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ゲロムスの遺児(新版・改訂前)  作者: 粟沿曼珠
第二章 千変万化の魔獣
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第二十七話 死して尚残る願い

 目が覚めると、ミーリィは自身が灰色の世界にいることに気づく。何も無く、無限の広がりを持つ空間。その光景を、幼い頃の彼女は何度も見てきた。

 そして、以前と変わらず彼女の眼前にはある男がいる。

「……憐れみを捨てろ。慈しみを捨てろ。怒りに燃え上がれ。憎しみに狂え。そして、分からせてやれ——貴様は、この世から消えるべき命なのだと」

 その呪いの言葉も、変わっていない。

「…………あ、」

 彼女は絶望の呻き声を上げ、涙を流す。記憶と心の奥底に押し込めていた呪いが目覚めたが故に。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「久方ぶりだな。子供の頃以来か? 何て呼べばいい、ミーリィか?」

「…………わたしは、ミーリィよ……今も、昔も」

 男を睨み、吐き捨てるように言い放った。

「承知した……改めて、自己紹介とでもいこうか。私はシャール・ウェイス——貴様の、殺しの意志だ。そして、貴様の魔腑の本来の持ち主だ」

 鋭い目で彼女を見つめ、絶望する彼女を嘲笑うように微笑んでシャールは言う。ぼろぼろの服とその裂け目から覗かせる鎧、一方で結われた黒い長髪はすらっと伸びている。

 魔腑には持ち主の魂が宿る——という噂が存在する。理屈は不明だが、それが本当だということが、証明された。

「いやはや、まさか魔術師が生き残っているとはな……奴等、まだ死んだら天に還れるとでも思っているのかどうか、気になるところだな」

「雑談をする気は無いよ……お願い、もう出てこないで」

 つっけんどんな彼女の態度に彼は肩を竦める。

「ま、貴様の性格も、貴様の生い立ちも理解しているつもりだからな、そうなるのも理解できる。ただ、貴様は考え過ぎだ」

 立ち上がって彼女の前に立ち、彼女を見下して言う。

「殺意は誰しもが抱く意志だ。貴様のような心優しき者でさえ、それは例外では無い。そしてそれが悪人に向けられるのであれば、どうしてその意志を押し殺す必要がある? それに、今や貴様はファレオに属している身であろう? ならば、貴様も殺せばよい——()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 その言葉に、彼女は耳を疑う。

「ファレオ? 貴方も、ファレオに所属していたの?」

「尤も、ダプナル帝国直属の暗殺組織だった頃の話だがな。独立し、大分変わったとはいえまたファレオに属することになるとは、私も感慨深い」

 にやりと笑ってシャールは言った。

「…………とにかく、わたしは誰も殺したくないの。もう、誰も……」

「贅沢なことを言うな。殺さないと守れない命もある。それとも、自分が殺さなければ、たとえ殺すべき相手が別の誰かを殺しても放っておくのか?」

「そ、それは……」

 尤もな意見に、彼女は言葉が詰まる。そんな彼女を見つめ、シャールはにやにやと薄笑う。

「そのような薄弱な意志であるのなら、ファレオなど辞めてしまえ」

 そう無慈悲に言い放つと、ミーリィはその目に涙を溜めて歯を食い縛った。彼女は何も言い返せず、ただ俯くだけであった。

「…………と、言いたいところだが、それが貴様の贖いなのだろう」

 無慈悲な言葉を放ったシャールは、しかし溜息と共に同情の言葉を告げる。

「尤も、私は貴様が贖うべき罪など無いと思うがな。しかし本人がそうしたいのなら、こちらが止める道理も無い」

 徐に顔を上げるミーリィ。そんな彼女の目を見つめ、彼は言う。

「もし誰かを殺さなければならなくなった時——或いは、誰かを殺したくなった時は、私を呼ぶがいい。これなら、貴様の贖いの妨げにならないだろう」

 誰も殺さないと誓ったミーリィ。しかし誰かを殺さなければいけない状況に陥ってしまったら、その誓いを破ってしまう。だから、彼は自分を呼ぶように言ったのだ。

「それが、最善の選択だ」

「…………分かった」

 彼女は暫し考えた後にそう言った。

「そうか、では——」

「でも、誰も殺さなくていい道があるはず。わたしはそれを信じている」

 後ろを向いて歩きだした彼は、その言葉を聞いて立ち止まり、呆れて思わず溜息を吐く。

「……籠の中の娘——いや、()()()()()だな、昔からずっと。世界は想像以上に冷たいものだ——それを理解しないと、いつまでも辛い思いをするぞ」

 彼はその場で座り、彼女を見て言う。

「ひとまず、今回はこれでお別れだ、ミーリィ。あの小僧が、貴様を呼んでいる」

 彼がそう言うと、どこからともなく微かな声が聞こえてきた。

「——リィ……ミーリィ……!」


 そして彼女は目を開ける。青空と荒廃した街、そしてポンの顔が彼女の目に映っている。

「おい、ミーリィ……お前、大丈夫か? さっきの——」

「大丈夫……大丈夫よ。ありがとうね、ポン君」

 彼女は体を起こし、鉄棍を掴む。

「あれは、わたしの呪いで……罪なの」

 突然放たれた言葉に、ポンは動揺する。

 ——呪い……? 罪……? 何を言って——

 そして、ダスの言葉を思い出した——彼女の過去を詮索するな、と。

「……そうか」

 彼はミーリィの目を見て続ける——これ以上、自分が彼女の過去を知ることがないように。彼女が、自分の過去を言わないようにする為に。

「ほら、立て。一応おれ達の役目は終わったが……行くんだろ? ダスの所に」

「……うん、そうね」

 そう言ってミーリィは鉄棍を掴んだまま立ち上がる。

「それじゃあ、行こうか」

「ああ」

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