第五十二話 仇との再会
この血祭の実況をしているセミア、その隣には重厚な鎧の男、カロンがいた。彼は座ってこの戦いを——地下から続々と現れる魔獣と戦うダスを見ている。その点では他の観客と変わりない——が、彼はこの戦いを全く楽しんでいなかった。
——何故、魔獣がこんなところにいるんだ? 何故、こんな施設があるんだ? それに、ここで奴隷を売買しているんだよな? 何故そんなことをするんだ?
彼の頭には疑問しか浮かばなかった——人はこのような悪事に手を染めず、正しくなければならないのに。
「なあ、セミア……何故、こんなことをするんだ? こう、魔獣を使った闘技大会を開いたり、奴隷を売ったり……」
「んぁ? 急に何言ってるの?」
彼の問い掛けに反応したセミアが、溜息を吐いて着席し、答える。
「金になるからでしょ、金に。そもそも、アンタらが金欲しいから協力してるだけじゃん、アタシ達」
「協力……それは、ヴィラス様の依頼か?」
その疑問に、彼女は大きな溜息を吐いて応える。
「知らないわよ……市長秘書だったし、あのジジイを殺して今はこの都市の市長になったとはいえ、元々下っ端の人間が知ってると思う? まあでも、そうなんじゃないの?」
「……待て、市長を……殺したのか?」
愕然とするカロンに、彼女は嗤って言い放つ。
「うん、邪魔だったから。金勝手に使うし、酒と女に溺れていたし、せいせいしたよ」
そう言って彼女は立ち上がり、実況に戻った。カロンは依然として愕然としたままであった。
彼には理解できなかった——そんな犯罪に、悪事に手を染めてまで金が欲しいということに。そしてヴィラスが——理想郷を目指す彼が、彼らに協力を依頼したということに。
——確かに犠牲は必要だ。だが、戦いで生まれる犠牲者はその一時だけで、ここで行われる悪事は永遠に続く可能性があるだろうに。何故、それを容認してしまうような選択を……?
彼の中には疑念が燻っていた——ここで行われていること、自分のしていること、そして自分の信奉するヴィラスがしていることへの疑念が。
苛立ちを発散する為にダスを魔獣と戦わせていたセミアだったが、彼女は却って苛立っていた。
「ぐっ……! っはあッ!」
剛腕の魔獣に突き飛ばされたダスは、激流を生み出してそれに乗る。頭突きするように攻撃してくるもう一体の巨頭の魔獣の猛攻を掻い潜り、剛腕の魔獣に巨槍を突き刺す。そしてその穂先から激流の柱を生じさせ、内側から魔獣を切り刻み、倒す。
簡単に、とはいかずとも、ダスは魔獣を一体一体討伐していった。その事実に、セミアは激昂する。
「何でっ!? 何で死なないのよっ!?」
激流に乗りながら、今度はダスがにやりと嗤って答える。
「踏んできた場数が違う。こんな魔獣、何回も戦ってきた」
「調子に乗るな……!」
彼女はダスを睨み、そして叫ぶ。
「魔獣をもっと出せェッ! アイツを殺せェッ!」
そう叫ぶと、舞台の床の四つ全ての扉が開き、続々と魔獣が出てくる。
「そろそろ終わらせるか……魔獣だけじゃなく、お前達の悪行も」
そう言うと彼は何本もの激流の柱を——横向きに生み出した。観客達を守るように張ってあった硝子は破壊され、咄嗟に観客達と彼女は頭を伏せる。
そして全員が顔を上げ——硝子の破壊が意味することを知り、焦燥と絶望に満ちた表情へと変わる。
解き放たれた何体もの魔獣が、観客席へと乗り込んできた。碌に抵抗する術も持たない観客達を、魔獣達は次々と喰らっていく。
「まずいッ!」
カロンは咄嗟に大鎚を携えて立ち上がり、観客達を襲う魔獣を止めようとする。観客の一人を掴んで捕食しようとした魔獣を、彼は自身の魔術で動きを止め、その隙に大鎚で頭を吹き飛ばす。魔獣の頭部が、血を撒き散らしながら飛んで行った。一人の観客を助けることができた、が——
「きゃああああっ!?」
彼はその甲高い叫びの方を見遣る——魔獣に襲われたセミアが、捕食された。魔獣は上を向いて呑み込む体勢になり、彼女の体をぐちゃぐちゃに噛み砕きながら少しずつ呑み込んでいく。段々と脚が口の中に入っていき、その度に口から血が溢れ、最終的には全身が呑み込まれた。
「クソッ! ダス・ルーゲウスめ……!」
彼はダスを睨み、跳躍して突っ込んでいく。魔獣に気を取られていたダスは、彼の接近を許してしまった。
「——ッ!? カロン——」
「終わりだッ! ダス・ルーゲウスッ!」
大鎚が掲げられ——
それと同時に、天井の方で大きな爆発が起こった。
「な、何だッ!?」
カロンの視線が上へと向き——その隙を、ダスは逃さなかった。すかさず巨槍を薙ぎ、カロンの右腕を斬り落とす。
「がぁっ!?」
右腕を——魔腑を斬り落とされる。それが意味するのは、魔術の行使ができないということだ。彼は大鎚を落として倒れ、あまりの痛みにうずくまりながら唸る。
「……悪いな、俺にもやることがあるんだ」
そう言って彼は踵を返し——
床が、崩れた。
「——ッ!?」
落下していくダスは咄嗟に激流を生み出して乗り、落下を免れる。
「何だ……?」
焦った表情の彼は崩落して大きな穴の開いた床を見つめ——その中から、誰かが躍り出てきた。そして、そこに現れた男に彼は目を疑う。
「おいおい……オレ程強くねェにしても、帝国じゃ強ェ方なんだろ……? 情けねェ……爆発に気を取られて腕を持っていかれるなんて」
猛獣のように乱れた金髪を持つ男は、ダスを見遣る——彼の顔は、怒りと憎しみに満ちていて、今すぐにでも殺すと言わんばかりに男のことを睨んでいた。
「…………ロイン・ヒュー」
——魔術師の時代以降、最も悲惨な戦争とされるブライグシャ戦役。その最も悲惨とされる所以の一つ、『ロイン・ヒュー』。またの名を、『骸谷のロイン』。ゴーノクル最高峰の実力を持つ傭兵であり、この世で最も残虐な男——そして、ダスの仇。
「久しぶりだなァ、ダス・ルーゲウス……ようやく、テメーを殺せる……!」
彼は無数の紐の剣を握る。それに応じるように、ダスも巨槍を構える。
「……お前を生かしておく訳にはいかない」
殺意を以てお互いに睨み合い——跳躍した。