第二十九話 作戦の山場
巨槍が突き刺された翼の魔獣の巨体が大地に落ちる。激しくのたうち回り、ダスを振り落とそうと暴れる。
「くッ——!」
ダスは巨槍を強く握りしめて深々と突き刺し、そのまま息の根を止めようとする。それを受けてより一層魔獣は激しくのたうち回り——
「——ッ!」
それに気を取られ、気づくのが遅れてしまった——魔獣の体が幾つもの銃口を形成していることに。
刃物のような骨の弾丸が放たれると同時にダスは前方に激流の壁を展開し、槍を引き抜きつつ跳躍して回避を図る——が、勢いは消しきれず、数発の骨の弾丸が彼の体に突き刺さる。
「ぐぅ……!」
体勢を崩したダスは膝をついて着地し、骨の弾丸を抜きつつ魔獣へと駆ける。
「持ってくれよ……!」
魔粒の過度な消費を心配してそう言いつつダスは水を願う。すると緑の大地は見る見るうちにそれ自体が大きな水溜まりになったかのように、水の膜が大地を覆う。
ダスは水の膜を滑るように移動し、魔獣へと接近する。魔獣は槍の頭を蠢かせて銃口を形作り、骨の弾丸を放つ。
ダスはそのまま滑って銃撃を避けつつ魔獣へと接近して跳躍し、巨槍を魔獣目掛けて投げる。その分かりやすい攻撃を魔獣は空へと飛んで避け——
その次の瞬間に、水の膜から数十本もの激流の柱が湧き上がった。動き回る激流の柱は魔獣の肉を抉り、翼を切り落とす。
その攻撃を理解した魔獣は体を激しく蠢かせ、幾つもの翼の生えた蛇の形を取る。激流の柱を掻い潜ってダスを追う。
「そう来たか……!」
魔獣とは往々にして理性を失って暴走しているような行動を取る。そして殆どの魔獣はそれ故に殺される。しかしこの魔獣の行動は——この行動も、先程の遠方からの狙撃なども——魔獣としては異常な程に理性的で思慮深い行動で、それが彼を驚愕させた。
彼は激流の柱をさらに湧き出させ、魔獣を迎撃する。流石の魔獣もそれを避けきれず体が切断され——しかし、その切断された部分が新たな蛇の魔獣となり、それもダスへと向かう。
「おいマジか……!?」
ダスを目前に捉えた魔獣は、激流の柱を掻い潜ってダスの後方に躍り出る。複数に分離した魔獣は一つに収束し、大剣の頭を持つ大蛇へと変貌する。
後目でそれを捉えたダスは振り返って巨槍を両手で構える。大剣の頭の振り下ろしに合わせて、跳躍と共に巨槍を振り上げる。
魔術による膂力の強化も込められたその振り上げは、しかし魔獣のその巨体から繰り出される振り下ろしに叩き伏せられ、彼は大地に打ち付けられる。その衝撃で大地は抉られ、その体は地面に埋まる。
魔獣は再び大剣の頭を振り下ろし——しかしそのひと振りは大地を穿つだけに終わった。その直前にダスは激流を生み出して自分を呑ませて回避していた。
——何十年も生きた魔獣は、こうなるものなのか?
心の中で愚痴りつつ魔獣から距離を取り、ダスはもう一方の半人半獣の魔獣を見遣る。その剛腕と鉤爪に飛ばされ、殺される者もいるが、仲間達は武器と兵器で対抗している。
——あっちは、一応大丈夫そうか。俺はこっちに集中しないと。
そう思って自分が相対するべき魔獣を見遣る。大剣の頭はそのままで、馬のような姿へと変貌した魔獣が彼を追う。
彼は逃げつつ魔獣に致命傷を負わせる方法を考える。
——再生し、姿が変わる以上、脳を破壊するのが適切だ。だが、奴ならそれを察して、避けたり何かしらの対策を打ったりするだろう。奴を油断させて脳を破壊する隙を生み出す方法は——
そして、一つの可能性へと至った。彼は水の膜を滑るように逃げつつも魔獣の方を向き、巨槍を構える。魔獣が加速するのと同時に巨槍に激流を纏わせ、力強く握りしめる。
魔獣は目前に迫り、その首を振り上げ、そして大剣の頭を振り下ろす。それをダスは横に跳躍して避けるのと同時に、激流の刃でその大剣を根元から斬り落とす。
ダスは視界を塞ぐように魔獣の頭にしがみつき、巨槍を突き刺す。その痛みに魔獣は激しく暴れるが、先程とは異なり銃口を形成しない。
しかし、何かが風を切る音が聞こえた。ダスが後方を振り返ると、先程切断した大剣が、翼の生えた丸太の如き太さを持つ槍へと変貌し、彼目掛けて飛んできた。
それにダスは——したり顔でにやりと笑った。
ダスは巨槍を手放してそのまま落下し、飛来する丸太の槍は魔獣の顔面に突き刺さり、その勢いのまま貫通する。その穴から血飛沫が噴き出し、魔獣の巨体は地に伏した。
滞空したまま困惑しているような素振りを見せる丸太の槍に、ダスはすかさず攻撃を仕掛ける。倒れた魔獣から巨槍を引き抜いて跳躍し、丸太の槍を掴んで巨槍を突き刺す。着地し、そして何度も何度も巨槍を突き刺し、息の根を止める。
魔獣は動かなくなり、それを確認したダスは巨槍を引き抜いて一息つく。
——後は、あっちの魔獣を——
「ぎゃああああああああっ!?」
何十人もの仲間達の悲鳴が、彼の耳をつんざいた。その声の方を振り向くと——
「ッ!? どこから湧いて出た!?」
半人半獣の魔獣の他にも、四体の魔獣がそこにいた。
彼は愕然としつつ、考える。
——この戦闘に魔獣が引き寄せられた? いや、違う——まさか——!?
彼は空高く跳躍し、遠方を見遣る——先程斬り落とした肉塊の砲弾が、消えている。
つまり、この魔獣は最初から挟み撃ちを狙っていたのだ。二体の魔獣に注意が向いているうちに砲弾の形をした魔獣をこちらに向かわせ、気づいていないうちに奇襲を仕掛ける——といったところである。
仲間達を殺し尽くした魔獣達はダスとその後ろにある死体に気づき、彼の方へと向かってくる。
「クソッ!」
分が悪いと判断したダスは逃げ出し——魔獣達が、彼を追ってこないことに気づいた。魔獣達が向かっていったのは、先程ダスが倒した魔獣の死体であった。
それに気づいたころには遅く、魔獣達はその死体に纏わりつく。するとその肉は蠢いて一つの肉塊となり、四足歩行の獣へと変貌する。狼のような体を持ち、翼が生え、大剣の角と槌の尻尾を持つ、尋常でない巨体の魔獣。その巨体は、かつて現れた『終わりの者』にも引けを取らないだろう。
「ダスさんっ!」
と、そこで快活な声が響いてくる。声の方を見遣ると、馬に乗ったミーリィとポンが彼の元へ向かっていた。彼の側に来ると二人は馬から降り、彼女はその馬を逃がす。
「これがボスカルの獣、ですか……想像以上にでかいですね。他の皆様は?」
「……全滅した」
その言葉に、ミーリィとポンは息を呑む。そして魔獣の方を向き、彼女は言う。
「……ここで、倒さないとですね。これ以上、被害を増やさない為に」
「ああ」
ダスは巨槍を、ミーリィは鉄棍を、ポンは剣を構える。
「——来るぞ!」
武器を構えた三人に、魔獣は襲い掛かる。