第三十話 激戦
獣は跳躍し、大剣の角を振り下ろす。三人はそれを躱すように跳躍し——その隙を、獣は逃さない。
獣は己の体を蠢かせて数門の大砲を作り、肉塊の砲弾を撃つ。
「はぁ!? 大砲!?」
その光景にポンは驚愕して叫び声を上げた。咄嗟にダスは激流を生み出し、三人を呑み込ませて砲撃を避ける。肉塊の砲弾はそのまま飛んでいき——
「ダス! あれついてくるぞ!?」
肉塊は翼の生えた獣の形となって三人を追尾する。
「ミーリィ! ポンを頼む!」
「はいっ!」
ダスは激流から躍り出る。巨槍に激流を纏わせ、先陣を切ってきた砲弾の獣を真っ二つに斬り落とす。着地し、迫ってくる砲弾の獣を同様に次々と斬り落とし——
「ダス! 奴が来るぞ!」
ポンの叫び声を聞き、風を切る音がする方を振り向き——
「——ッ!?」
角を棘の壁に変えた獣が、ダスへと突っ込んでいく。それを視認したダスは跳躍して躱し——しかし間に合わず、ダスの体は太い棘に串刺しにされる。
「がはっ!」
「ダスさんっ!?」
ダスは血反吐を吐き、苦悶の表情を浮かべる。その痛みを魔術ですぐ消すと、彼は激流を願い、獣の前方に激流の水の柱を何本も生み出す。それを回避できずに獣は突っ込んでいき、その巨躯は細切りにされる。
その隙にダスは巨槍を使って自分の体を押し出すようにして脱出し、地面に落ちる。すぐさま穴の開いた体を再生させて巨槍を構え、獣を睨む。
当然、この獣はその程度では死なない。細切りにされた体はすぐに蠢き、一度獣の姿をとって一つに収束、元のボスカルの獣の姿へと戻っていく。
獣はそのまま空高く飛翔し、急降下——ミーリィとポンの方へと突っ込んでいく。棘の壁で二人を串刺しにするつもりだ。
——こっちに来る!
ミーリィは鉄棍を構え——彼女の肩に、ポンが触れる。彼女は彼の方を向くと、彼は「自分に任せろ」と言わんばかりの視線を送ってくる。彼女は頷き、二人は飛来する獣をじっと目で捉える。
獣は急速に二人に接近し——その針の壁が二人の目の前に迫ってきたと同時に、ポンは障壁を展開する。
獣は止まることもそれに気づくこともできず、障壁に激突する。ばき、ぼき、と音を立てて骨や角は折れて砕け、大量の血飛沫を緑の大地に撒き散らして赤く染める。
獣はその場で倒れ、激流に乗った二人は距離を取る。
「やったか?」
ポンが獣をじっと見つめる——倒れ伏した獣は、しかしすぐにその巨躯を蠢かせ、粉砕された頭部を再生させる。
「あれで死なないのか!?」
その強靭さにポンは驚愕する。逃げていく二人を視界に捉えた獣はすぐに飛翔し——
その巨躯が、一刀両断された。ダスの激流の巨槍が獣の体を切断し、分離された体は血を撒き散らして大地を転がる。
獣はすぐに体を蠢かせて狼のような形になり、ぴくりとも動かない半身へと向かう。獣がそれに触れるとその肉塊は蠢きだし、猛禽の姿をとって飛翔する。猛禽の獣はミーリィとポンを追う。
——障壁を出すことができるポンを俺から分離させる気か? なら——
ダスは願い、ミーリィ達を運んでいる激流を彼の元に向かわせる。
狼の獣はダスへと跳躍すると、掲げた前足の爪を大鎌のような鉤爪に変え、振り下ろす。それをダスは獣の下に潜り込むように躱し、隙だらけの腹に巨槍を突き刺す。さらにその巨槍から激流を発生させ、頭部の方に激流の刃を振り下ろす。
多量の血を垂らしながら、獣の胴体はぱっくりと割れ——そしてまた、蠢きだす。見る見るうちにその体はダスを簡単に丸呑みしてしまいそうな大口の獣へと変貌し、そして実際にダスを喰らう。
「くッ!」
大口が閉じる直前に一瞬光が差し込んだことで、彼はその中がどうなっているのかが分かった——口の中に生えた数多の銃口が、彼の方に向いている。
ダスは咄嗟に巨槍を獣の口蓋に突き刺し、激流で自分を押し出し——それと同時に、骨の弾丸が放たれる。
口を突き破って脱出するダス。しかし、骨の弾丸を躱しきることはできず、何本かの骨が体に突き刺さっている。骨を引き抜きつつダスは獣を睨み——
「——ッ!?」
その大口が、大砲へと変化していることに気づく。体を捻り、激流を展開し——しかしそこから放たれた砲撃を防ぐことはできず、ダスは体の大部分を持っていかれる。
ダスが願ったことで、激流の流れが変わる。獣から逃げるように流れていた激流は、一転して獣と戦うダスへと向かっていく。
二人の後目に猛禽の獣が映る。猛禽の獣は翼を広げると、羽の一部が飛び出して小さな鳥の獣となり、二人を追う。
「ポン君、お願いっ!」
「分かった!」
ポンはすかさず障壁を展開し、襲い掛かる鳥の獣の猛攻を防ぐ。猛禽の獣も猛攻を仕掛けるが、障壁も中にいる二人もびくともしない。
「クソっ、大丈夫だとは分かっていても流石に怖い……」
眼前に迫る獣達を前に、ポンは恐怖心を抱く。
「しかしこれをどうやって突破するか——」
ポンが喋っていると、二人の耳を轟音がつんざいた。音の方を見ると、体の大部分を失ったダスの吹き飛ぶ姿が目に映った。
「ダスッ!?」
「ダスさん!?」
その光景に焦る二人。ミーリィは何が最善の行動かを考え、そしてポンを掴む。
「ミーリィ!? 何だ!?」
「わたしが合図を出したら、障壁を消して! ポン君をダスさんの方に投げるから、回復するまでダスさんを守って!」
「——ッ! ……ああ!」
内心恐怖を抱きつつ、彼は決断してそれを受け入れる。彼はミーリィに持ち上げられ、彼女は魔術で全身の膂力を強化する。
「じゃあ……今っ!」
獣達の間に大きな隙間ができた瞬間にミーリィは合図を出す。障壁が消え、ポンを抱えた彼女は空高く跳躍する。
「いっけェ————————ッ!!!」
ミーリィはポンを全力で投げる。そしてミーリィは落下し、鉄棍を構えて迫りくる猛禽の獣に備える。ポンも自身の周りに障壁を展開し、追討を狙う鳥の獣達の攻撃に備える。
大砲は再び蠢いて形を変えて狼の姿をとり、ダスの前に立ちはだかって鋭い鉤爪の前脚を挙げる。
「間に合えッ……!」
ポンは障壁を願い、ダスの前に障壁を——辛うじて展開することができ、鉤爪は障壁に弾かれる。ポンを守っていた障壁は、ダスを守る障壁に接するとそれと一体になり、ポンはダスを守る障壁の中へと入る。
「ダス、大丈夫か!?」
「ああ……お陰様でな」
ダスは魔術で体と服を再生させて元通りにし、二人は眼前の獣を睨む。
「……それで、ダス、この獣をどうやって——何か聞こえないか?」
ごごご、というような音が聞こえ、ポンは訝る。ダスも耳を澄まし——それが、地面から聞こえているものだと気づくことができた。
「ポンッ! 障壁を解けッ!」
突然腕を掴んで叫ぶダスびくっとしたポンは、言われた通り障壁を解き——
ポンの真下の大地が、巨槍のように隆起した。ダスに腕を引っ張られたポンは一命をとりとめ、しかしその体の半分が大地の巨槍で吹き飛んだ。
ボスカルの獣が変化させるのは、何も自分の体だけでは無い——この獣は自分以外のものを、命の有無に関わらず変化させることができる。
障壁は二人の下には展開されていない——そう考えたのか、獣は大地を隆起させてポンを殺そうとしたのだ。
「あ゛あ゛あ゛あ゛っ!? があ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ! 痛゛い゛っ゛!」
苦痛に苦しむポンに、咄嗟にダスは魔術で痛みを消し、吹き飛んだ体と服を再生させる。彼は苦痛と恐怖で涙を流し、呼吸は荒く、その体は小刻みに震えている。
「すまない、ポン! もっと早く気づけば……!」
ダスは魔術で激流を生み出してそれに乗り、猛禽の獣と交戦しているミーリィの元に向かう。
「離してっ! 美味しくないからっ!」
猛禽の獣に咥えられ、呑み込まれまいと抵抗しているミーリィ。ダスは一度激流から躍り出て、巨槍に激流を纏わせ、獣の首を切断する。
血を撒き散らして落下する獣の頭、その口から上半身が飛び出ているミーリィを掴んで引っ張りだす。彼女の体は噛み千切られかけていて、最終的にその下半身は自重で血を撒き散らしながら落下していった。
激流へと戻っていった二人は、その上に魔術で氷の床を作る。ダスはポンを掴んで激流から出し、三人はその上に座る。彼女はすぐさま下半身を再生させ、ダスに礼を言う。
「ありがとうございます、ダスさん……食べられるところでした」
「礼はいい……それより、ボスカルの獣をどう倒すかだな」
魔術師であれば、右腕を切断すれば魔術を行使できなくなる。しかし魔獣は体全体が魔腑である為、体のどこか一部を切断しても効果は無い。生命活動を停止させるには脳を破壊するのが手っ取り早いが、しかしこの獣に対しては不可能では無いにしても、その性質上難しい。
「奴の生命活動をどうやって止めるか……」
「うーん……」
彼女も考え——先程まで彼女とポンがいた街、メロートルが脳裏に浮かんだ。
「……多分これなら、いけると思います」
彼女は何かを決心したかのように言った。