第三十四話 新たなる敵
ミーリィはその目を開ける。メロートルの荒廃した街で横たわっていた彼女の傍にはダスとポンの二人がいる。
「あ、やっと目が覚めた!」
「ミーリィ、見ていたかもしれないが、一応言っておく——作戦は成功だ」
その言葉を聞いた彼女は安堵し、
「良かった~……」
力が抜けていくような声を出した。
「ミーリィ」
ダスの呼び掛けに、ミーリィは倒れたまま振り向くことで反応する、が。
「……いや、やっぱり何でも無い」
ダスはシャールと話したことを言おうとしたが、止めた——彼の直感がまだその時では無いと、今言ったら傷つけてしまうかもしれないと告げたのだ。
「そうですか……どうします? このまま戻り——」
その時だった。車輪の回転する音が三人の耳に届いた。馬車の音にしては激しいその音の方を見遣ると——
車体の前方と後方に車輪が付き、それを引っ張る馬のいない車が突っ込んでくる。重厚な鎧に身を包み、大鎚を握る騎士がそれに乗っている。
騎士は二輪の車の上に立つと跳躍し、三人目掛けて大鎚を振り下ろさんとする。
「敵——帝国だッ!」
そう叫ぶポンは咄嗟にミーリィとダスの前に立ち、障壁を展開——大鎚の振り下ろしは、障壁に弾かれる。
騎士は一瞬おかしな挙動——大鎚を落とし、両手をぶらぶらと振り回す——をし、落とした大鎚を手に取って障壁の向こうの三人を眺める。
「この者達は……ジャレン卿を殺した三人か? だとすれば、その子供が魔術師……」
そう呟く彼の真横に、誰も操作していない二輪の車が正確に停まる。彼の後方からは、馬に乗った仲間の騎士が続々とやってきて、整然と並ぶ。
「その女性は知らないが、あれはあのダス・ルーゲウスか……厄介なのが敵に回ったものだ」
大鎚をどんと石畳の道に置き、その柄の先端に両手を置いて騎士は続ける。
「さて、早速だが、この状況は貴方達が——ああいや、それはこの際どうでもいい。確かに来た目的はあの魔獣だが、この三人がジャレン卿を殺した三人で、かつその子供が魔術師なら——」
彼は少し俯いてぶつぶつと独り言を垂れ流す。
「…………なんか愉快な人が来ましたね」
「…………だな。だがあいつは確か——」
「あの、大体目的分かってるから、早く目的言ってよ」
そのポンの言葉に彼ははっとし、咳払いをして三人の方を向く。
「私はカロン・ファン。元々この地域にいる魔獣を回収するよう派遣されたが——」
「ああ、死んだよ」
ポンの言葉にカロンは目を閉じて沈黙する。
「…………そうだ。この状況から察するに、貴方達に殺されたのだろう。この時点で帝国に反旗を翻したという重罪に問われるが——あ、失礼。早く本題に移らないと、だな」
再び咳ばらいをし、彼は言い放つ。
「そこの少年よ。ヴィラス様の理想郷を作る為、帝国に来てくれないか? そうすれば、今回の件も、ジャレン卿殺害の件も、三人分無かったことになる」
「うん、やだ」
カロンの言葉に、ポンはすぐにきっぱりと断った。
「理想郷って……罪の無い人々を沢山殺して、魔術師をいいように利用して……そうやって人々の苦しみの上に作る理想郷ですか?」
ミーリィが彼の言葉に食いついた。
「……ある見方をすれば、そうなる」
「だったら……絶対にポン君は渡さないですし、帝国の好きにはさせません!」
ミーリィの強気な言葉に、カロンは溜息を吐く。
「それもまた、理想郷なのだろう……しかし、今の世界のままでは、苦しみを消すことはできない。だからこそ、ヴィラス様はその世界へと至る為の犠牲と引き換えに、永遠の平和を約束するのだ。たとえそれが多くの人を殺し、苦しめることになったとしても」
「そんな惨いやり方で……そこまでして、貴方達は何がしたいの!?」
ミーリィは力強く叫ぶ。それを受けたカロンは暫し沈黙し、そして口を開く。
「……全人類が、ゲロムスの魔術師となった世界を作ることだ」
告げられた言葉に、ミーリィとダスとポンの三人は愕然とする。
「人類が、魔術師に……?」
「ポン、できるのか……?」
「いや、確証は無いが恐らく——」
「これ以上の話し合いは無駄と見た」
そう告げるカロンに、三人の視線が行く。彼は大鎚を構えて二輪の車に乗り、後方の騎士達も各々の武器を構える。
「ミーリィ、ポン、逃げるぞ。カロンは確か、帝国の騎士の中でもヴァーランドに次ぐ手練れだ」
ダスは激流を生み出し、ミーリィは氷の床をその上に作って三人はそれに乗る。激流は高速で動き出し、街の外の方へと伸びていく。
「行くぞ!」
カロンが叫んで駆け出すと、仲間の騎士達もその後についていく。カロンの二輪の車は馬を遥かに凌ぐ速さで駆け、激流の先頭にいる三人にすぐに追いついた。
「覚悟ッ!!」
彼は大鎚を掲げる。それが振り下ろされると同時にポンは障壁を生み出して弾き——彼の二輪の車が横転した。
「え!?」
思わずミーリィが驚愕の声を上げつつ後方を見遣る。そこには苦悶の表情を浮かべて腕を押さえ、苦痛の叫びを上げるカロンの姿があった。
「ぎゃああああああああああああああああっ!!!」
「カロンさ————————んっ!?」
騎士達は追尾を止め、カロンの元に集まる。
彼は最初に三人と邂逅して大鎚を振り下ろした際に、障壁に弾かれたことで腕を痛めていた——が、それが透明な障壁によるものだとは気づかず、彼は同じように大鎚を振り下ろしてしまったのだ。その結果さらに腕を痛めただけでなく、体勢を崩して二輪の車は横転し、地面に体を激しく打ち付けてしまった。
「くそッ! 何なんだよアレッ! なんか透明な壁に弾かれたみたいなんだけどッ!? 訳分からんッ! 卑怯だッ!」
「カロンさんみっともないので止めて下さい!」
仲間の騎士に諌められつつ彼は介抱される。そんな彼を見て三人は——
「……何か、不思議と悪い人じゃないって感じがしますね」
「強いって聞いていたが、実はそうでもなさそうか……?」
「おれ、あいつ憎むべき敵のはずなのに、何か申し訳なくなってきたわ」
思い思いの感想を口走るのであった。