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ゲロムスの遺児(新版・改訂前)  作者: 粟沿曼珠
第二章 千変万化の魔獣
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第二十話 意外な再会

「魔獣かぁ……実は魔獣とどう戦うのか、よく分かっていないんですよねぇ」

 議事堂を出て歩きながらミーリィは言う。

「そういえば、お前はまだ魔獣討伐したこと無かったか。正直敵がでかくて魔術が協力、ってこと以外はあまり変わらんと思うが……その魔術が強すぎる」

 魔術は魔粒の量によって性能が変わる。量が多ければ多い程、強力な魔術を行使できる。その魔粒を生成する器官が魔腑であるが、魔獣の魔腑は人間のそれよりも遥かに大きい。

「それと、巨大な個体は特にだが、普通の武器だと効果的では無い。その代わりに対魔獣の巨大な武器を用いるか、大砲のような兵器を用いる。それか、魔術を使うかだな」

「つまり意識すべきは敵の大きさと魔術ですか。わたしの魔術だとあまり役立たなさそうですから、大砲とかで援護する感じですかね」

「あー、基本はそうだと思うが、俺のそばにいてくれると助かる。俺の魔術とお前の魔術で凍らせるかもしれないしな」

 そう話しているうちに、三人は宿に着く。木製の扉を開け、来店を知らせる鈴が鳴る。

「いらっしゃいませ——あ、協力者さんですか?」

 受付に立つ女性が、ダスの巨槍とミーリィの鉄棍に気づいて言った。ダスは衣嚢からマートの署名の紙を取り出し、女性に手渡す。

「名前は?」

「ダス・ルーゲウスだ」

「はい、ダス——え、ダス?」

 その名を聞き、女性は持っていた筆を落としてしまう。その光景を三人は訝しむ。

「も、もう一度伺っても……?」

「ああ、ダス・ルーゲウスだ」

 二度その名前を聞き、彼女の中にあった疑念が確信に変わっていく。

「出身は……?」

「エトロンの……今は無いが、ミキート村——」

 じっと彼の顔を見ていた彼女の目にはみるみる涙が溜まり、彼が言い切る前に受付越しに抱きついてきた。

「なっ——」

「ええっ!?」

「うわっ」

 三人がそれぞれ驚愕の声を零す。急に抱きつかれたということにダスは困惑し、ミーリィは顔を赤らめ、ポンは不審者かと疑う。

「な、なあ。誰か人違いじゃないか? 俺、お前のこと知らないんだが……あときついし涙凄いし」

 きつく抱かれ、涙で服が濡れて不快感を感じるダスが女性を宥める。しかし彼女はその腕を離そうとする気配が無い。涙塗れの顔を上げ、嗚咽交じりの声で彼に叫ぶ。

「やっぱり……本人だったんだね……! ずっと……別人かと……死んだかと思ってた……! あの時、皆が、あいつに殺された時に……!」

「……! お前……イギティか……!?」

 その言葉で、ダスはその女性が誰かを理解する。

「良かった……覚えていてくれて……もう、二十年以上ぶりかしら……?」


 ここで、過去の話をしよう。

 二十三年前——つまり、新帝国暦五百三十一年——新ダプナル帝国はブライグシャ地方の国々に侵攻した。

 帝国とブライグシャ地方の国々による戦いは後にブライグシャ戦役と呼ばれ、今でも魔術師の時代以後最も悲惨な戦いとして語られている。

 帝国は魔獣すらも導入し、民間人は虐殺された。他の国々が降伏する中最後まで抵抗していたエトロンが降伏を決意したのは、それを止める為である。

 しかし、この戦争で最も危険だったのは、魔獣では無い——ある一人の人間だ。

 暴走しているかのように全てに襲い掛かる魔獣とは異なり、その男には理性があるし、思考もできる。

 しかし、普通の人間とは決定的な違いがあった——男には、人の心が無かった。

 敵対する兵士であれ民間人であれ、時には自分の仲間さえも殺し、それを楽しむ異常なまでの残虐性。そこに罪の意識は無く、彼にとっては食事に等しい。

 彼は以前から傭兵界隈では有名であったが、世間にその名を轟かせたのは、この戦役以後である。帝国に雇われた彼はたった一人でいくつもの軍隊を壊滅させる程の打撃を与え、それだけでなく行く先々の村や都市の怯える人々を鏖殺した——齢十八歳にして。

 その男の名は『ロイン・ヒュー』、またの名を『骸谷のロイン』という。

 ダスとイギティは、彼の被害を受けなかった数少ない人物である——代わりに、家族や二人以外の同郷の者を全て失ったが。


 四人は宿の一室に入った。イギティが落ち着くのを待ち、泣き止んだと同時に彼女は言う。

「ダスの名前が世間で挙がった時、ずっと同姓同名の人かと思ってたよ……それに、意外だね。まさか結婚して子供までいるとは思わなかったよ」

「け、けけ結婚っ!?」

 ミーリィの頬はたちまち紅潮し、慌ただしく動きながら手でそれを隠そうとする。ダスは溜息を吐いて訂正する。

「いや、結婚してないし、子供も作ってない。あれはミーリィ、俺と同じくファレオに属していて、仕事上の相棒だ」

 寝台に横たわる彼女を指さして言う。

「……ふふっ、随分と愉快な子ね。それで、そっちのお子さんは?」

「ポンだ。こいつを故郷まで送るのが、今の俺達の仕事だ」

 そう言われ、彼女はポンを見遣る。

「ポン君ね。よろしく」

「……どうも」

 彼女の挨拶に、彼は軽く礼をした。

「ねぇ、ミーリィちゃんとポン君、ダスを借りてもいいかな? 色々話したくて」

 ミーリィは寝た状態で転がってイギティの方を向き、布団を抱いたまま答える。まだ頬は赤く染まっている。

「も、勿論ですよ! わたし達邪魔ですよね!? ほらポン君行こっ!」

 彼女は咄嗟に立ち上がり、ポンの腕を掴んで引っ張る。

「お、おい!」

 彼も外に出る気ではあったが、彼女に強引に連れていかれるとは思わず困惑して叫んだ。そのまま彼は外に連れていかれてしまった。

「……いい子ね、ミーリィちゃん。独特な印象の子だけど、謙虚な面もあって——てっきり、一緒に話したかったのかと」

 にこにこしながら、見透かしたようなことを彼女は言う。

「まあ、そうだな……ただ、しょっちゅう変なことをしてくるがな」

 男児が好き——というのは流石に隠しておこう、と思いつつ、二人は約二十年ぶりの会話に花を咲かせるのであった。

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