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ゲロムスの遺児(新版・改訂前)  作者: 粟沿曼珠
第三章 白熱の冷海
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第四十話 闘技大会

 ヴァザン地方の各地に残る闘技場では、かつて戦の民もそうしたように、闘技大会が開かれている。クァヴァスには幾つかの闘技場が存在し、それぞれ役割に応じた利用がなされている。例えば、一番大きな闘技場は乱闘用で、小さい闘技場は一対一用——といった具合に。

 ミーリィ達三人と男が向かったのは、二番目に大きい闘技場だ。舞台自体は大きい訳では無いが、観客席は一番の広さを誇る。この闘技場は、戦の民の儀式に使われていたという。

 そして今では——色恋沙汰であれ、意思決定であれ、何であれ——思いや願い同士がぶつかり合い、勝敗によってどちらを取るのか決する為の、ある種の大衆娯楽めいた儀式の場となっている。

 ある者は思いや願いの衝突を純粋に楽しみ、ある者は負ける者を嗤い、ある者は賭けに溺れ、ある者は血肉の飛ぶ光景に酔い——そういった人達が、ここでの戦いを待望している。

 受付を済ませ、ミーリィ達三人は来たる戦の時を待っている。街中で宣伝されたこともあって、「これを待っていた」と言わんばかりに人が続々と闘技場の中へと入ってくる。

「うわぁ、凄い人ですね」

「クァヴァスに来る人の目的は大体闘技大会だからな。まあ、大きい大会って訳でも無いのに、ここまで人が来るとは俺も思わなかったが」

 ミーリィとダスはなだれ込む人々を眺めて言った。受付を済ませた者達の多くは、その手に入場券と賭けの券が握られている。

「それじゃ、俺はそろそろ行く。終わったらここで合流しよう」

「はい! ダスさん、頑張って下さい!」

「まあ、お前なら問題無いと思うが——頑張れよ、ダス」

 そう言って、ミーリィとポンは歩いていくダスを見送った。

「それじゃ、観客席に行こっか」

「おう」

 二人は人で混み合う通路を通り、観客席へと出る。クァヴァスで一番の広さを誇るその観客席は、しかし人がびっしりと座って戦いの始まりを待っている。人々合間を縫うように進み、幸いにも空いている席を見つけ、二人は座る。

 観客席を歩く人々をよく見てみると、観客だけでなく、彼らに食べ物や飲み物を売る人もいた。

「商魂が凄いな……入場料で金を取るし、賭けもできるし、物も売るで」

「あ、何か下さい!」

 呟くポンをよそに、彼女は手を挙げて売り子を呼ぶ。

「はーい!」

 そう言って売り子の子は近づいてきて、屈むようにして大きな盆の中にある売り物を彼女に見せる。

「えーと——」

 売り物に一通り目を通し、彼女は絶句した。どの売り物もその価格が普通に買うよりもだいぶ高いのである。

「…………こ、」

 彼女はしばらく悩み、そして意を決して叫ぶ。

「この一番高いお肉とこの飲み物をお願いしますっ!」

 そう叫び、彼女は財布から金を取り出して売り子に手渡す。終始にこやかな売り子はそれを受け取ると、肉と飲み物を彼女に渡した。

「ポン君は!? 遠慮しなくていいよ!」

 何故か興奮気味のミーリィに、彼は困惑しつつ答える。

「いやおれは別に……いや、同じ飲み物が飲みたい」

「それだけでいいの!?」

 ぐっと顔を寄せるミーリィに、彼は困惑した顔で引きつつ縦に頷く。彼女は再び財布から金を取り出し、売り子から飲み物を受け取る。

「ありがとうございます!」

 彼女が笑顔で叫ぶと、売り子の子も笑顔で礼をして去っていった。

「お、おいミーリィ……急にどうした?」

 困惑の声でミーリィに聞くと、彼女は調子の良い声で答える。

「いやー、ちょっと前に沢山お金入ったからねー、一度豪遊してみたかったんだよねー!」

 彼女は両手に持っている肉と飲み物を眺めながら、まるで子供のように微笑んでいる。

 ——確かに普通に買うより高いけど、豪遊って言える程の価格では無いんだよなぁ。

 そうポンは思ったが、そんな彼女の様子を見て、そう言いたくなるのをぐっと堪えた。

「あ、あんた達!」

 突然、二人は後方から声を掛けられた。振り返ると、そこには長身の——とはいえ、ミーリィよりは少し低いが——女性が立っていた。ぼろぼろの外套に身を包み、金の短髪が風に揺れ——そして、ダスが持っているような巨槍を背負っている。

「あれだろ? この大会に出る奴の仲間——友人? いや家族? まあそんな感じだろ? 隣座っていい?」

 ぐいぐい来る彼女にポンは身構えるが、

「いいですよ! どうぞどうぞ!」

 と気分の良いミーリィは言い、座ったまま体を腰で動かし、席を確保する。

「おい……!」

「いやぁありがとうね……うわすげぇ睨んでくる」

 金髪の女性の視界に、ミーリィを挟んで睨んでくるポンの姿が映った。彼女は背負っていた巨槍を手に取って言う。

「ほら、持ってな。これで多少は安心できるだろ」

 彼女は床を滑らせるように巨槍をポンの方へ送った。ポンはそれを認め、しかし彼女への警戒は解かなかった。

「くーっ、世知辛いねぇ……まあ、こんな見た目にどでかい槍持ってりゃ、怪しまれるのも道理だけどさ」

 彼女は笑顔でわざとらしく言った。そんな彼女に、彼の視線はさらに厳しくなる。

「まあまあ、ポン君……ところでその槍、もしかしてダスさんの愛好家ですか?」

「愛好家? そんな訳——」

「まあ、ある意味そんなところだな」

 あった。金髪の女性はポンの言葉を遮るように言った。

「……は? えと……あれか? 昔助けられて、恋して、ずっと追いかける類の変質者か?」

 困惑と疑問に満ちた言葉が、彼の口から零れる。それを受けてミーリィは「あ、」と何かを思い出したような素振りを見せて言う。

「そういえばポン君は知らないんだっけ? ダスさん、昔はかなりの有名人だったんだよ」

「は? 有名人?」

 そう疑問の声を零し——

「ご来場の皆様ッ!!! お待たせしました————ッ!!!」

 大会の始まりを告げる司会の声が、闘技場中に響き渡った。

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