第四十八話 守りたい
「ポン君——で、いいんだよね? どうしてダス君やミーリィちゃんと旅を?」
ミーリィとダスが宿から出ていった後、座って何か考えているポンに、ナラは料理をしながら尋ねた。
「……おれの故郷に送ってもらっている。ソドック王国だ」
「へー、ソドック……え? ソドック王国? 今戦争中の?」
驚きと心配の入り混じった表情で彼女はポンを見た。
「災難だったわね……ブライグシャ戦役の二の舞にならなければいいのだけれど」
「どうだろうな。帝国は手段を選ばないからな」
そう言って彼は眉をひそめる。そんな彼に、彼女は汁の入った器を持ってきた。それを彼の前の机に置く。
「はい、寒いからこれでも食べて身も心も温まりなさいな」
「……どうも」
ポンは彼女の方を見ずに小さく感謝の言葉を述べ、眼前の器を手に取る——中には数種類の野菜とふやけた干し肉が入っている。彼はじっと器の中の汁を眺め、それに彼女が気づく。
「ごめんねー、ダス君達と行動していたから何となく分かると思うけど、それくらいしか出せないんだよねー」
「ああ……いや、おれはこれだけで十分。嫌とかもの足りないとかじゃなくて……『ああ、ファレオなんだな』って思っただけ」
苦笑して言ったセミアに、ポンは弁解した。
実際、ミーリィとダスと行動している際に出される食事は、これと同等のものである。その貧乏飯ぶりもあって、彼は『ファレオらしさ』を感じていた。
「確かに、ファレオらしい食事と言われたらその通りね……でも、私達は慣れちゃったけど、こんな料理なんて慣れない方がいいからね。安さを追求して、その結果栄養が偏ったり足りなかったりして、栄養不足で倒れる——なんて、ファレオじゃよくあることだから」
「よくあるんだ……」
——せめて食事くらいはちゃんとしろよ、と、真面目な顔で淡々と告げられた事実にポンは思わず困惑してしまった。
彼は器を口へと運び、汁とその中の具を口の中に流し込む。口の中が汁とその塩味で満たされ、具を咀嚼して細かくし、汁と一緒に飲みこむ。そして、ほ、と一息吐く。
そんな彼の前、机の向こう側にナラが座った。にこやかに彼を見つめてじっと汁を飲み干すのを待つ。
それに気づいたポンは少し急いで汁を飲み、空になった器を机の上に置いた。それを確認すると彼女は、
「味、どうだった?」
にこやかな表情のまま尋ねた。
「……うん、うまい」
「そう、それは良かった」
そう言って彼女は微笑むと、机の上に右肘をつき、掌の上に自分の頭を乗せる。
「ずっとここで座って待っているっていうのも暇でしょうし……色々話さない? お互いの身の上話だったり、ダス君やミーリィちゃんの昔の話だったり」
「あー……ダスは興味あるな」
昨日『ファレオの魔獣』というダスの二つ名を聞いてしまい、彼が当時どんな人物だったのかが、彼は気になっていた。
「ダス君! 昔のダス君はねぇ、今のダス君からは想像できないくらい——」
昔の彼の姿や態度——殺しを厭わない、殺戮の魔獣——を思い出し、昔と今を比較して面白さ、そして感慨深さを感じるナラであった。
——誰かを助ける程にまで変わって、私は嬉しいよ。
色々と話し、赤い空に夜闇が混ざって黒く染まりつつある頃。もう夜だというのに、かなりの時間が経っているというのに、二人は未だに帰ってこない。
「何かあったのかな……?」
心配そうな表情のポンを、ナラは微笑んだ表情で宥める。
「大丈夫よ、あの二人なら。今までずっと二人で協力してきたんだし」
十年もの時を一緒に過ごし、各地で活躍していた二人に、ナラは大きな信頼を抱いていた。彼女の言葉を聞いてポンも、
「……そうだな」
——あいつらなら、大丈夫だ。そう彼は強く思った——その時であった。
「ナラさんっ!」
ばたん、と扉が勢いよく開かれ、二人の視線は咄嗟に扉の方へと移す。そこにいたファレオの団員が、出入り口の両端を掴んで身を乗り出すようにして叫ぶ。
「ダスさんの水の柱を作りましたっ! 支援の要請ですっ!」
「本当!? じゃあ——」
立ち上がったナラの言葉を遮るように、団員は続ける。
「ただ——柱が上がってきた場所が……市役所の下ですっ!」
「えぇっ!?」
「市役所の下!?」
団員が告げた言葉に、二人は愕然とする。森へと向かった二人が、何故今市役所にいるのか。
「先に向かって! すぐ合流する!」
しかし今はそれを考えている場合では無い。彼女はそう促し、団員はすぐに宿から出ていった。そして彼女は得物の剣と銃を手にして扉へと向かう。
ポンはというと——彼は、考えていた。俯き、汗を流しながら彼は考える。
——今、ミーリィとダスは恐らく危険な状態だ。助けに行った方がいい。
しかし、彼の体は震えていた。先日のボスカルの獣との戦いでの恐怖が、未だに抜けていない。
——クソッ! 助けるべきなのに、助けたいのに——怖い。
汗と震えが止まらない。彼は俯き、苦しい顔をして黙っているだけで——
——誰かを守れるような人になってね——それが私達魔術師が、私達の奇跡が、昔から今までずっとこの世界にある理由だから。
ふと、母の言葉を思い出した。彼女が彼に託した最後の言葉、最後の願い。
ぐっと閉じられた瞼が開かれる。その目は意志が宿って輝いている。震えを抑え、拳を握り——
「おれも行く!」
彼は力強く叫んだ。その言葉にナラは足を止めて振り返り、彼へと歩み寄る。そして屈み、真剣な表情で告げる。
「……いい、ポン君。ダス君とミーリィちゃんにとって一番望ましいのは君が生きていること。君を故郷に送り届けるのは——」
彼女の言葉を遮るように、ポンは包帯の巻かれた右腕を突き出した。突然の出来事に面食らい、彼女は紡いでいた言葉を止める。
そして——包帯を、解いていく。彼の煌々と輝く魔腑が——ミーリィとダス以外には見せなかった彼の魔腑が——露わになった。己の魔腑より輝いている魔腑に、彼女は愕然とする。
「ポン君……それは……」
「おれだって、魔術師だ……誰かを守れるような人になるんだ……!」
——本当は、怖い。けど、おれがやるんだ。おれがミーリィとダスを守るんだ……!
意志に満ちた目と言葉。それを受け、彼女は微笑んで言う。
「……格好いいね、ポン君。分かった——でも、約束。もし危なくなったら、私達を捨ててでも逃げること。いい?」
「……分かった」
「それと、これ」
そう言うと彼女は持っていた銃を彼に差し出した。
「銃……? いいのか……?」
不安そうに尋ねるポンを、宥めるように彼女は言う。
「護身用に持っておいて。いざという時、役に立つから」
そう言われ、彼は躊躇いつつも最終的には銃を受け取った。
「よし! それじゃあ行くよっ!」
そう言って彼女は扉を出る。ポンもそれに続いて扉を出た。
——待ってろ、ミーリィ、ダス。おれが守るから——!