第五十一話 真の敵
気を失っていたダスが、目を覚ます。横たわっていた己の体を起こし、傍に置いてあった巨槍を手に取り——
「遂に、ダス・ルーゲウスが起き上がったァ————————ッッッ!!!」
聞き覚えのある叫び声と共に、周りにいた人々が喚声を上げる。観客席には、まるで観客を守るかのように硝子が張られていた。彼はその声の方を見遣る——やはり、そこに立っていた者の姿にも覚えがあった。
「……そういえば、騙すのは得意だったか——セミア・ヘイス」
溜息を吐いて彼女を睨み、ダスは言った。彼女はにやりと嗤い、観客席にある司会の席から彼を見下して言う。
「そっ! アンタらは初めからアタシに利用されていただけ! 目障りだったあのジジイを殺しつつ、アンタらを帝国に差し出して金を貰う、って寸法!」
その言葉を聞き、ダスは引っかかった。疑問の表情を浮かべて彼女に尋ねる。
「……市長を殺したのか? 俺達はそこまでやっていない。なあ……お前と市長、そして帝国はどういう関係だ? それと、お前の依頼はどこまでが本当だ?」
森の中にあった床から出てきた以上、市長も彼女の仲間と見るのが妥当である。しかし彼女はそんな市長を殺したと言うのだ。そして市長が渡そうとしていた金はどうなったのか。
「あー……まあいい。依頼へのせめてもの礼、ってことで教えるか」
舌打ちをしつつ面倒そうな顔で彼女は言った。
「最初の質問……市長は殺したかどうか。答えは簡単、殺した」
彼女はにべもなく言い放った。
「次の質問……アタシと市長と帝国はどういう関係か。全員仲間だね。アタシらが金を稼ぎ、クァヴァスの為に使いもするが、大体は帝国に献上する。その見返りとして、帝国からいろんなものを貰う。ここ地下闘技場も、奴隷市場もその一つ」
「……奴隷市場、か」
彼はファレオが探しても見つからない理由が分かったような気がした。そもそも場所が地下にあり、その入り口も森の中にあるのだから。
「最後の質問……依頼はどこまで本当か。全部じゃないとはいえ、クァヴァスに金が使われるのは本当。あのジジイが横領していたのも本当。身勝手なのも本当」
彼女の脳内に市長の顔が浮かび上がり、苛立ちが湧き上がる。溜息を吐き、彼女は愚痴る。
「本っ当に、あのジジイは目障りだったよ……金を勝手に酒だの女だのに注ぎやがって……だから、アンタらが気絶させた後に、アタシが直々に殺した」
彼女はにやりと嗤って言い放った。まるで邪魔者が消えてすっきりしたかのような、晴れやかな顔であった。
「……そうか」
ダスはそう呟くだけであった。いずれ倒すべき敵とはいえ、身勝手な奴とはいえ、気絶させられたから殺されるという惨い結末に、複雑な心境を抱いていた。
「さっ、雑談は終わりっ! アンタをここに連れてきたのは、ある男の為——」
そう言うと、彼女は身を乗り出すようにして叫ぶ。
「だけどッ! いいかッ!? アタシはなァッ! アンタにもムカついてるんだよッ! あのガキを帝国に渡して金を貰う手筈だったのによォッ! そのガキが一緒にいねェッ!」
憤怒の形相で、彼女は叫び続ける。
「アタシは苛立ち、観客は昂り——もうここにいるヤツら全員が今すぐアンタに死んでほしいんだよッ!」
その叫びと共に、闘技場の舞台の床が開かれた。下から何かが上がってくる音と、獣のような叫び声が聞こえてくる。ダスは巨槍を構え、上がってくる敵に備える。
「待たせたなッ! 観客共————————ッッッ!!! これより血祭を始めるッ! 『ファレオの魔獣』ダス・ルーゲウスッ! そして——」
下から上がってくるものが姿を現し——ダスは、目を疑った。
「毎度お馴染みッ! 地下闘技場の魔獣————————ッッッ!!!」
床の下から上がってきたのは、拘束された魔獣と、その拘束を解く人二人であった。人に近しい形で、手は丸くて指が無く、剣や槍が刺さったかのような棘が、体全体から生えている。
「…………おい」
ダスはセミアを睨む——その表情からは、激しい怒りが溢れ出していた。
「この魔獣——どこから連れてきた?」
そんなダスを嘲笑うように彼女はにやりと嗤って答える。
「秘密に決まってるでしょ? それに、アンタは今から死ぬんだから——奴隷共ッ! 拘束を解け————————ッッッ!!!」
その叫びと共に、二人の奴隷は恐怖に満ちた顔で魔獣の拘束を解き——次の瞬間には、魔獣の暴れる腕と体によって吹き飛ばされ、壁に打ち付けられて倒れた。
「さあ——血祭の始まりだ————————ッッッ!!!」
彼女が開戦の叫びを上げ、観客も喚声を上げる。
魔獣は両腕で床を叩くと、ダスを追うように火柱が噴き出した。彼は跳躍してそれを躱し、激流の柱を何本も生み出して魔獣を追わせる。
魔獣は獣のように腕と脚を使って走り出し——その隙だらけの体に、激流に乗ったダスが突撃した。高速の勢いを以て繰り出される巨槍の一突きは魔獣の巨体を舞台の上に倒す。そして魔獣を追ってきた激流の柱が、魔獣の体を切断して絶命させた。
「この程度なら……」
切断された魔獣の亡骸を見て、ダスは零した。しかしセミアは余裕そうなダスを嘲笑うように言う。
「まさかだけど——これで終わりだと思ってるの!?」
再び、舞台の床が開いた。今度は一か所だけでなく、二か所である。
「……まだいるか」
ダスは巨槍を床に突き刺すと、右腕を上げて掌を天井に向かせた。セミアと観客が訝しげな目でそれを見ていると——
掌から、太い激流の柱が生じた。天井を、大地を突き抜け、その柱は地上へと届く。
「どうしたの!? そうすれば逃げられるとでも思った!?」
セミアは嗤いながら彼を馬鹿にするように叫んだ。
「……さあ、どうだか」
彼女の嘲笑を意に介さず、彼は巨槍を構える。そうしているうちに、二体の魔獣が現れた。一方は人と鳥が混ざったような魔獣で、もう一方は二本の剣の腕の虫のような魔獣。拘束が解かれ、その解いた奴隷を突き飛ばし、二体の魔獣は咆哮する。
「ほら! 次いくよっ!」
セミアが叫ぶと、それに呼応するように二体の魔獣がダスに突っ込んでいった。