第二十八話 激流に乗りて獣を討て
魔術で生み出した水に乗り、ダスは滑るように草原を進んでいく。すると、遠方に黒い影が見えてくる。それと同時に、向こうもダスに気づいたからか、その黒い影を蠢かせる。
直後、遠方でも届く轟音と共に黒い肉塊が発射され、放物線を描きながら彼目掛けて飛んでくる。肉眼ではっきりと確認できる程に飛来してきたそれに、ダスは突撃する。
「久しぶりだが——激流よ、この槍に纏え!」
その瞬間、彼の巨槍から激流が一直線に溢れ出す。あまりにも激しいその勢いは地面を穿ち、彼は巨槍の穂先を後方に向け、その勢いで飛ぶ。そのまま肉塊へと飛び——
その激流を以て、大質量の肉塊を切断した。一刀両断された肉塊は血を撒き散らしながら地面へと落ち、緑の大地を赤く染める。
獣はそれに気づき、己の姿を変える。大砲の形をした部分がぐにゃぐにゃと動き、数十もの小さな大砲——とはいえ、人間が扱う普通の大砲より大きいが——を形作る。
「——ッ!? そう来たか!」
ダスは再び激流を願い、空を向く巨槍から激流を放出させる。獣は照準をダスに合わせ、数十もの大砲から骨の破片のような砲弾を轟音と共に連発する。
それと同時にダスは激流が迸る巨槍を地面に向け、地面を穿つ。さらに自身の後方からも激流を生み出して反動を押し返し、地面の中へと潜っていく。
獣はそれを見逃さず、翼を生やして空を飛ぶ。ダスの移動先を予測し、地面に向けて砲弾を放つ。槍のような形状のそれは、掘り返すのが難しい程大地の奥深くに突き刺さる。
そして獣は砲撃を止めてその場に滞空する。翼をはためかせる音と風の音だけが響き——
「——だぁッ!!!」
激流と共に、ダスが地面から躍り出てきた。胴体と脚を分断するかのように突き刺さった獣の砲弾——骨の破片を、実際に胴体と脚を切断して取り除き、瞬時に魔術で脚を再生させる。
獣は数十もの銃口をダスに向け——しかし間に合わず、激流を纏った巨槍で縦に両断する。獣は血を撒き散らして大地に落ち、着地したダスにその轟音と衝撃が伝わる。
地に伏した獣に、しかしダスは追撃しようとする——そう簡単には死なない、まだ終わっていない、という思いがあったのだ。
そして魔獣は本当に再び動き始めた。真っ二つにされた魔獣の体は蠢いて肉塊となり、それぞれが新しい姿に——片方は二足歩行の半人半獣に、もう片方は翼と槍の頭を持つ四足歩行の獣に変貌する。
「——ッ!? 二体ッ!?」
——一人だと、分が悪いか!?
二体の魔獣に向かって跳躍したダスは、激流に身を包んで退却を図る。激流は大蛇の形となって地を這い——翼を持つ魔獣が、それを追尾してきた。
獣は一度高所へと飛び、そして猛禽の狩りのように急降下する。それを視認したダスは咄嗟に激流の勢いを強める——が、それも虚しく追いつかれる。
直撃する寸でのところで跳躍したダスは、しかし右脚を持っていかれ、それと同時にその衝撃で飛ばされる。緑の大地を転がりつつ右脚を再生させたダスは、軽く跳躍して立ち、巨槍を構える。
滞空する獣を目で捉え、急降下に備え——
「くッ!」
背後の気配を感じ取り、魔術で膂力を強化した腕と槍で、半人半獣の魔獣の剛腕の振り下ろしを受け止める。押し潰されそうなダスは何とか踏ん張って耐え——
その獣の胴体に砲撃が命中する。一発、二発、三発——魔獣の体に直撃し、その衝撃で吹き飛ばされる。砲弾が飛んできた方をダスは振り向くと、そこには馬車で兵器を運んできた部隊の仲間達がいた。
「空を飛んでいる方も撃ち落とせ!」
大砲が滞空する魔獣に向けられ、砲弾が発射される——も、高速で動き回る魔獣には一発も当たらない。その間に魔獣は頭を蠢かせて形を変え、幾つもの銃口を生み出す。
急降下と共に銃口は兵器や仲間達へと向けられ、骨の銃弾が放たれる。
「銃撃だと!? ——退避ッ!!」
馬に鞭を打って兵器を積んだ馬車を走らせる。しかし馬車はすぐに砲撃の餌食となり、兵器は破壊され、馬や仲間達に骨の銃弾が突き刺さる。
「クソッ! 逃げきれないッ!」
仲間達が悲鳴を上げ——その次の瞬間に、銃撃が止まった。
激流を大地に噴射させたダスがその反動で空を飛び、魔獣に巨槍を突き刺したのだ。
「こいつは俺が相手する! あっちの魔獣は任せた!」
ダスは叫び、巨槍を突き刺された魔獣と共に大地に落ちる。
「分かった——お前ら、行くぞ————ッ!!!」
その叫びと共に、仲間達は半人半獣の魔獣へと吶喊した。