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ゲロムスの遺児(新版・改訂前)  作者: 粟沿曼珠
第三章 白熱の冷海
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第四十三話 市長秘書からの手紙

「ダスさーん!」

 闘技場の受付の前に立っているミーリィはダスを見かけるや否や叫び、手を振った。それに気づいたダスは巨槍を掲げて反応する。

「いやぁ凄かったですねさっきの戦い! ダスさんも、オッディーガさんも!」

 嬉々として語る彼女に、しかし彼は不満そうな顔で答える。

「……まだまだ自分は弱いってことが、十分に分かったがな」

「た、確かにダスさんは負けてしまいましたが……それでも、ダスさんはわたしなんかと比べたら遥かに強いですよっ! ほらっ! 勝利の賞金貰いに行きましょうっ!」

 そう言って彼女はダスの背中を押し、受付に行くよう促す。

「まー、その前の試合も凄かったけどな。戦い方にお前の見方が変わったというか、幻滅したというか……まあだけど、すっきりはした」

 ポンもまた彼を励ますように、彼の顔を見て言った。

「あんな糞野郎は、徹底的に痛めつけないと直らないからな。それに、俺もあいつの態度とか、ミーリィへの接し方に苛立ちを覚えていたのもある」

「だ、ダスさん……」

 そんな彼の言葉に彼女は一転し、頬を赤らめて黙ってしまう。そんな光景にポンは思わず溜息を吐いて肩を竦めた。

 三人は受付の女性と相対するように立つ。ダスの顔を認めた彼女は、

「あ、ダス・ルーゲウスさんですね。こちら賞金となります」

 そう言って大きな袋を彼に手渡した。受け取ったその袋をミーリィに渡し、彼女はその中を見る——千五百ウルもの硬貨が中に入っていた。あまりの金額に、彼女の顔にはまるで蕩けた笑顔が浮かんだ。

「それとこちらも」

 そう言って受付の女性は机の下から手紙を取り出してダスに渡した。受け取って訝しげな表情をするダスに、彼女は他の人に聞こえないよう小声で言う。

「私も中身は分かりませんが……セミア市長秘書が『内密に』、とのことで」

「内密、だと?」

「恐らく何かの依頼でしょうね……ただ、市長秘書のことなので、恐らくクァヴァスの為になることだと思います。どうか、お力添えをお願いします」

「……まあ、考えておく」

 そう言ってダスは衣嚢に手紙をしまい、三人は踵を返した。

「依頼、か……またエトロンみたいな感じなのかな」

 そう言うポンに、ダスは答える。

「あの時はああするべきだったが、別に今回は依頼をこなさないと前に進めないってことも無い。内容次第では断る」

「で、でも何か困っていたら、わたしは助けたいんですけど……」

 心配そうな表情で言うミーリィに、ダスは言う。

「ミーリィ、今の喫緊の目標はポンを故郷へ送ることだ」

 そう言うダスに、ポンは何か言いたげな表情で見つめる。

「……ポン君? どうかした?」

「……あー、いや、何でも無い」

 しかし彼は何も言わずに黙ってしまった。

「そう……なら——」

「金が……無い」

 まるで今にも死んでしまいそうな声が突如として三人の後方から聞こえ、彼らは思わずびくっと跳ねた。咄嗟に振り返り——そこには涙を流して項垂れているオッディーガの姿があった。

「お、オッディーガ……?」

 ダスは困惑の声を零す。そんな彼に彼女は抱きつき、泣き叫ぶ。

「ダスが大会に出るからぁ、所持金全部賭けたのにぃ、オマエと戦って服爆発させたせいで券が消えてぇ、払い戻し金貰えなくてぇ、さっきの戦いは突発的だったからぁ、賞金も無くてぇ……」

「いや自業自得だろ」

 泣きつく彼女を、しかし彼は一蹴した。無視して歩くも、彼女の手がなかなか離れない。

「クソッ、こいつ……!」

「もっと師匠を労われェ~! 金を献上しろォ~!」

「貰う立場が偉そうなこと言うなッ!」

 彼は魔術で激流を生み出し、全力で自分の体から離そうとするも、彼女も爆発の魔術で対抗し、突然街中で激戦が繰り広げられ——結局、百ウルを渡して彼女は手を離して落ち着いたのであった。

 その街を半壊させてしまうのではないかと思ってしまう程の激戦の様子を、ミーリィとポンの二人は苦笑いして見ることしかできなかった。

「……ダスさん、昔は荒れてたって言ったけど、もしかして多少はオッディーガさんのせいなんじゃないかな……?」

「おれもそう思う」


 ダス・ルーゲウス氏とその仲間のお二方へ。

 恐らく他の地域でもそうだったと思いますが、帝国から貴方達を確保するよう依頼が来ています。国や都市の上層部の人間には、「ダス・ルーゲウスと仲間の女子供がジャレン卿を殺した」という情報が流れてきておりましてね。彼を殺したからか、はたまた別の理由があるのか、何であれそれ程までに、帝国は貴方達を一般人に渡したくないようですね。

 今の状況、貴方達を活かすも殺すも私の自由だということをご理解下さい。だからといって、貴方達を帝国に差し出すつもりはありません。勿論、私達の依頼に応じてくだされば、の話ですが。

 ジャレン卿を殺したその手腕を信じ、貴方達に依頼をしたいのです。万が一を考慮し、明日の明け方にサース闘技場にいらして下さい。内容はそこでお伝えします。


「…………俺のせいか……」

 闘技場で渡された手紙を読み、ダスは酷く落ち込んだ——挑発に乗って闘技大会に参加しなければ、こんな事態にはならなかったのではないか、と。

「市長秘書、だいぶ性格変違うな……あの司会と同一人物なのか? これ」

 その手紙を彼の横から読んでいたポンが訝る。確かに先程の溌溂した様子とは打って変わって、陰湿な印象を感じさせる文章であった。

「まあまあダスさん、気を落とさないで下さい。どうせ三日くらい滞在する予定でしたし、拒否権なんて殆ど無いみたいなものですし、受けちゃいましょう!」

「まあ確かに、それもそうだな……それに、一般人に俺達のことは知られていないみたいだし、それを知ることができたのは僥倖だ」

「しっかし、あのジャレンを殺したとは、ねぇ……!」

 彼らのこれまでの経緯を知ったオッディーガは、げらげらと笑って言った。

「マジで良かったな! 皆にそのこと知られたら、絶対殺意めっちゃ向けられてたぞ!」

 事実、ジャレン卿を敬愛する人——勿論、彼の裏の顔を知らない——は多く、各地方の沢山の人々が悲しんでいた。殺意を向けられ、実際に殺される可能性すら否定できず、故に帝国は情報を統制した、という側面がある。

「ま、行ってこいよ。なーに、状況が悪くなったらワタシも向かう」

「正直出る幕があるか分からないが……そうしてくれると助かる」

 微笑んで言ったオッディーガに、ダスは感謝の言葉を述べた。そして彼は立ち上がり、寝台へと向かう。

「あれ、ダスさんもう寝るんですか?」

「ああ……疲れたし、それに——」

「おいダス! もう寝るのか!? 何だよつまんねー奴だなーせっかく再会したってのによー!」

 寝台に横たわった彼に早足で近づいてきたオッディーガを親指で指し、心底嫌そうな顔で彼は言う。

「こいつがいるから」

「な、成程」

 先程のダスとの絡みと突発的に始まった激戦を思い出し、納得せずにはいられなかったミーリィであった。

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