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ゲロムスの遺児(新版・改訂前)  作者: 粟沿曼珠
第三章 白熱の冷海
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第四十五話 市長秘書の脅迫的依頼

 明け方になり、ミーリィ、ダス、ポンの三人はサース闘技場へ向かった。賑やかだった街は静まり返っており、風の吹く音がよく響く。

 ざく、ざく、と道に積もった雪を踏み、白い息を吐き、そして三人は闘技場の前に着く。明け方なので当然闘技場は開いておらず——

「——あ」

 扉がゆっくりと開いたことに気づいたミーリィが声を零した。扉の向こうからセミアが頭を出し——

「……どうぞ」

 その声は昨日のような威勢が無く、顔も気だるげである。そう言って彼女はすぐに頭を扉の向こうへひっこめた。

「……何か、昨日と様子が違いますね」

「朝が弱いんだろう」

 そう言ってダスが扉を開けて中に入り、ミーリィとポンはそれに続いた。三人は先導するセミアについていき、蝋燭が灯されていない薄暗い廊下を歩く。

 しばらく歩くとセミアは司会者用の控室へと入っていった。それに続き、三人も扉を開けてその中へと入っていく。

 控室は小さな部屋で、本棚の中には本がびっしりと並んでおり、火の付けられた暖炉が小さな部屋全体を温める。その温かさに、三人は着ていた外套を脱ぐ。

「すみませんね、こんな部屋で……こっそりやるなら、実質私の部屋であるここが良いでしょうし」

 そう言って彼女は手で背もたれの付いていない三つの椅子を指し、座るよう促した。三人は座り、外套を腿の上に乗せる。

「では、改めて……ようこそ、クァヴァスへ——金、賭け、血、戦。そういったものに溺れた者達の最果ての地へ」

 気だるげな表情から繰り出される、自分の街を貶すような歓迎の言葉。それを聞いて三人は困惑する。

「…………昨日とは、随分と人が違うような感じだな」

「取引はお互いの信用で成り立つものです。故に、素の自分を出していこうかと」

 ダスの言葉に、彼女はにべもなく答えた。

「あー、つまり、おれ達が昨日見てたのは演技って訳か?」

「その通りです。演技——或いは、騙しとも言うでしょう。こうすれば、観客の皆様は金を落としてくれるので」

「おいダス、なんかこいつ信用できねーぞ。帰ろうぜ」

 彼女を睨んでダスの方を向き、ポンは訝ってそうに言った。

「気持ちは分かるが……俺達の運命はセミアに握られていると言っていい」

 彼女は三人の素性を知っている——ジャレンを殺したことも、帝国に狙われていることも。そして、帝国に引き渡したり、居場所を教えたりすることもできる。

「……分かったよ」

 ポンは不満げな顔でそう言った。

「ご理解いただけたみたいですね……まあ、お互い面倒ごとは嫌でしょうし、これが最善の選択です」

 そう言うと彼女は衣嚢の中から大きな紙を取り出し、机の上に広げる。

「……地図、ですか?」

 それを上から見たミーリィが言った。建物や闘技場の配置、そしてその周辺に広がる森が描かれている。

「そうです。ここクァヴァスの地図です」

「確か依頼をしたいんだったな。それで、これと地図がどう関係するんだ?」

 ダスが尋ねるとセミアはしばし沈黙し、そして溜息を吐いてから言う。

「本当に面倒なことに……ヨンド市長が資金を横領しているみたいなのです」

「横領、ですか?」

 ミーリィの疑問の言葉に、セミアは「はい」と言って続ける。

「闘技大会で得た金は、本来クァヴァスの為に使われるものなのです。しかし市長はそれを一部横領し、帝国に献上しているみたいなのです。具体的には分かりませんが、大方、見返りを求めてのことでしょう」

 彼女はまた溜息を吐き、苛立った表情で少し俯いて愚痴を零し始める。

「あの市長はだいぶ身勝手なところはありましたがここまで酷いとは、折角街の修繕や祭の開催の為に使えたのにお陰様で今ではそういったことに碌に金を回せず——」

「せ、セミアさん、どうどう」

 ミーリィの声掛けに気づいたセミアは咳払いをし、気を取り直す。

「失礼しました……そんな訳でして、ダス・ルーゲウス氏とそちらの御二方には市長を捕まえてもらいます」

「『捕まえてもらいます』って……」

 まるで拒否権が無い言い方に、思わずポンが復唱した。

「以前報告があった場所は、街を出て南東に行ったところの、森のこの辺りですね」

 そう言うと彼女は筆を取り出して地図に印をつける。

「ここで帝国の取引があったそうです。そして、私の推測が正しければ、今日がその取引がある日です」

「つまり、そこに行って市長と帝国を叩いてこい、と?」

「はい」

「……下手すればそのまま帝国に連行される可能性もあるが……いや、どうせ依頼を拒否しても、同じような結末か」

 ダスは俯いて小さく呟いた。そして顔を上げてセミアの方を見て言う。

「分かった、受けよう。まあ元々拒否権は無いが……良いよな、ミーリィ、ポン」

「勿論です! それに、セミアさん困っていますしね!」

「……何か信用できねーけど、まあ、好きにしろ」

 二人の同意を聞き、セミアは胸を撫で下ろす。

「ご協力感謝します、ダス・ルーゲウス氏、ミーリィ氏、そしてポン氏……脅しのようになりましたが、まあこれが一番面倒でないやり方だったので」

 そして彼女は一礼する。

「勿論、報酬も用意しますが……色々用意するのも面倒なので、金でいいですか? 言い値で大丈夫ですが、常識的でない金額は受け付けません」

「さっきっから面倒面倒って……よくこの立場に就いたな」

 面倒を何度も繰り返すセミアに、思わずポンが突っ込んだ。それに彼女がにべもなく答える。

「普通にこの街が好き、というのもありますが……何より、収入が良いですからね」

「堂々と言うもんじゃないだろそんなこと……」

 彼女の答えに、ポンは肩を竦めた。

「金で大丈夫だ。五千ウルでいい。あと、ラードグシャ地方行きの列車も用意してくれたら助かる」

「分かりました。列車の方は面倒ですが……まあ、それ相応の仕事だとは思いますしね」

 そう言って彼女は立ち上がり、入り口へと歩く。

「では、お開きとしましょうか。私は市長秘書の仕事がありますし」

 そう言われ、ミーリィ達三人も立ち上がって外套を羽織り、部屋を出た。再び薄暗い廊下を歩き、闘技場の入り口から出る。

「市長を捕まえたら、役所の方まで連行して下さい。そこで私を呼ぶように言ってもらえれば大丈夫です」

「分かった」

「では、市長か誰かに見つかって面倒なことになっても嫌なので、この辺りで……無事を祈ります」

 ばさっと外套を広げて羽織り、セミアは歩いていった。

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