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ゲロムスの遺児(新版・改訂前)  作者: 粟沿曼珠
第一章 魔術師との邂逅
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第十四話 別れ

「嘘、でしょ……」

 眼前に広がる狂気的な光景に、思わずミーリィは目を伏せる。それでも、切り落された人の頭と腕という光景が、彼女の頭にこびりついて離れず、彼女はえずいてしまう。

「糞野郎が……!」

 ダスは怒りの形相でジャレンを睨む。しかし彼はそれをさして意に介していない。

「我ら教団に逆らう人間がいるのであれば、こうなるのは必然です。それに、私は『いる』とは言いましたが、『生きている』とは一言も言っておりません」

 彼はあっけらかんと言い放った。その言葉が、さらにダスを刺激する。

「……全く、あちらの二人には呆れたものです。何度燃やしても欲しい情報を吐かず、挙句の果てのは自殺など……どうしてそのような、愚かな真似をしたのやら」

 その言葉を聞いて、ポンは思ってしまった。

 ——父さんと母さんが捕まったのも、燃やされて苦しんだのも、自殺したのも、全部おれのせいだ。

 ポンの顔から生気がどんどん失われていく。最早怒りも憎しみも無い。あるのはただただ自分を呪う思いだけである。

「ポン君! しっかりして!」

 ミーリィが叫び声を上げるも、その声は届かない。彼は呆然と宙を眺めている。

「さて、取引をしましょうか」

 ミーリィとダスを見てジャレンは切り出す。

「こちらで調べてみたところ、どうやら貴方達はファレオに属しているようですね。彼の身柄を渡せば、貴方達の行為を不問に付し、ファレオの信頼を失墜させるようなこともしません」

 そして呆然としているポンの方を見遣り、続ける。

「しかし、貴方達が抵抗をすれば、貴方達をこの場で燃やし、ファレオの信頼も失墜し、最終的には教団か帝国に滅ぼされることになるでしょう。勿論、彼が抵抗した場合も同様です」

 この光景と先程のジャレンの発言、そしてこの取引を受けて怒りが頂点に達したミーリィが、感情のままに叫ぶ。

「どうして貴方達はそこまでして彼を求めるの!? そんな酷いことをしてまでゲロムスの魔術師を狙うの!?」

 実際、彼女は確かめたかった。教団と帝国の行為が悪なのかどうなのかを。

「……おや、知っていたのですか。いや、彼を匿っているのだから、知っていて当然ですね」

 その怒りの叫びに、ジャレンは歓喜するかのような両手を広く掲げて言う。

「この世界の為です! 我らが魔皇ヴィラス・ノルバット曰く、ゲロムスの魔術師の皇族の魔腑があれば、この世界を新たな世界へ導くことができると! 大まかな場所を絞り込むことができ、また場所を知っているゲロムスの魔術師もここにいる! あとは彼に詳細な場所を聞き、ラードグシャ地方の邪魔者共を殺し、皇族の魔腑を切り落とし、そして魔皇ヴィラスに捧げるのです!」

 それを聞いたミーリィは納得いかなかった。世界の為を思うのは分かる。しかし、犠牲の上に成り立つ世界などあってはならないと、心の中で拒絶する。ポンや彼の仲間、魔術師を探す為に戦争を吹っ掛けられる人々の犠牲も。

「分かった。だったら——」

「ジャレン」

 その言葉がミーリィの言葉を遮る。それを発したのはポンであった。

「ポン君……?」

 思わずミーリィが疑問と困惑の入り混じった声を零す。

「…………おれが、お前についていけば、あいつらも、ファレオも、本当に大丈夫なんだろ?」

 その言葉に二人は愕然とした。ポンを見つめるジャレンの口角が上がる。

「勿論です」

「分かった……じゃあ、お前についていく」

「ポン君!」

 ミーリィの叫びに、ポンは振り向く。彼は涙を流しつつも優しく微笑んでいた。

「行っちゃ駄目! 何されるか分からない! 君も、君の仲間もみんな殺されるかもしれない! 冷静になって!」

 両親が自殺して自暴自棄になっていると思い、諭す。しかしその叫びも彼には届かない。

「…………この世界に本当に触れてから、糞みたいな連中にしか会ってこなかった。糞みたいな目にしか遭ってこなかった。でも、会って数日しかない短い関係だったけど、お前達みたいな良い奴もいることも知った。本気で誰かを助けようとしている奴を」

 短い関係ではあったものの、彼らの命を賭す姿勢が、悲惨な目に遭ってきた彼の心に深く刺さっていた。

「ポン君!」

 飛び出そうとするミーリィを、衛兵や教徒が取り押さえ、床に伏せさせる。同時にダスも伏せさせられ、二人に銃口や槍の穂先が向けられる。

「駄目だよ! 戻ってきて!」

 激しい怒りに包まれたミーリィはそう叫んだ。押さえている衛兵や教徒、ポンを連れ去るジャレンを倒したいという思いすら湧き上がる。必死に顔を上げようとするミーリィの横を、ジャレンとポンが通る。

「本気でおれを助けようとしてくれたお前達に、おれができることなんて、これくらいしかない。だから、ミーリィ、ダス——」

 顔を上げた二人の視界に、振り向いたポンの顔が映る。涙が零れ、優しくも悲愴に満ちた顔で彼は微笑んでいた。

「——本当に、ありがとうな」


 薄暗い場所にいた。この世のどことも言いようがない、無限の広がりを持つような場所。草木も、建物も、海も、何も無い、灰色の世界。しかし、少女の視線の先に、ぼろぼろの服を着た男がいた。少女はそれに近づく。

「……憐れみを捨てろ。慈しみを捨てろ。怒りに燃え上がれ。憎しみに狂え。そして、分からせてやれ——貴様は、この世から消えるべき命なのだと」

「…………おじさん、だれ?」

 そこで少女は、何故か泣いていることに気づいた。その男が怖い訳ではないのに。

「……私か? 私は——」


 目が覚めると、衛兵や教徒が倒れていることに気づいた。瓦礫も辺りに散らかっている。そしてやけに明るいことにも気づく。見上げると、そこにあったはずの天井が無く、黎明の空が覗いていた。

 隣には、盗んだ教団の服を脱いでいたダスが座っていた。心配そうな目でミーリィを見ている。

「ミーリィ、大丈夫か?」

「は、はい……わたし、気を失っていたんですか?」

「ああ、気を失ってたぞ。押さえられていたら急にな。それと、やっぱり俺達のことを殺そうとしたから、全員倒しておいた」

 倒れた衛兵や教徒も、撒き散らされた瓦礫も、ぽっかり空いた穴も、全部彼の巨槍と魔術によるものだった。そこでポンのことを思い出す。

「ポン君は!?」

「もうここにはいない——が、列車に乗ってザラオスに向かうって聞き出せた」

 この国ガースのあるバイドーグシャ地方と、帝都ザラオスのあるペリーエングシャ地方は隣り合っている。また、元々バイドーグシャ地方の国々は魔術師の奴隷たる人間の居住地であった為、距離も近い。

「ダスさん」

「ああ、分かってる——あんな糞野郎共にポンは渡さない」

 ミーリィは立ち上がり、教団の服を脱ぎ捨てる。置いてあった鞄から分解した鉄棍を取り出してくっつけ、背負う。

「行きましょう、ダスさん。ポン君を助けに!」

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