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ゲロムスの遺児(新版・改訂前)  作者: 粟沿曼珠
第三章 白熱の冷海
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第五十三話 死の天使

 跳躍したダスは、巨槍に激流を纏わせて振るう。ロインは体を捻って自分の下半身を斬らせ、咄嗟にそれを掴む。それを魔術で強化した膂力を以てダスの顔に投げつけ、怯ませる。

「くっ……!」

 体勢を崩したダスを目で捉えつつロインは下半身を再生させ、紐の剣を振るう。視界が塞がれて回避が遅れたダスは、痛みも無く下半身を切断される。

 彼の体は床に落ち——る前に真下から激流を生じさせ、自分の体を上へと吹き飛ばす。自分の下半身を再生させ——彼に気づいた魔獣が、大口を開けて彼に襲い掛かってきた。

 激流で体を吹き飛ばすようにして躱し、魔獣の頭に巨槍を突き刺す。苦痛に咆哮する魔獣の頭を、ダスは巨槍から激流を生じさせて半回転し、切断する。斬り離された頭部を掴み、全力で投げつける。

 魔獣の頭はロインへと飛び——彼はその頭へと跳躍した。彼の魔術で飛来する頭の中心を溶かすように穿ち、ダスの正面へと躍り出た。紐の剣を振るい、無数の紐がダスへと襲い掛かる。

 ダスは激流の刃を飛ばして紐を切り刻む。剣は紐の刃を失って柄だけになり——

「まだあるぜ?」

 ——服に手を突っ込んだロインの手には、紐が握られていた。

「——ッ!?」

 激流で押し出すように躱そうとするが、ダスの体は紐によって切断されたが、右腕は残っている。落下しつつ下半身を再生させて着地し、ほぼ同時に着地したロインを鋭く睨んで巨槍の如き激流を彼へと放つ。

 ——奴の間合いに入らないようにしなければ……!

 ロインの分離の魔術は、その名の通りあらゆるものを分離させる——相手の頭であれ、右腕であれ。

 しかしロインは激流を軽々と躱し、右手を突き出して彼の分離の魔術で霧散させ、ダスへと接近し——

「——ッ」

 彼の真下から大蛇の如き激流の柱が生じ、呑み込まれた。ダスは後方に跳躍して距離を取り——

「こんなもんか?」

 激流の柱の中からロインが躍り出てきた。握られた右の拳が、ダスの顔目掛けて飛んでくる。

「ッ!?」

 ロインの拳が、首をかしげて躱そうとしたダスの頬にめり込み、振り抜かれる。ダスの頬は霧散し、肉と骨が露わになる。

「クソッ!」

 ダスは彼を追い払うように咄嗟に巨槍を振る——否、振ってしまった。ロインの魔術の込められた体に触れた巨槍が彼を斬ることは無く、逆に巨槍の穂先が分離して霧散していった。

「——しまったッ!」

「終わりだァッ!」

 隙を晒したダスの心臓を目掛け、猛禽の狩りのように手を伸ばし——

 後ろから迫ってきた者の攻撃を、咄嗟に本物の刃の剣を抜いて防いで弾き返した。咄嗟の判断であった為に魔術を行使できなかったが、忍び寄る誰かに気づいて対処すること自体は彼にとって造作も無い。

 そこに現れた者——ミーリィは攻撃が弾き返されたと同時に後方に跳躍する。

「大丈夫ですかっ!?」

 心配そうな表情と声音でミーリィがダスに問い掛ける。再生の魔術で霧散した頬と巨槍の穂先を再生させ、巨槍を構える。

「ああ、大丈夫だ……」

 新たな敵にロインはにやりと笑い、二人を睨む。

「雑魚が増えただけで、何も変わらねェ」

 彼は服の中から紐を取り出して柄に付けつつ言った。そんな彼に、ダスは激流の巨槍を放つ。ロインは手を突き出してまるで盾のようにし、分離の魔術を行使して激流を霧散させ——

 ミーリィもまた、手を突き出した。そこから放たれた冷気の魔術が、霧散するはずだった水を凶器へと変貌させる。無数の氷の破片はロインの顔や体に突き刺さった。

「……その程度か」

 しかし、彼はその程度では怯まなかった。突き刺さった破片を抜こうともせず、流れる血を気にも留めず、右手を床に当て——

「——ッ!? ミーリィッ!」

 嫌な予感がしたダスは激流を生み出して乗り、ミーリィへと寄る。そしてその予感が正しかったかのように、闘技場の舞台が崩落していく。その下にあった昇降機も崩れていき、大きな穴が開いた。

「——ダスさんっ!」

 焦った表情の彼女はダスの、乗る激流へと跳躍して飛び込み——

 ロインが急襲し、無防備な彼女の体が痛みも無く切断された。

「え?」

 彼女の体は激流を越えていき、地下へと落下していく。

「ダスさぁ————————んっ!?」

「クソッ!」

 ダスは自身の上方に激流を生じさせ、自分を弾き飛ばすように下へと飛んでいく。急速に落下していき、重力のまま落下していく彼女の体を掴む。

「間に合った……」

「あ、ありがとうございま——ダスさん上っ!」

 ミーリィの安堵の表情は一瞬にして焦燥へと変わって叫んだ。彼は咄嗟に激流で自分達の体を弾き飛ばして急襲を躱す。再び激流に乗り、ダスは攻撃の主を見遣り、睨んで言う。

「……天使隊、か」

 壁に指を突き刺してしがみついていたロイン。彼の背中からは光の翼が生えている。

 ダスの魔腑の本来の持ち主が所属していた燎原隊。ロインの魔腑も彼と同様に、本来の魔腑の持ち主が魔術兵団の一つに属していた。その名も、『天使隊』。

 かつて存在したゲロムス一族の陵墓たる天輪を守護した兵団であり、始まりの者のような光の翼を生やす魔術を行使できる。部隊の名は『天使』の異名を持つ始まりの者から取られている。

「はァッ!」

 ロインは壁を蹴って跳躍し、二人目掛けて飛んでいく。光の翼によってその勢いは増し、一瞬にして彼らの眼前にまで詰め寄った。そして紐の剣を振るい——ダスは激流を分離させ、すんでのところで二人は躱す。

 その勢いのまま壁へと突っ込んでいき、また蹴って今度はミーリィへと飛んでいく。後目に彼の姿を捉えた彼女は鉄棍を構え——

 ダスによって生み出された滝が、ロインを襲った。

「ミーリィッ!」

 ダスの叫びを受けて右手を伸ばし、冷気を願う。一瞬にして滝は凍り——

 そして、ロインが彼の魔術で氷を溶かし、躍り出てきた。剣を振り上げ——咄嗟に上を睨む。

 それとほぼ同時にダスが巨槍を突き刺してきた。激流による加速が合わさった、流星のような強烈なる一撃。その勢いのままに二人は落下していく。

「これで……!」

「終わりだと思うかァ?」

 落下しながら、嘲笑うかのような声でロインが言った。その言葉にダスははっとし、巨槍をよく見る——巨槍はロインに突き刺さっていない。光の翼が、巨槍を受け止めていた。

 光の翼が巨槍を押し返し、隙が生じたダスの体を掴む。

「ぐッ……」

「ダスさぁんっ!?」

 苦悶の表情を浮かべるダスに、悲鳴を上げるミーリィ。彼女は下へと急降下しようとするも、ダスのように激流を生み出せなければ、ロインのように翼を生やすことができない。ただ悲鳴を上げ、涙を流し、苦しむことしかできなかった。

 光の翼でダスを掴んだロインは、激しい衝撃と共に地下の床へと着地する。砂と化した舞台の破片が多少積もり、崩れた昇降機の残骸が散乱している。

「オレの勝ちだァッ! ダス・ルーゲウスゥ————————ッッッ!!!」

 ダスはロインの正面へと持っていかれ、死を覚悟して目を閉じる。

 ——クソッ、ここで終わりか……!

 ロインは紐の剣を振るい——

 何も無いのに、何かに当たったかのように一瞬空中で止まり、そして落下していった。

「……………………?」

 その現象に、ロインは首を傾げる。何故空中で止まったのか、どうしてダスに当たらないのか——

「……ぁぁぁぁああああああああぁぁぁぁ————————っっっ!!!」

 悲鳴と共に、猛烈な勢いで頭上から何かが降ってきた。隕石のように勢いよく床へと当たり、その衝撃が二人に伝わった。粉砕された床の破片が飛んで、舞台の砂のような破片が舞い上がる。二人は訝りながらそれを見ていると——そこにいたのは、ポンであった。

「……ポン……何で……」

「……ま、間に合った……」

 落下に恐怖し、青ざめていながらもどこか安堵を感じさせるような表情のポンが、そこに現れたのだ。

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