第二十五話 作戦開始
列車がケーブに着き、第二部隊のミーリィとポンは第一部隊のダスと分かれ、他の第二部隊の仲間と共にメロートルへ向かう。
以前エトロンの兵士とヴォレオスの猟獣が帝国と交戦した——というよりは、奇襲を受けた——際に、いくらか相手の戦力を削ぐことができ、現在は約二百人程度の兵士がいると想定されている。兵士はメロートルに滞在しているとのことで、偵察によれば今は応援を待っているようである。
その人数を約百人で奇襲し、壊滅させる、という寸法だ。人員と兵器等を極力魔獣討伐に回したいという都合上、帝国の兵士のみに対応する少人数の奇襲部隊を組んだのだ。
部隊は茂みに分け入り、森の中の道なき道を進んでいく。しばらく歩くと、木々の隙間から開けた場所と、街が見えてきた。そここそが、第二部隊の目的地であるメロートルである。
森から出ないように、敵に気づかれないように慎重に街を眺めていると、帝国の兵士が何かをしている光景が見える。少なくとも、臨戦態勢では無い。
襲撃によるものか、街は荒れ果て、水神エヴリアの祭壇——大地に広大で深い穴を掘ってそこに水を張り、中心部に供物を置くための床と豪奢な机が作られている——も荒らされている。
「……よし、行くぞ」
隊長格の男がそう言うと皆は武器を構える。ミーリィも鉄棍を構え、ポンも護身用に受け取った剣を握る。
「——進めッ!!」
その叫びと共に、街へと突撃しだす。一人の兵士は信号弾を打ち上げ、移動の合図を第一部隊に送る。
突然の出来事に驚愕した帝国の兵士は、慌てふためきつつも戦闘の準備を整えようとする。ある者は武器を構え、ある者は武器を取りに行った。
街へと突っ込んでいく第二部隊と、それを迎撃する帝国——見方によっては、ブライグシャ戦役で被害を被ったエトロンの復讐とも取れるであろう。因縁深き戦いが今始まるのであった。
一方で第一部隊は、空高く打ち上げられた信号弾の煙を確認していた。
「信号を確認! これよりボスカルの獣の生息地域へと移動する!」
その掛け声と共に列車は進んでいく。皆が喊声を上げる一方で、ダスは椅子に座って一人静かに窓の外を眺めていた。
列車は煙を上げて緑の大地を進んでいく。木が一本も無い大地は見晴らしが良く、どこまでも見渡せるような印象を強く感じさせた。
——だからこそ、ダスはそれにいち早く気づくことができた。
「——っ!?」
平原の向こう側からこちらに目掛けて、何か黒い物体が飛んできている。遠方から流星のように飛んでくるそれは、近づくにつれて大きく映る。
「お前ら! 気を——」
ダスが警告する前に、黒い物体は列車に着弾した。ある車両は押しつぶされ、またある車両は吹き飛ばされて脱線する。火薬を積んでいた車両はその衝撃で爆発し、火の手が草原や他の車両にも移る。
幸い、ダスは吹き飛ばされた車両の中におり、押しつぶされるのを免れた。列車の壁や床に打ち付けられた痛みを魔術で消し、巨槍で窓を突き破って外に出る。そして先程の黒い物体を見遣る。
——何だ、あれ。
砲弾というにはあまりにも大きく、柔らかく、そして生々しい。血が付いているが、隊員を殺したことで付着した血と考えるには量が多く、まるでその砲弾から溢れてきているようであった。
ダスはそれに近づき、触れる。そして気づく——これは肉塊だと。
——つまり、これはボスカルの獣が出したものか。
ダスは舌打ちを零す。兵器に変化することができ、おまけに遠距離からの攻撃もできる魔獣など、厄介なことこの上ない。
「おい! 動ける奴はいるか!?」
その声に反応し、続々と隊員達がダスの周りに集まる——が、生きている者全員では無かった。
「ヴォレオスの猟獣の奴や魔術師の魔腑を持ってない奴は使える兵器を探して持ってこい。逆に、魔術師の魔腑を持ってる奴は俺についてこい」
「待て! 何をするつもりだ?」
隊員の一人がダスに問い掛ける。するとダスは自らの足元に水を放出し、そしてそれに答える。ボスカルの獣の強大さを理解したが為に、それを自分がやらなければいけないのだと、そしてそれは自分ならできるのだと、彼は考えたのだ。
「俺が奴を引き付ける。その間に魔術や兵器で攻撃してくれ」
そう言うや否や、ダスは水を操って草原を滑るように進み、平原の向こうにいる獣へと向かっていった。