だと?」
メディアンの表情がわずかに強張る。
最後に白が手をかざすと、今度は柔らかく、眩い白の光が球体全体に広がった。月光を凝縮したような、幻想的な光。
その瞬間、部屋の空気が一瞬だけ張り詰める。
「……これは……」
メディアンが小さく息を呑んだ。
「これほどまでに綺麗な原色系オーラが、しかも三人揃うとは…。特に“黒”は、全ギルドデータを遡っても前例がありません」
「つまり、レアってことか?」
カイが嬉しそうに身を乗り出す。
「正確には、オーラとはその者の概念を示すもので、通常は両親のオーラを混ぜ合わせたような色になります。しかし、稀に何かしらの素養に極めて優れた者が、こうして原色のオーラを宿すのです」
異世界補正ってわけじゃなさそうだけど……何に優れてるのか、分かれば今後の指針にもなりそうだな。
「よろしければ、現時点で保有している“技能”も確認されますか?」
「技能?」
「はい。その者が現在持っている技術や性質、特質などを総合して“技能”と呼んでいます。鑑定用の魔道具を使えば、ある程度詳細に知ることができます」
技能か……一気にファンタジーっぽくなってきたな。
「オーラも珍しいし、俺、最強ルートあり得るんじゃね?」
カイはすでに、自分がとんでもない才能を持っていると信じて疑っていない。
「僕にも、何かあったらいいな。無能とか出たら絶望するよ……」
白は逆に、才能のなさを突きつけられることを恐れている様子だった。
「大丈夫ですよ。仮に現在技能を持ち合わせていなくても、多くの技能は努力や訓練によって後天的に取得できます」
「本当ですか? それなら少しは安心しました」
こうして俺たちは、技能検査も受けることにした。
技能鑑定のために、俺たちは別室へ案内された。そこには、貯水タンクほどの大きさの巨大な水晶球が鎮座していた。
「ほぇー、めちゃくちゃでけぇなぁ」
カイは身を乗り出し、水晶を覗き込む。
水晶球は非常に高い透明度を持ち、光を複雑に屈折させて、まるで内部に別の空間が広がっているかのように見えた。
――地球の占い師が水晶を使うのは、こういう視覚効果も関係してるのかもしれない。
「カイ、触らないようにね。割ったらいくらするかわかんないよ」
白が不安そうな目でカイを制する。
「そうですね、大体100ゴルドくらいですね」
ギルド職員がさらりと答えた。
「100ゴルドって、日本円だといくらくらいだ?」
この世界の貨幣価値はまだ掴めていない。この機会に聞いておこう。
「以前、“ニホン”から来られた方の換算によれば……1億ほどになるそうです」
「「1億!?」」
カイと白が同時に悲鳴を上げ、水晶から勢いよく後ずさる。
――100ゴルドで1億ってことは、1ゴルドはおよそ10万円。さっき受付で100シルドが1ゴルドって言ってたから、1シルドは約1000円か。
徐々にだが、金銭感覚がつかめてきた。
そうこうしているうちに、水晶球が鈍く光を放ち始めた。
「準備が整いました。先ほどと同じように水晶に触れていただければ、技能情報を取得できます。なお、ご希望があれば“人払い”も可能ですが、ご一緒でよろしいですか?」
なるほど、技能情報は極めて個人的なもの。第三者に知られるのはリスクにもなる。今後は状況を見て判断した方が良さそうだ。
「俺たち3人の間でなら、見られても問題ないよな?」
カイが俺たちに確認を取る。
「あぁ、問題ない」
「僕ももちろん気にしないよ」
長年共に過ごしてきた。今さら隠し事なんて必要ない。
俺たちは、メディアンだけを残し、部屋から他の職員たちに退室してもらった。どうやら最低限1名は立ち会う必要があるらしい。
メディアンなら、職務意識もしっかりしてそうだ。機密は守ってくれると信じよう。
「じゃあ、やるぜ」
カイが水晶球に手を当てた。
すると――水晶の中に液体のような波紋が広がり、彼の手のひらから赤い光が染み出すように流れ込み、ゆっくりと全体が血のような赤に染まっていく。
直後、水晶球の中央に、浮かぶように文字が浮かび上がった。
【神々廻々(ししばかい)】
【技能】『超回復』『筋力強化』
【オーラ純度】100%
「おお……」
全員が思わず息を呑んだ。
「超回復と筋力強化か。お前、たいていの怪我は寝たら治るし、普段から筋トレしかしてないもんな」
俺はカイにそう言った。
「俺を脳筋みたいに言うな!」
「自覚ないんだね…」
白が呆れたように、ぽつりと呟く。
それにしても、さすが1億の鑑定装置。精度は文句なしだな。
「なかなか優秀な技能をお持ちですね。どちらか一つでもあれば、冒険者としての将来はほぼ確約されたようなものです」
メディアンが感心したように言った。
「ふん、俺の最強ルートはここから始まるってわけだな」
カイは感傷に浸り、ひとりで勝手に盛り上がっている。ひとまず放っておこう。
続いて白の鑑定に移る。
「あんな立派な技能の後じゃやりづらいよぉ……」
白は弱々しく言った。
「大丈夫。カイはカイ、白は白だ」
俺の言葉に白は小さく頷き、水晶球に手をかざす。
水晶の表面が静かに波打ち、やがて柔らかな白に染まっていく。
ピッと音が鳴り、表示された内容は──
【烏賀陽白】
【技能】『視力強化』『風操作(弱)』
【オーラ純度】100%
「よ、よかったぁ……何かしら技能あって……」
白は安堵のため息をついた。
白は自分を過小評価しがちだが、実際は文武両道で成績も優秀。予想どおり、実用的なスキルを持っていた。
「白さんも、非常に珍しい技能をお持ちですね」
メディアンが目を見開いて言った。
「どんなスキルなのか、教えてもらえますか?」
白がおそるおそる尋ねる。
「えぇ、もちろんです。『視力強化』は、読んで字のごとく視覚全般に関わる能力を向上させるものです。夜目が利いたり、動体視力が上がったりと応用範囲は広いですね」
あらゆる視覚能力に関わるなら、探索でも戦闘でも重宝される技能だな。
「『風操作(弱)』は、四元素系操作技能のひとつで、微弱な風を自在に扱えるようになります。今のままでは実用性は高くありませんが、習熟することで突風を起こしたり、飛行を補助するレベルまで成長する可能性があります」
成長型の技能。コツコツ努力する白にはまさにぴったりだ。
どうやら技能は、本人の資質や生き方に呼応する形で備わっているらしい。カイも白も、その性格と一致していた。
「それでは、空さんが最後になりますね」
そう言って、メディアンが水晶球を手で示した。
俺も、なんでもいいから便利な技能が一つくらい備わっていればいいんだが。
そんなことを考えながら、手のひらを水晶にそっと押し当てた。
──その瞬間、部屋が一気に闇に包まれた。
「これは……」
メディアンの動揺した声が響く。
「おい、これって故障か何かか? 手ぇ離した方がいいんじゃねぇのか?」
何も見えない暗闇の中、俺はメディアンに声をかけた。
と、ちょうどそのとき──ピッという測定完了の音が鳴り、闇は嘘のように晴れ、部屋が元に戻った。
「おい、今のなんだよッ! 昼間なのに、まるで夜……いや、夜でもあそこまで真っ暗にはならねぇぞ!」
カイが目を見開いて叫ぶ。
「皆さま、落ち着いてください。故障ではありません。測定は正常に完了しております」
メディアンは深呼吸しながらそう言い、水晶球を手で示した。
【片無空】
【技能】『オーラ制御』
【オーラ純度】100%
「……? オーラ“操作”じゃなくて、“制御”……?」
メディアンは再び、理解できないという顔をした。
「さっきの現象と関係あるのか?」
カイが尋ねると、メディアンは静かに首を振る。
「いいえ、問題があったわけではありません。ただ……あまりにも前例のないことが続いているので、少し動揺してしまいました」
そう言って、メディアンは胸元から取り出した薄水色のハンカチで額の汗をぬぐう。
「前例が……ない?」
俺が思わず口にすると、メディアンは頷いた。
「ええ。先ほどの現象ですが、恐らく──水晶に留めきれなかった空さんの黒のオーラが、部屋全体を覆ってしまったのだと思われます」
「部屋中を覆うなんて……そんなこと、普通は起きるの?」
白が不安げに尋ねた。
「いいえ、極めて稀です。この水晶球は、ダンジョンコアを加工して作られたものです。ダンジョンとは、莫大な魔力を内包する空間であり、その“核”を素材にしているため、通常のオーラ程度であれば容易に封じ込められます」
つまり、俺の中のオーラは、ダンジョンよりも強力……ってことか?
「さらに、オーラ操作という技能は一定数の熟練者が保有していますが、“オーラ制御”は、記録上存在しない技能です。観測されたのは……空さんが初めてです」
オーラも技能も、どちらも“前例なし”。やれやれ、日本の役所だったら書類一つ通すのに三年はかかりそうだ。
「いや……でも……」
メディアンは困惑した表情で、水晶球の異常な挙動について考え込んでいた。言葉にならないほど、前例のない現象に思考が追いついていない様子だ。
「前代未聞の技能ってことは、使い方もわかんねぇんじゃねーの?」
カイが腕を組みながら口を開く。
「確かにな。名前からするに、オーラが漏れ出るのを制御する……みたいな能力なんだろうけど」
俺も考えを巡らせる。さっきの停電まがいの現象は、扱いきれずにオーラが溢れた結果だとすれば、まだこの技能を自分で使いこなせていないということか。
「そもそも僕らだって、説明を受けただけで使い方まではわかってないよね」
白の言葉に、俺もカイも頷く。スキルは自動で発動するわけではなく、ある程度の理解や訓練が必要なのかもしれない。
「お取り乱し、失礼しました」
メディアンは、ようやく落ち着いたように深く一礼した。
「保有技能についてですが、ギルドカードというアーティファクトを使えば、自分の情報をいつでも確認できます」
「ギルドカード?」
初耳の単語に俺が首をかしげると、メディアンはポケットから一枚のカードを取り出した。
「これはギルドが会員を管理するための認定証です。高度な魔術が施されており、自己情報の閲覧が可能になっています」
カードは金色に輝き、縁が職員を表す緑色だった。
「この縁の色が職種を、全体の色がランクを示しています。たとえば――」
メディアンはボードを取り出して説明を続けた。
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【ギルドカードのランク一覧】
S級:黒
A級:金
B級:銀
C級:銅
D級:緑
E級:白
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「えっ、A級!?」
カイと白が声をそろえて驚く。
「そんなにすごくありませんよ。ギルド長には遠く及びませんし、私などまだまだです」
謙遜するメディアンだが、A級というのはかなり高位の存在らしい。ギルド長はさらに上のS級。ギルド職員には本来戦闘能力を求められないらしいが、ギルド長のその実力は冒険者の中でも“別次元”にあるという。
「ギルド登録が完了すれば、あなた方にもカードが配られます。“ステータス”と唱えれば、所有している技能がこのように表示されます」
彼女がそう言うと、カードから青白い光が浮かび上がり、空中にパネル状の情報が映し出された。
「ただし、この文字は持ち主にしか読めない仕組みになっています。覗き見防止の一環ですね」
なるほど、情報漏洩を防ぐ工夫がされているのか。
「ただし、技能の“後天的な習得方法”については、いまだ世界中で解明されていないのが実情です。お力になれず、申し訳ありません」
「何気にするなってことよ、むしろワクワクするぜ!」
カイは満面の笑みで拳を握る。やる気だけは誰にも負けない男だ。
その後、検査は滞りなく終了。持っていた不要な物は換金され、中でもスマートフォンは異世界の収集家たちに人気らしく、1機あたり1ゴルドで取引された。
最後に、冒険者としての登録も済ませる。
「これで手続きはすべて完了です。皆様の今後の活躍に、心より期待しております」
メディアンの言葉に見送られ、俺たちはギルドをあとにした。
⸻
そして、俺たちがギルドを出た直後――。
「……今すぐ、ギルド長を呼んでください」
メディアンは真顔で部下に命じた。
しばらくして現れたのは、長身でひょろりとした男だった。とてもS級の実力者とは思えない外見だ。
「どうしたんだィ? そんなに急がせて……。細身には応える運動だったよ」
そう言いつつも、息一つ乱れていない。
「ご報告があります。……“原色”が現れました」
メディアンの報告に、ギルド長の眉がピクリと動く。
「色は?」
「赤、白……」
「ちょっと待ってくれ……一人じゃないのかィ?」
「はい、三人です」
「三人!? ……最後の一人の色は?」
明らかに表情が変わるギルド長。声に張りが戻り、鋭い視線をメディアンに向ける。
「……黒です」
その言葉に、ギルド長は椅子に沈み込み、顔を覆った。
静寂。
「……くっ、ふひゃひゃひゃひゃ……黒、黒だって? そんなデタラメがあるかよ……」
やがて吹っ切れたように笑い出すギルド長。
「オーラは原色に近いほど質が高く、金、銀、白、赤、青の主神級を最上位として色毎にランクがある。これで合ってィるよね」
自分に言い聞かせるように問うギルド長。
「そうでございます」
メディアンは丁寧に肯定した。
「創造主様のオーラですらッ、“金”だっていうのに……“黒”なんてッ、伝承の誤った解釈じゃなかったのか? 全てを飲み込む純色が実在するはずがなィだろう」
「ですが……」
「もちろん、信じてなぃわけじゃなィ。君の報告に嘘があるなんて思ってもいなィ」
そして、メディアンが静かに付け加えた。
「さらに……技能測定時、オーラが水晶球から完全に溢れ、室内全体を覆いました」
「…………もはや神話の領域だな」
ギルド長は天井を見上げてつぶやいた。
「本当に、あり得るのでしょうか……」
「全く、信じ難ィことだけど、片無空と言ったかィ? 彼は、少なくともオーラに関しては創造神を超えているのかもしれなィね」
その日、ギルドは“片無空”を最重要機密対象とし、密かに監視を始めることを決定した。




