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ゲロムスの遺児(新版・改訂前)  作者: 粟沿曼珠
第二章 千変万化の魔獣
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第三十五話 勝利の祝宴

 特に危うげも無く三人はウルスへと帰還する。門の前にはマートが半ば絶望した表情で立っていた。三人に気づいた彼は咄嗟に彼らに駆け寄る。

「帰還したか……第二部隊は帰還するも殆どが死んでしまい、第一部隊は君しか帰還していなかったが……」

 彼の心配や絶望を打ち消すように、ダスは微笑んで言う。

「成功した」

 それを聞いたマートの絶望した表情は見る見るうちに変わっていき、歓喜の表情になった。

「ほ……本当か……! やっと、やっと……!」

 彼はその場でうずくまり、心配したミーリィが彼に寄り添う。

「大丈夫ですか?」

 彼の顔を覗くミーリィ——その目からは、多量の涙が溢れていた。

「これで、私達の苦しみが終わった……! 戦って散っていった者達の犠牲は無駄じゃ無かった……!」

 うずくまったかと思えば、彼は跳ねるように立ち上がり、三人はそれに驚く。

「私は皆に報告してくる! ウルスの住人、エトロンの国民よ————ッ! 私達は長い間続いていた苦しみから——」

「……あの人も、意外と愉快な人ですね」

 苦笑いするミーリィは思わずそう零した。


 その日の夜は、街全体に及ぶ祝宴が開かれた。夜の街に火の光が煌々と輝き、往来は人で溢れ、賑やかな声と美味しい食事の匂いが街を包む。

「凄いじゃない! ポン君! ミーリィちゃん! それにダスも!」

 作戦の立役者である三人は、しかしイギティの宿の一室でひっそりと過ごして——

「いやぁ本当に凄かったですよダスさんは! めっちゃでっかい獣相手に臆せず立ち向かってるんですから!」

 ——いたかったが、酒の入ったミーリィとイギティが異様に盛り上がり、人は少ないながらも騒がしいのであった。

「静かにしてくれ、ミーリィにイギティも……なあ、ポン?」

 ポンに同意を求めるダス——しかし、彼は反応せず、じっと目の前に出された食事を眺めているだけだった。

「……ポン?」

 そう言ってダスはポンの肩に触れる。彼はびくっとし、

「あ、呼んでた? ごめん、考え事してた」

 焦った風にそう言った。

「……カロンの言葉か?」

 その言葉に、ポンは頷いて応える。盛り上がっていたミーリィとイギティは、重い雰囲気を察して黙り、ポンを見る。

「全人類のゲロムスの魔術師化……どういう方法かは分からないけど、それ自体は可能だと思う……けど、スリーシャが拒絶するとも思う」

 以前彼の話にも出てきたスリーシャ・ゲロムスは、フェラーグの直系の魔術師——つまり、魔術師を束ねる立場にありながら、魔術の行使に否定的な立場を取っている。

「でも、抵抗もしないと思う……仲間達が殺され、最悪スリーシャも殺されて魔腑だけ持っていかれる。そうなる前に手を打つべきだ」

「……全員が魔術師になった世界……ヴィラスさんは『理想郷』の為、と仰ってますけど、本当に理想郷なんでしょうか……?」

 ミーリィがそう呟く。それを聞いたダスは、

「同感だ。ただでさえ魔術の濫用は多発しているのに、全人類が魔術を行使できるようになったら、最早止めようが無くなるだろう」

 そう見解を述べた。

「平和の為に犠牲を払って、でもそうやって勝ち取った世界でも犠牲者が出てきてしまう……やっぱり、帝国を止めるべきですね」

「だな」

 二人は何としても帝国を止めると、改めて決心したのであった。

「……まあ、それも考えていなくは無かったけど、別のことも——いやこっちのことばかり考えていた」

 ポンの言葉を受け、ミーリィ、ダス、イギティの三人の視線が彼へと向けられる。

「おれ、お前らを見て誰かを守れるような人になりたいって、強く思った。けど——実際にあんな獣と戦って、最初こそ大丈夫だったけど、体の半分を持っていかれた後は、恐怖心で一杯だった」

 その時の光景を思い出し、彼の声と体は微かに震える。

「でも、お前らは体を持っていかれても、痛くても、苦しくても、臆せず立ち向かっていた。お前らみたいな強い奴になれればな、と思ったけど、その道は凄く厳しいんだなって——」

 そう言いつつポンは顔を上げると、彼の視界には三人のにやけた顔が映った。

「な、何だよお前ら……?」

「いやぁ、今のポン君、やけに素直だなーって。ね、ダスさん?」

 ミーリィの問い掛けに、彼は二度頷いて応える。

「ポン君は頑張ってるみたいだけど、まだ無理しなくて大丈夫だよ。いずれそういうのに立ち向かわなくちゃいけないことになる——けど、だからといって、子供の頃からそれを味わい続けると、心が壊れちゃう」

 イギティは立ち上がってポンのすぐ後ろに立ち、彼の両肩に両手を乗せる。

「だから、ゆっくりでいい。成長すれば、それに応じて自然と心も強くなる。背伸びする必要も、無理する必要も無い。心が壊れないように、けどその願いを叶えられるように、一歩一歩、着実に強くなっていこう——って、人を守る立場じゃない私が言ってもねっ!」

 彼女は笑ってポンの肩を軽く叩く。しかし、その言葉が彼の心にすっと入っていった。

「……うん、確かに、無理をしていたかも。今回の作戦も……」

「でも」

 そうミーリィが遮るように言う。

「ポン君がいなかったら、作戦は失敗していたと思う。だから、自分に自信を持っていいと思うよ!」

 それを聞いていたダスも頷いて同意を示す。

「今日のポン君、本当に格好良かったよ!」

 満面の笑みでミーリィは言った。その言葉を受けてポンは顔を紅潮させる。

「……そう」

 彼はそう小さく言って、目の前の汁の入った椀を手に取る。そしてにやけた口元を隠すように、椀の汁を飲む。その味は、とても美味く感じられた。

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