第三十八話 冷海を臨む都市、クァヴァス
エトロンを発した列車は北へと進んでいく。緑の大地は氷雪の大地に変わっていき、列車の中でも外気の寒さを感じられる。
列車は煙を上げて海の傍を走っている。ミーリィは窓を開け、その身を乗り出して外の景色を眺める。風に煽られて彼女の長い黒髪はたなびき、氷雪の大地の冷気を肌に直接感じる。
海——通称、『クァヴァスの冷海』——にはその海面を埋め尽くすように流氷が漂っている。氷雪の時代の頃、この辺りの海は凍っており、氷の大地となっていた。今では氷の大地は溶けてしまったが、その時の名残である流氷は今もこうして漂っている。
「ダスさん! ポン君! 流氷ですよ流氷!」
彼女は興奮して二人の方を向き——布団でその身を包み込んだ二人の姿が映った。
「ミーリィ、寒い」
寒さで震えた声でダスは言う。その隣でポンもうんうんと頷く。
「あ、ごめんなさい」
彼女はすぐに窓を閉め、窓越しに外の景色を眺める。空を飛ぶ鳥の群れと、流氷が漂う冷海——そしてその先に、彼女達の目指す都市、クァヴァスが見えてくる。
かつてヴァザン地方は北方の戦の民の支配地域であり、クァヴァスは彼らの都市の一つであった。その名残は今でも残っており、その最たる例は闘技場である。
「クァヴァスが見えてきましたよ! そろそろ降りる準備をしないと——」
彼女は窓から離れ、背嚢を手に取り、散らかった遊び道具や袋に入った菓子を片付ける。
「ダス、確か一旦クァヴァスで降りて、三日くらい滞在するんだよな?」
「ああ」
布団にくるまったまま問い掛けるポンに、ダスは答える。
ラードグシャ地方へと向かう為に、ヴァザン地方の次はユール地方へと向かう必要がある——が、ユール地方へと向かう列車がクァヴァスから発車するのは三日後のことであった。
「本当は早く行きたいけど……まあ、仕方無いか」
ポンは溜息交じりに言った。
「ポンも、降りる準備をしておけ」
ダスがそう言うと、ポンは無言で準備に取り掛かる。そしてダスも同様に、準備に取り掛かるのであった。
クァヴァスに着き、防寒着を纏った三人は荷物を持って列車から降りる。都市を包む冷気が三人の顔に触れる。
「は、早く宿に行きましょう……鼻水出そうです」
「おれも……」
ミーリィとポンの二人は鼻を啜りつつそう言った。列車の中にいたことで、都市を包む冷気がより一層冷たく感じられた。
「そうだな……そしたら、首巻きとかを買いに行くか」
三人は最低限の防寒しか意識していなかったので、今着ている防寒着しか寒さ対策をしていなかった。
寒さに震えつつ、三人は宿へと向かうのであった。