第三十九話 騒がしき男
宿に荷物を置いて三人は商店街へと向かう。そこで首巻きと耳の隠れる帽子を買い、すぐに身につける。直に冷気を感じる面が減り、温かくはならずとも先程よりはましになる。
「ふう、ようやくまともに街を歩ける……ダスさん、これからどうします?」
ミーリィがダスに問い掛けると、彼は「うーん」と唸ってから、
「まあ、特にやることも無いしな……自由行動でいい——」
「了解です! では!」
ダスが言い終わったとほぼ同時に彼女は返事し、そそくさと立ち去った。その様子をポンは訝る。
「……あいつ、何するの?」
「少年観察、と言ったところか」
「うわ……」
突然告げられた彼女の生態に困惑の声を零す。自分もそういう目で見られているのではないかと考えると、思わず気持ち悪さがこみ上げてくるのであった。
彼女は周囲をきょろきょろとしながら早足で歩く。石畳の街路は雪で覆われ、さくさく、と踏む度に小気味良い音が鳴る。
——どこかに可愛い男の子は——
「ちょっと、そこの君!」
少年を探していると、突然後ろから声を掛けられた。振り返ると、金髪で煌びやかな服に身を包んだ、かっこつけた男がいた。
「あの、何か——」
そう言葉を紡ぎ——その途中で、男はぐっと距離を詰め、その顔を彼女に近づける。思わず彼女は腰を曲げて距離を取る。
「遠くから君を見つけた時、僕は君に惚れてしまってね——これから、食事でもどうだい?」
——ッ!?
その姿に、その発言に、彼女は過去のある出来事を思い出す。途端に彼女の呼吸は荒くなり、冷えた肌に汗が流れる。
「あ、いや、その、結構で——」
「ん? どうしたんだい? 体調が悪いのかい? それとも僕に惚れたのかな?」
男は顔をぐい、と寄せ——彼女は距離を取ろうとするも、落ちるように尻から転倒してしまった。
「本当に大丈夫かい? 医者に診てもらった方が良いんじゃないかな?」
「あの、本当に、ごめんなさい、やめて——」
男の手が彼女へと伸びていく。狼狽し、腰を抜かしてしまった彼女は抵抗もできず、恐怖に満ちた顔の目を閉じ——
「おい」
巨槍の穂先が、彼の横顔に向けられる。ミーリィは目を開け、声の方を見遣る——そこには、怒りの形相のダスがいた。彼の側にいたポンが彼女へと駆け寄り、すぐさま彼女を守るように障壁を展開する。
その突然の状況に、男は苦笑いする。
「や、やだなぁ……僕はこの子を食事に誘っただけで——」
「俺の連れに、何するんだ」
ダスは男を睨んで吐き捨てた。
「…………そうか」
怯んだ男だったが、何かに気づいたようにそう零す。
「君は嫉妬しているんだな!? 僕に!」
「……………………は?」
長い沈黙の後、ダスは思わず困惑の声を零した。ミーリィとポンも、声に出さないが内心困惑している。
「僕が強くて格好良いから嫉妬してるんだ! そんな僕に彼女を取られまいと、こうして格好良いところを見せて独占しようとしてるんだ! そうに違いない!」
「うわこいつ自分で自分を強くて格好良いって言った」
男の叫びに、ポンは呆れて思わず突っ込んでしまう。
「だったら、君! 僕と勝負しろ! 闘技大会で決着をつけよう!」
男はダスを指さして叫んだ。ダスは肩を竦めて嘆息し、
「ミーリィ、ポン、帰るぞ」
そう言って彼女の元へ向かい、彼女は彼の肩を掴んで立ち上がる。
「ちょ、どこへ行く!? 僕と戦え!」
三人は男の叫びを無視して進み——
「逃げるのか!? 臆病者め! 負けるのが怖いんだろ!? 僕に負けて恥を晒し、彼女を取られてしまうのが怖いんだろ!? この腰抜けが! その槍は飾りか!?」
——ダスの足が止まった。
「え、ダスさん……?」
彼は彼女を優しく起き、男に詰め寄る——その顔は笑いながらも激しい怒りに包まれていた。
「……ここまで虚仮にされると、流石に黙ってられないな」
その言葉に男は「ふ」と笑う。
「ようやくその気になったようだね……じゃあ、彼女を賭けて勝負だ!」
そして二人は闘技場の方へと歩いていった——ミーリィとポンを置いて。
「…………あいつ、意外と子供っぽいな。エトロンの時も、今も」
「……エトロンの時もだけど、わたしもこんなダスさん初めて見たよ」