第五十五話 不吉な予感
ヴィラスの呼び掛けに応じたロインは光の翼で空を飛び、移動している。
——確か、今奴隷市場の警備に当たっているのだろう? それが終わってからで大丈夫だ。
ヴィラスは脳内に直接語りかけてきている。魔術によるものであるが故に一方的な会話となり、ロインは返事ができない。
「……終わってるから、今向かってるんだがなァ……」
金色の髪を棚引かせて彼は零した。戦いが中断されたことで苛立ち、愚痴を零さずにはいられなかった——が、ヴィラスの命令である以上、それに逆らうことはできなかった。
——流星隊の魔腑を発見した。よって、ラードグシャ地方での戦争を終結させようと思う。
その言葉に驚き、そしてすぐににやりと笑った。
「へェ……流星隊か。面白ェ」
魔術師の時代、ダプナル帝国で特に恐れられていた魔術兵団は二つある。一つはロインの魔腑の本来の持ち主が属していた『天使隊』、そしてもう一つが『流星隊』だ。
——その魔腑を喰らわせ、あの魔獣を運用できるようにし、そして諸々の準備が終わり次第、ソドック王国を攻撃する。其方もそれに投入する故、準備をしておくように。
「へェ、あの魔獣もか……もっと楽しくなってきたなァ……!」
彼の苛立ちが、完全に吹き飛んだ。彼の力、流星隊の魔術、そしてあの魔獣——
——そんな人が死にまくる戦い、楽しみじゃねェ訳がねェ!
「はは、ははははは! ははははははははッ!」
高速で飛行しながら、彼は笑った。この先起こる戦に思いを馳せ、興奮が止まらなかった。
ミーリィ達が立ち去った後の、市役所の真下にあった地下闘技場と奴隷市場、さらにその下にあった空間にて。
既に市役所の方は調査されており、職員の誰もが知らない通路が発見された。そこが地下へと続いていたこと、市長のヨンドと市長秘書のセミアが出入りしていたことから、地下闘技場と奴隷市場を運営していた組織と市——というよりは市長と市長秘書が結託していたのは明確だ。しかし——
「……何、これ」
ナラだけでなく、一緒に行動していた誰しもが眼前に広がっていた光景に絶句した。
超巨大な牢があり、その中には拘束された魔獣がいた。魔術の込められた拘束具だからか、暴れても外れる気配が無い。ただ拘束されていた訳では無く、頭や腕などの各部位がしっかり拘束され、一つの牢につき一体のみ収容されている。
普通に考えれば魔獣をこんな場所に運ぶなど至難の業で——だからこそ、誰しもがどうやってここに魔獣を連れてきたのかを、すぐに察することができた。
「……辛かったでしょうね……後で、終わらせてあげましょう」
悲痛な面持ちでそう呟き、彼女は先へと進む。広大な廊下を進んでいくと、その先には部屋があった。
扉を開けて中に入ると、先程の牢とは打って変わって小さな部屋で、正面には硝子の壁がある。三つの椅子と長机があり、その上には本と筆が置いてある。ナラはそれを手に取って捲る。
「……被験体百十三番。魔腑を五個捕食させた。外見的な変化は起こらなかったが、基礎魔術や特化魔術の強化は確認できた。しかし多少強くなった程度で、大きな変化とは言えない。次回の実験では、別の被験体に十個の魔腑を捕食させる……」
——魔獣の実験をしていたの? しかも、文章から察するに、兵器としての運用……魔獣を兵器として使うのは、帝国がやることで……ここは、帝国の実験場だった?
彼女は不吉な予感がして仕方無かった。魔腑を捕食させれば、その分魔獣は強化される。もし尋常じゃ無い量の魔腑を捕食させれば——ボスカルの獣以上の、あの『終わりの者』と同じような魔獣を生み出すことさえできてしまう。
そしてそれが実際に生まれようものなら——世界が滅びかねない。
彼女の顔は青ざめ、汗が顔を伝う。そしてすぐに自身の奇跡魔術でファレオの団長であるドライアに連絡する。
——ドライア団長、大変です。クァヴァスで奴隷市場や地下闘技場だけで無く、帝国の魔獣の実験場と思しきものも見つけました。恐らく、近いうちに終わりの者のような魔獣が出没すると思われます。それに備えるよう、皆とヴォレオスの猟獣に伝えて下さい。
連絡を終えると、彼女は憂慮の表情で考え始めた。
——ゴーノクルは、この後どうなるっていうの?