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ゲロムスの遺児(新版・改訂前)  作者: 粟沿曼珠
第三章 白熱の冷海
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第四十七話 森の奥

 ミーリィとダスの二人は、クァヴァスの南東にある森へと向かった。白い雪を被った木々が鬱蒼としていて薄暗い森を、二人は足元に注意しながらどんどん進んでいく。

「うーん……ダスさん、何か痕跡あります?」

 唸るミーリィが、彼の方を向いて尋ねる。

 ダスの魔腑は元々ダプナル帝国の部隊である『燎原隊』の兵士の魔腑である。ヴァザン地方で戦の民を殲滅した燎原隊、その魔腑は彼らを追跡する為の魔術が行使できる。彼の『痕跡を出現させる魔術』はそれである。

「いや、特に無いな……」

 彼の視界には、雪で覆われた地面の上に足跡が浮かんでいるのが映っている。しかしその足跡は半透明で、これは痕跡がかなり前のものであることを意味する。

「とはいえ、こんな森の中で人を追跡するってのもな……」

 この森には家も無ければ道も無い。一切開拓されていない自然のままの森である。追跡用の魔術があるとはいえ、このような場所では追跡が難しい。

「そうですね——あれ?」

 周囲をきょろきょろと見回しつつ反応したミーリィが、何かに気づき、その方に視線が向いた。

「どうした、ミーリィ?」

 前を歩いていたダスが彼女に寄って尋ねた。彼女は森の奥の方を指さして答える。

「あっちの方、何か開けていません?」

 彼女が指さす方を、彼は向いて目を凝らす——彼女の言う通り、木の生えていない開けた場所が奥の方にあった。

「確かに、開けた場所があるな——あそこを張ろう」

 ダスはそう言い、二人はその開けた場所へと歩いていった。


 開けた場所に着くと、二人は魔術で強化した脚力を以て木に登り、上から開けた場所を監視する。

 来るであろう市長をかなりの時間待ち——日が傾いて空が赤く染まった頃、初老の男性、ヨンド・ゼルフ市長その人が遂に現れた。

「——ッ!?」

「え!?」

 しかし二人は、彼が現れたこと以上に、ある事実に驚いた。

 それは、開けた場所の中央、雪で覆われた大地のごく一部分がまるで扉のように開き、その中から市長が現れたことである。

 この事態に、二人は衝撃と困惑を抱く。そしてこの街の噂——奴隷と魔腑の売買が行われていることを思い出す。

「これ、あの扉の先で奴隷と魔腑の売買が行われて、それに市長が関係している——って可能性ありますよね?」

 ダスの顔を覗くようにミーリィは尋ねた。

「その可能性は十分ある——だが、」

 その扉の先にあるものを突き止めたい——そう思うダスだったが、そのはやる気持ちを抑えて言う。

「まずは、市長を捕まえることだ」

 そう言ってダスは、市長をじっと睨みつつ巨槍を構える。

「そうですね」

 ミーリィもそう言って鉄棍を構える。

 市長は二人には気づいていない。手に大きな袋を持ったまま直立し、森の奥の方をじっと見て来るであろう帝国の人間を待っている。

 その隙に、ダスは木の枝から跳躍した。猛禽の狩りのように急降下し、巨槍の穂先を市長に向ける。

 風を切る音に気づいた市長はその音の方、つまりダスを見遣り——

「な、何だぁっ!?」

 彼の姿を視界に捉えた時にはもう遅く、巨槍は市長の体を貫き、大地に深々と突き刺さった。

「があ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっっ!!!???」

 突然の出来事と激痛に、市長は手に持っていた袋を落として叫んだ。咄嗟に魔術で痛みを消し、脱出しようと巨槍を掴む——が、しかしダスは巨槍をぐい、と押し込んだ。

「き、貴様……! 何をしているのか分かっているのか……! 私は市長だぞ……!?」

 苦悶の表情で言う市長に、ダスはにべもなく言う。

「その市長が、本来クァヴァスに使うべき金を帝国に献上しているんだろ?」

「……本来……? 何を言って——」

「ミーリィ」

 ダスがそう言うとミーリィが木から降りてダスと市長のもとに向かい、何か言いかけていた市長の頭を鉄棍で一発殴る。

「ぐっ……!」

 苦悶の表情で痛がる声を零した市長は気を失い、雪に覆われた大地の上に倒れた。

「話は後でじっくり聞く……さて」

 ダスは倒れた市長を一瞥して巨槍を引き抜き、この開けた場所の中央部分——扉のように開いた場所を見る。

「先に中に入るか、後で来るか——」

 そう言った時だった。遠くから地鳴りのような音が轟いてきた。その音は段々とこちらに近づき、そして木々の間からその音の主が姿を現す。

「……カロンか」

「ダス・ルーゲウスとその仲間……今日は、魔術師の子供はいないようだな」

 先日エトロンで遭遇し、あっさりとミーリィ達に敗れた帝国の騎士、重厚な鎧を身に纏い、二輪の車に乗ったカロン・ファン。そして馬に騎乗した彼の配下の騎士達。

 地鳴りのような音を轟かせてやってきた彼らは、それぞれ騎乗しているものから降りずに二人をじっと見つめる。

 先頭にいたカロンが、倒れている市長とダスが手に持っている大きな袋に気づいた。

「そこに倒れている市長と、貴方が手に持っている袋……それは何だ?」

 ああ、と言ってダスは彼に見せるように袋を掲げて言う。

「市長秘書が、『闘技大会で稼いだ金を市長が横領して帝国に献上しているから、捕まえてきてくれ』と頼んできて——」

「この盗人がッ!!」

 そうカロンは叫び、二輪の車でダス目掛けて突っ込んでいく。

「ッ!?」

 ダスは突っ込んできた二輪の車を跳躍して躱し、車は急旋回して止まる。

「ジャレン卿を殺すに飽き足らず、今度は金を盗むか!」

「いやだからこれは市長が横領した金で——」

「問答無用ッ!!」

 そう叫んでカロンは再び二輪の車を走らせて突っ込んでくる。ダスは溜息を零して肩を竦め、

「黙らせるしかないか……」

 カロンを睨んで巨槍を構える。大鎚を片手で握ったカロンは——

 二輪の車を、跳躍させた。

「——ッ!?」

 その普通に考えるとあり得ない挙動に、ダスは困惑する。宙を舞って突っ込んでくる車を巨槍で弾き——

 その後ろから、大鎚を掲げたカロンが躍り出てきた。振り下ろされる大鎚を後方に跳躍して躱し——

「ぐッ!?」

 彼の横から二輪の車が突っ込んできた。ダスはそれに突き飛ばされ、森の中へと飛んで行く。その最中、目を開いて二輪の車を見遣り——

 ——誰も乗っていない……!?

 突き飛ばされつつ、先程の跳躍も、今の攻撃も、魔術によるものだと理解した。

 振り下ろした大鎚を持ち上げ、カロンはミーリィを見る。

「次は貴方だ……!」

 右手を二輪の車の方に伸ばし——すると、彼の手に吸い寄せられるように車が彼のもとに走ってきた。

「魔術……!? その車を動かしていたのも、魔術なの……!?」

 その光景を見たミーリィが、思わず疑問を零した。

「そうだ。私の奇跡魔術は『操作』——あらゆるものを、自由に操る魔術。そう、車であれ——」

 そう言うと彼は右腕を彼女の方に突き出した。何が起こるかを察したミーリィは跳躍し——

「人であれ」

 しかし間に合わず、彼女は急速に彼のもとに引き寄せられ——

「ぐぅっ……!」

 薙がれた大鎚を彼女は鉄棍で受け止めた。が、その衝撃に彼女は飛ばされ、木に打ち付けられる。

「ったぁっ!?」

 痛がる声を上げ、ミーリィは雪の大地に倒れる。彼女は握った鉄棍を使って立ち上がり——

「きゃあっ!?」

 体が勝手に動き、宙に浮いた。体は手を突き出したカロンの方へと急速に飛んでいく。

「だったら……!」

 彼女は鉄棍を両手で構え、薙いでくる大鎚を弾き返さんとカロンを睨む。そして目前にまで迫り——

「っああ————————っ!?」

 彼女の体は天高く飛んでいった。突然体が急上昇し、ミーリィは悲鳴を上げる。それを追うようにカロンは跳躍する。鎧の重さを感じさせない程軽々と飛んだ彼は先に飛んでいった彼女を追い越し、彼女の上方に躍り出た。

「っ!?」

 愕然とするミーリィに、彼は右手を突き出す。すると彼の体は急速に落下し——その勢いのままに振り下ろされた大鎚が、彼女の腹部を粉砕した。

「があ゛っっっ!!!」

 肉と内臓が潰され、骨が粉砕されて体を突き破り、口からは苦痛の声と共に血が噴き出てくる。そして流星の如く落下し、大地に激しく打ち付けられた。彼女は地面にめり込み、気を失っている。

「ミーリィッ!?」

 ダスが激流を生み出してそれに乗り、咄嗟に彼女に近づいて拾い上げる。

「クソッ! 今は退くべきか……!」

 彼女を抱えたダスは、魔粒を送って彼女の体を再生させる。彼女の体はみるみるうちに元に戻っていき、まるで何も無かったかのように元通りになった。

「追いかけるぞ!」

 落下しながら叫んだカロンは、魔術で二輪の車を自分の真下に移動させ、そこに座るように着地する。そして激流に乗って移動するダスを追い始める。

「街に着けば——」

 森の奥から、銃声が響いた。そして放たれた銃弾は、ダスの体に命中する。

「——ッ!?」

 突然の銃撃にダスは体勢を崩し、ミーリィを抱えたまま転倒してしまった。咄嗟に立ち上がろうと苦悶の表情のまま雪の大地に手をつき——

 ——クソッ、力が入らない……!

 再び、銃声が響いた。一発、二発、三発——と銃声は響き、力の入らない彼の体に追い打ちをかける。

 ——クソッ、ここまでか——

 銃弾を何発も撃ち込まれ、遂に彼も倒れて気を失ってしまった。

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