第三十七話 幕間~殺しの意志と少女~
作戦が終わり、宴を二度し——彼女は笑顔を見せていた。
しかしその実、彼女は作戦での自分の行いに苦悶していた——シャールを呼ぶべきだったのか、どうして殺意を抱いてしまったのか、他に方法は無かったのか、彼を受け入れるべきなのか——
「昨日ぶりだな、ミーリィ」
——だからこそ、シャールが夢の中に現れたのだろう。今回は以前彼と会った場所では無く、暗闇に包まれたメロートルの中であった。
「……………………何でいるの?」
「夢とは思い、願いの発露であり、故にこそ願いの化身たる私も姿を現した——などと、たった今それらしい理由を考えてみた。どうだ?」
「うーん……まあ、言われてみれば、そうかも……? とはなるね」
それを聞くと、彼は嬉しそうに微笑む。
「……もしかして、暇?」
「当然」
彼はきっぱりと答えた。
「そもそも私は何千年も魔腑に閉じ込められて、死のうにも死ねず、永遠と思えるような苦しみを味わってきたのだ。それでようやく貴様の腕に宿り、こうして貴様と話せるようにもなった。故に、今まで暇だった分、全力で暇潰しをするのだ」
子供っぽい理由と言動に、思わず彼女は噴き出す。
「意外と子供っぽいんだね」
「まあ、今回出てきた理由はそれでは無いがな」
先程の柔和な雰囲気が一瞬で消え、緊張が彼女を包む。彼女の顔からも、すぐに微笑みが消えた。
「イギティ——昨日のあの女の言葉、覚えているか? 一歩一歩、着実に強くなろう——だったか?」
「……そうね」
シャールは暫し沈黙し、そして諭すように言う。
「……貴様も、一歩一歩、だな」
「……え?」
その言葉の意味が理解できず、彼女は困惑の声を零す。
「どういうこと……?」
「一歩一歩、ありもしない罪から解き放たれていけ、一歩一歩、殺すべき敵を殺せるようになれ、といったところだ」
その言葉に、彼女は強い語気で反応してしまう。
「だから、私は——!」
「これは、貴様の精神と、貴様がファレオで生きていく為だ」
彼女の言葉を遮るように、彼は言った。
「ファレオの先輩として、言わせて貰う——殺しを躊躇えば、真に守るべき存在を失ってしまう。そして誰かを守る立場の人間がその過ちを犯してしまえば、その悲しみは広がっていく」
彼は彼女へと近づいていき、彼女のすぐ目の前に立つ。
「いいか、誰も犠牲にならない、誰も死なない、なんて綺麗な世界は無い——この世界は穢れきっていて、故にこそ、手段を選ばない必要が出てくる」
そして振り返り、彼女から遠ざかっていく。
「今のうちに、一歩一歩学んでいけ——あれに相対した時、嫌でもそれを理解するだろうからな」
彼は彼女の方を向かずに、そう締めた。そして彼は闇へと歩を進め——
「シャール」
黙っていたミーリィが、彼に声を掛けた。
「正直、まだ受け入れ難いけど——それでも、ありがとう。貴方なりにわたしのことを思ってくれて」
——確かに、あれに相対した時、わたしは今のわたしではいられないかもしれない。
誰も苦しまない世界があるはず。彼女はまだそれを信じている。しかし今の彼の言葉は、今までの彼のどの言葉より彼女の腑に落ちたのだ。
彼女の言葉を聞いたシャールは、振り返らずに微笑んで闇の中へと消えていった。