第五十話 あの男
目が覚めると、あの灰色の世界にいることに気づく。ミーリィは横たわった体を起こして周囲を見回し——しかし、自分しかいなかった。
「シャール……?」
彼女は彼の名を呼ぶ——が、返事は来ない。彼女はある考えが思い浮かんだ。
——わたしの体を乗っ取って、虐殺を……?
そう考えると彼女の顔は青ざめ——
「——え?」
突然世界が一変し、視界には暗い廊下が映った。そして自分が何故か走っているということに気づく。
「え? え? 何これ?」
困惑して立ち止まり、彼女は周囲をきょろきょろと見回す。見たことも通ったことも無い廊下は、まるでずっと続いているようで、何かが現れるのではないかという恐怖も感じ——
——まあ、虐殺をしていないと言えば嘘になる。
突然、脳内にシャールの声が響いた。
「え!? シャールッ!?」
——取り敢えず、向いている方に走れ。
「う、うん!」
そう言って彼女は訳も分からず走り出す。
「っていうか、何でこうして喋れるのっ?」
そのことに気づいたミーリィは、すぐ口にした。
——正直、魔術師の体のことなど、魔術師でもよく分からないのが実際だ。まあ、あくまで予想だが、先程まで私が貴様の体を動かしていたから、なのかもしれない。
「っそう! それっ! 動かして何したのっ!? それにどうして体を乗っ取ったのっ!?」
疑念を感じさせる表情でミーリィは叫ぶ。
——まず、私達は嵌められた。
「えっ!? 嵌められたっ!?」
驚愕と困惑の表情でミーリィは叫んだ。
——誰によって、というのは未だに分からない——が、ここにいた兵士の言い分を考慮するに、嵌められたと考えるのが妥当だ。しかし、ある程度の推察はつく。
「えっ!? 誰っ!?」
——それは——
その時だった。シャールが先程見た時のように、壁が溶けるように崩れた。
「——ッ!?」
そして中から、猛獣のように乱れた金髪の男が現れる。不意の来訪に、彼女は驚愕した——普通ならあり得ない場所から、あり得ない登場をした、ということに対してだけでは無い。
その男に、見覚えがあったからでもある。
「終わりだァッ!」
男は紐の剣を振るい——
——奴を凍て殺せ!
シャールがミーリィの意識はそのままに、願った。辺りはすぐに極寒の冷気に包まれ——
「——ッ!?」
それを肌で感じ、その攻撃の意味を理解した男は、咄嗟に床を向いて願う。すると床に穴が開き、男は落ちるように逃げていった。
——……察しが良いのは、流石と言うべきか。
「……シャール、あの人……」
——ああ。あの男だ。
ミーリィは勿論、彼女の目を通してその存在をシャールも認知している。その男はゴーノクル全土で——主に悪い意味で——有名で、知らない人は殆どおらず、多くの人がその名を聞いて戦慄する。そして——
「早くダスさんのところに行かないと……!」
——ダスの仇である。
焦った表情のミーリィは、再び駆け出した。