第五十六話 熱の治まった冷海にて
「えー! ナラさん達とはここでお別れですか!?」
クァヴァスでの事件がひとまず終わり、ユール地方行きの列車が出る日。ミーリィ達は駅前でナラと話していた。
先日発見した地下の魔獣実験場、それについて調べる為、ナラ達はここに残ると決めていた。
「ええ……あそこには、まだまだ調べるべきことがあるから」
真剣な面持ちで彼女は答えた。
魔獣の兵器としての運用、終わりの者のような魔獣の再来、そして帝国の所業——それらについて調べる為にも、残るべきなのだ。
「そうですか……頑張って下さい!」
少し残念だったが、それがファレオの役目であるが故に、ミーリィは快活に激励の言葉を送った。
「頑張れよ、ナラ」
「うん、皆もね」
彼女は微笑んでそう言った。
「それじゃ、私は戻るから、気を付けてね!」
そう言ってナラは踵を返し、雪の積もった街を駆け足で進んでいった。
「はーい!」
ミーリィは返事をし、街の奥へと消えていくナラを見届けた。
「それじゃあ、列車に乗るか」
そう言って三人は駅の中へと入っていった。
「…………で、何でいるんだ? ていうか、金はどうした?」
列車の中の一室に座る三人——ではなく、三人ともう一人。オッディーガの姿がそこにはあった。列車の券を買うところを後をつけられ、この部屋に乗り込んできた。
「あんたらについていくからだよ。ロインを殺すなら、当面のロインの殺しの対象であるダスと一緒にいた方がいいだろうし。あ、それと、金は賭けで増やしてきた!」
そう言って彼女は袋を掲げる。じゃらじゃらとした音がなるずっしりとした袋で、大金が入っているのが分かる。
賭けに勝ったとはいえ、自分が渡した金を賭けに使われて、ダスは肩を竦めて嘆息を零した。
「……まあいい、この方が安全だ」
「だろ? あ、なんか食い物ある?」
「贅沢するな」
そう言って彼は彼女の頭を叩いた。実際はそこまで痛くなかったが、痛がっているかのように頭に手を当てる彼女に、ミーリィは干し肉を差し出した。
「これ、どうぞ!」
「おっ、気が利くねぇ。あんがと」
それを受け取って口に運び、噛みちぎる。塩分が強く、しょっぱいもの好きの官所は舌鼓を打って喜びの声を零した。
「ん~! いいねぇ!」
そんな彼女を見て、ポンは思う。
——煩いのが増えた……。
彼は溜息を吐き、寝台に横になって本を読み始めたのだった。
クァヴァスを発ってしばらく列車が走った頃。列車は南東へと進んでいき、肌に感じる冷気はクァヴァスのもの程では無くなった。誰しもが寝た頃、窓から差し込む満天の星に照らされて——
ミーリィは泣いていた。指で涙を何度も拭っても、涙はずっと溢れてくる。
地下での戦いがあったあの日の夜から、ずっと彼女は悪夢を見ていた。何度も夢に出てきた幼い頃の記憶、あの時にダスが死ぬという仮想、そしてその果てに訪れる己の結末。もし、本当にダスが死んでしまったのなら——
——私の力不足のせいでダスさんが死にそうになって……やっぱり、私は呪われた命なんだ。ダスさんが死んだら、誰が——
そこまで考えて、彼女は考えるのを止めた。そんな結末など、考えたく無かったから。
それでも尚、彼女は幼子のように涙を流し続けた。そして願う——どうか自分の呪いが周りの人に——ダスやポンに降りかからないように、と。
窓を開けて身を乗り出し、星空を——そして、その向こうの天にいるであろう母親に問い掛ける。自分の呪いと、殺しの意志と、どう向き合えばいいのか。そして、どう生きるべきなのか。
「……お母さん。わたし、どうすればいいの……?」
しかし、彼女の問いに誰も答えてくれず、風を切って進む列車の音のみが聞こえただけだった。