公平と平等に
「がかっがががん・・・」
遠くで雷が落ちたようだ。
酷く窓が明るくなった後、暗闇が窓を覆う。
会社帰りで疲れた体では、深夜なのに明るくなった窓に驚きの反応を示すことはできず、ただ雨足の強さと風の強さを窓の外から聞こえる音で感じながら、Yシャツとスーツのズボンのままソファーでだらけていた。
「最近は天候が崩れやすいんだな・・・」
呟きにも似た胸中の想いは、テレビなどつけていない薄暗い部屋で思う言葉としてはありふれていた。
近年、21世紀を過ぎたあたりからは温暖化の影響からか日本全体が亜熱帯地方のような天気の様相を呈していた。
もっとも冬の寒さは健在だったが、暖かくなると雨足が強く雷を伴い、強い雨が降るようになった。
「洗濯も風呂を沸かすのも面倒だ。明日来ていくワイシャツもあるし、シャワーだけ浴びて寝るか」
この計画を実行するべく、ソファーで横たわる姿勢から片足をソファーから下ろした時、突如として部屋の明かりが全て消えた。
唯一、狭いアパートの一室にある窓から溢れる、雷と街灯の明るさだけがある。
街灯がついて若干明るい室内に一瞬だけ違和感を覚えたが、地区の配電など全て把握しているわけでは無いため、ブレーカーのある脱衣所に行くことにした。
「ガチャガチャガチャガチャ」
脱衣所へは1LDKあるあるの玄関まで繋がる通路を通って、たどり着くわけだがまさか脱衣所に着く前に玄関からガチャガチャ音が鳴るとは思わず、尻込みしてしまう。
そもそも脱衣所の前に扉など無く、風呂場と洗濯機しか置いていない。
玄関の扉には無論、鍵はかけてあるがインターホンも鳴らさずガチャガチャされると恐怖が募る、まして深夜なのに。
「酔っ払いだとまだ良いが・・」
アパートだと階を間違えた人が他人の部屋を自室だと思って玄関の扉を開けようとすることがごく稀にある。
ただ、今の自室はアパートの1階だ、比較的に部屋を間違えられる可能性が低い。
酔っ払いだとまだ良いが、違う可能性もあるため携帯のカメラを起動して左手に持ち、右手に床から拾った片手で持てるダンベルの芯を右手で持って、そっと玄関に足を動かしていく。
その間も扉はガチャガチャ言っていたが、扉へ近づいている間にいつの間にかガチャガチャから、扉を強く叩くようなドンドンドンという音に変わっている事に気がついた。
覗き穴から外を見てみるが誰もいない。
でも今も扉の音がドンドンからガンガンと音を変化させているということは、随分と御執心のようだ。姿が見えないのは四角にいるのか?身長が小さいのか?野生生物か可能性は低いが子供か?
まぁ、酔っ払いの考えなんてよく分からない事が多いから。
「扉壊れるんで辞めてください、部屋間違えてますよ!」
相手が野生動物ではないことを祈って声だけかけてみる。
無論、死角に潜む泥棒や強盗の類の可能性も否定できない。
状況証拠としてどこまで有効か分からないが、動画はあるし何かあっても自分が生きてさえいれば大丈夫なはずだ。
「これは警察へ連絡かな」
未だに辞めないので野生生物の可能性が高まってるし流石に警察へ連絡しますよ、と声かける必要も無いでしょと思いスマホから緊急連絡をコールする。
「え、繋がんないんだけど・・・」
何も電波がきていない、というよりも緊急連絡できないほど携帯の通信環境が全滅している。こんなこと街中で有るのかと思ったが停電ならあり得るのだろうか?
「仕方ない放置するか」
そう考えて扉に背を向けた。
因みに話は変わるが、人間って後ろからでも身の危険を感じると周りの時間が遅くなるんだよね。
「ドガン」
背後で重い音が響いて扉が内側に開いてくる。
それを振り返る視界の端に捕らえながら、重量のあるものが接近してくる圧力から逃れるべく瞬間的に室内に倒れ込んだ。
「グルル」
倒れ込んだ姿勢のまま扉の方を見ると、自分の腰くらいの高さで全身が緑、目が黄色くて口の大きさが顔の半分くらいある人型の何かがいた。
これ、完全にファンタジーな生物だな。
と思いつつ、自分に害を為す、絶対に話し合いでは片付かない生理的な嫌悪感と相手の笑って挑発しているかのような顔が恐怖と非現実感をもたらし、呆然と見てしまい動かない全身に対して、頭のどこかで逃げろと叫んでいる。
相手は扉を凹まして押し入れるほど力強い訳だから。
「ま、まじ・・・」
マジか、と声を出そうとしても唇がカサカサで最後まで声が出ない。息詰まるような浅い呼吸と狭まる視界から自分が極度の緊張にある事は分かる。
仕事やスポーツの大事な局面で感じた感覚。
相手をどうするかは置いておいて、ここで動かなければ良くないこと、状況がマイナスに傾くことが確信できた。
強引な方法で侵入されている以上、法律的に自衛は可能だ、後はどこまでやって良いのか、この線引きをと考えながら少しづつ室内の方へ移動していたら、緑の相手が走ってくるのが見えた。
「うぉぉぉぉぉ!」
緑の相手は助走して顔をこちら側に向けて飛びこんできた。
その顔面に向かって、只々、人が被り物をした姿でない事を祈りつつ右手に持ったダンベルの芯を右から左へ振り抜いた。
「ゴッ・・」
鈍い音が響いた。
同時に自分の左手を自分の頭の左側の辺りに持ってきて、直進する慣性のまま飛んでくる緑の相手と、バーベルの芯を振り抜く動作の為に回転中の自分の頭部が直接接触しないように左手を緑の相手側に追従させて防御する。
左手に何か重みを感じたので反射的に慣性に逆らわず押し出した。どうやら直進する慣性に横から力を加えたため緑の相手の進路が大きく左にずれた上に、左手で直進方向へ押し出したので遺憾なく加速した様だ。
盛大に室内に置いてあったテーブルに頭から突っ込み、緑の相手が動く気配が無い。
マジマジと観察すると自分の腰より少し低い位の身長か。
外見は完全にファンタジーのリアルな漫画で描かれそうなゴブリンに見える。
バーベルの芯を振り抜いた際に見えたが外観が緑なのに、出血は黒いようだ。
ただ、不思議なことに少量ではあるが飛び散ったはずの黒い血も今は消えかかっている。
いや、黒い血だけでなくゴブリン本体も淡い光の粒子となって消えていくようだ。
玄関の内側に開いた扉を閉められそうか確認しに行こうとした瞬間、何処からか声が聞こえた気がした。
同時に段々と視界がぼやけてくる。扉だけは閉めようと玄関に向かって体を動かしていく。
声は聞こえている気がする。
しかし、何が聞こえているのか分からない。
不思議な感覚だった、モスキート音が出ていることは分かっているのに聞こえないのはこんな感覚だろうか。
そして、眠気が襲ってくる。
玄関の扉を動かして重しも無いので背を預けた。
私が眠る前に、覚えている最後の記憶は、
「公平と平等のもと、あなたの望みを叶えます。」
神秘的な声音の言葉と、自身に鳥肌がたった感覚だった。
◇
目を覚ました私を襲ったのは空腹と違和感だった。
外が明るいこととか、どれくらい眠って居たのか分からないとか思うことは多かったが、こういった違和感とは全く違う。
この違和感を言葉にするのが難しい。
ただ、この違和感の正体が万有引力のような何か自然法則が変わったのか加わったのか無くなったのか、根本的な今までの世界から何かがズレたものであると言うことだけは分かる。
そして寝ている間に私が望んだこと、これが思い出せない。
公平や平等という一見して神聖、清廉とした言葉こそが、1番信用がならないことを実体験から学んだ経験から、鳥肌が立ったことも覚えている。
「まぁ、思い出せないことはしょうがない。まずは食事と扉と電気かな」
外が明るいのでお昼くらいかと思って携帯を探す。
ついでに玄関のドアを押さえておくのにちょうど良さそうなものも探さなければ。
携帯は散らかった部屋の中にあった。
見つけた携帯を右手で掴もうと考えたそのとき、携帯が微かに動いた。
これは、決して着信が来てバイブレーションしたわけではなく、携帯が動いたときに掴んだという確信を得た。
そして、フラッシュバックするのは後悔の記憶、届きそうで届かなかった小さな手に伸ばした自分の手、私の手では掴めなかったもの、手を離すべきではなかったと言う後悔、気がついた時には引き寄せる事もできないほど一瞬だった過去。
フラッシュバックが終わると携帯は私の右手に収まっていた。
手にした携帯で時間を確認すると14時だった。
実に12時間以上は不安定な体制で寝ていたようなのに、体は比較的通常通りで寝違えたりしておらず痛みもない。
ついでに携帯でニュースを見ようとしたが、ネットワークには相変わらず接続できない。
警察に連絡をしようとしても電話が通じない。
電気が通っていないのか部屋のクーラーも効いておらず、蒸し暑い。
「これは、完全に詰んでるなぁ。仕方ないから駅まで歩いていくしか無いか。」
車があれば車を使えばよいのだろうが、ペーパードライバーには辛い話だった。
まして、警察署に行こうとしても携帯のアプリケーションが使えないので道も分からない。
思いつくのは駅前の交番くらいだった。
「部屋開けっぱなしも不味いよな、まずは大家さんの合わないと」
そう思ってアパートの大家さんの部屋へ出かけるべく、着替えをしていたら外から悲鳴が聞こえてきた。
次の瞬間には、バーベルの芯をもって外に出ていた。
自分でも驚くほどの正義感だったが、扉を開けて後悔した。
1階の通路が赤いペンキをいたずらに塗りたくったように塗装されていた。
「あー、これは・・・」
あまりの現実味のなさに呆然とするしか無い。
とりあえず悲鳴のした方向へ進もうとするが足が重い。
緊張から視野も狭くなっているのか明るかった周りの景色も若干薄暗く感じる。
アパートはもともと低い塀で囲まれた2階建てで、管理人はアパートの敷地の入り口の方にある少し広めの部屋に住んでいる。
2階に上がる階段も管理人の部屋の横にあるので、ようはどの部屋に行くにしても管理人の部屋の横を通らなければならない。
声がした方向は管理人の部屋とは反対方向のようで、同じ1階の奥の方の部屋から聞こえたように思う。
しかしそれにしても嫌な感じがする。
「来ないで!」
「ぐぎゃぎゃぎゃぎゃ」
女性の声が聞こえたように思う。
返事をしているのは昨日出会ったやつかな?
何かが決定的にズレている気がするが、これは急いで駆けつけなければならない。
少し足早に移動してたどり着いた部屋の中をそっと見た。
まだ声はかけない。
結果的に言えば昨日見たゴブリンが20代くらいのパジャマ姿の女性を襲おうとしているように見える。
女性は室内から入り口の方に体を向けて、手にリモコンを持ってゴブリンと対峙している。
こちらには誰も気が付いていないみたいで、ゴブリンがこちらに背を向けている。
せめて女性とアイコンタクトをとりたかったが、興奮しているためか難しそうだ。
このままそっとゴブリンを黙らせた方が早いと思ってゆっくりと背後に忍び寄っていく。
女性も入り口に私が全身を見せたときに気がついたようだが、無言だ。
しかしゴブリンはそんなのはお構いなく女性へと襲いかかる。
「きゃあああああ」
女性は手に持っている包丁のようなものを振り回すがゴブリンは構わず女性を組み敷いた。
そこへ私は走り込んでゴブリンの後頭部へバーベルの芯をうちおろそうとした。
「グギャ」
しかし、ゴブリンが振り上げた右手がバーベルの芯に当たって、ゴブリンの頭に当たらず、尚且つゴブリンの振り上げた力でバーベルの芯が手からすっぽ抜けて上に飛んでいってしまった。
「グギャァァ、ギャ」
ゴブリンの動きは早かった。
ゴブリンが右手を攻撃されたことを悟ると、そのまま右手を軸に反転しこちらに左手を伸ばしながら飛びかかってきた。
なんの準備もしてなかったので、バーベルを離しゴブリンの額を自分の右手で抑え、左手をゴブリンの右肩に添えて押し倒された。
昨日と同様に、噛みつかれそうになっている。
宙を浮いているバーベルの芯をふと見ると、掴んだという感覚があった。
迫るゴブリンの顔。
バーベルの芯さえあれば、と考えた瞬間、バーベルの芯が右手に収まっていた。
迫るゴブリンの顔に下顎から突き抜けて刺さりながら。
部屋は静寂に包まれた。
ゴブリンからは黒い液体が飛び散ったが、しばらくすると白い粒子となって霧散していく。
女性は無言で此方を見ている。
私も衣服の乱れ以外は変化がない。
あれだけの戦いを行ったからかそれなりの疲労感はあるが歩けないほどではない。
深くため息を吐きながら上半身を起こしていくと、女性はこちらに声をかけてきた。
「あの、大丈夫ですか?確かこのアパートの方ですよね?助けて頂いてありがとうございます。」
まさか向こうから声を掛けてくるとは思わなかったので少し面を食いながら返答する。
「そうです。こちらよりもアパートの入り口に近い102号室に住んでいます。トウドウ ハジメです。」
「ありがとうございます。私はカタヤマ スミレです。突然先程の生き物に襲われました。貴方がいなければどうなっていたか分かりません。」
「咄嗟のことで気が動転されたことでしょう。お体は大丈夫でしょうか?」
「はい、怪我もすり傷位ですし大丈夫です。」
「大家さんの部屋に行こうと思って自分の部屋を出たのですが、悲鳴が聞こえたので土足で入室してしまいました。申し訳ございません。大丈夫そうであれば失礼しようと思います。何かあれば102号までお越しください。」
「あ、待ってください。私も大家さんのところへ行きます。電話も通じないので・・・。」
そう言ってスミレさんは立ち上がりつつ疑問を述べた。
「しかし、先程の生物は何なのでしょうか。光の粒子になるなんて聞いたこともありません。」
「私にも分かりません。しかし、倒さないといけない、と言うことは分かります。」
若干の疑問を感じながら返答する。そんなことに興味を持つのかという意味合いが強い。
「気になりませんか?まるでゲームか御伽噺の世界のようです。」
「確かにそうですね、しかしそうだとすれば原因が分かりません・・・。昨日に夜に停電してから出会ったのがこれで2匹目なのでもっといるのかもしれません。まずは建物の管理について大家さんに伺うほうが先決かと思います。あと、警察への連絡手段を探しましょう。」
「そうですね、気になりますけど、他の方に連絡を取った方が良さそうです。連絡手段が無いとかなり心細いですし。」
スミレさんを伴って部屋を出ると、スミレさんがウッとうめき声を漏らす。
流石にパジャマとリモコンを持った姿から動きやすいTシャツとスパッツにスニーカーに着替えてきたスミレさんはこの通路の状況にドン引きのようだ。
程なくして、大家さんの部屋に来たが居ないようだった。
それにしても散発的に怪物、モンスターの鳴き声が聞こえてくるようだ。
おそらくここ以外にも存在しているのだろう。
もしかすると、駅まで行くのも危ないのかも知れない。
ただ、頭では危険性を理解しているつもりなのだが、体はそれほど緊張していない。
少し駅に行くのが大変かな、という楽観的な気分になる、これはどこから湧いてくる自信なんだ。
「すみません、カタヤマさん。大家さんもいらっしゃらないようなので私は駅に行こうと思います。」
「分かりました。トウドウさん、十分にお気をつけて。私は実家が近所なので実家の方へ行こうと思います。先程は本当にありがとうございました。」
それではと、あっさりと別れることにした。少しだけ心配するような気持ちもあったが、それ以前に何かが決定的にズレていて話すと違和感を感じたからだ。
◇
一旦自室に戻るとリュックに貴重品やちょっとした食べ物と水筒を入れて部屋を出た。
冷蔵庫は停電の影響か全て常温に戻っていた。
一応、愛用のバーベルの芯は持っていく。
あんまり長くても職質されそうだし、それに昨日よりも少し軽く感じたため持ち歩くのにも丁度良さそうだった。
駅へは昔検索したら1.3キロ程あった筈だ。
連絡が取れない以上、皆んな歩き回って人通りも結構あるかと思ったが街中は閑散としている。
時々すれ違う人はいるから皆んな外に出てないだけなのかもしれない。
ベッドタウンと言うのもあるのかもしれないが、車が電柱に突っ込んで燃えているような事もない。
ただ、車が道路の通行帯の間や脇に停車したまま残っていることを考えると、車も動かないんだろうか。
コンビニも普通に開いていたりする。
信号も動いていない、大昔の映像でしか見たことのない震災直後の街並みのような通りを歩いていると、駅までもう少しというあたりで何処からか言い争う怒鳴り声が聞こえてきた。
どうやら自転車がぶつかったかどうかで言い争っているらしい。
「あなたがぶつかってきたのでしょう」
「そっちが勝手に転んだだけで、俺は普通に自転車乗ってただけだって」
20代くらいの女性2人と30代くらいの男性1人が十字路の横断歩道の先で言い争っているように見える。
周りの人は遠巻きに見ている感じだ。
と言うか、男の方は強面なのにわざわざ自転車降りて会話してるのは何なんだろう、本当に危ない系の人なら何も言わずに走り去りそうなのに。
右手に曲がれば駅に着くのに、右手側で言い争ってるからどうしても目がいってしまう。
野次馬なのか人も増えていく。
「そんなこと言って・・・」
と女性が更に言葉を続けようとしたとき音もなく十字路の真ん中に黒い球体が出現した。
それまで言い争う姿を見ていた視線が、一斉に交差点の十字路に向かう。
十字路の中央に出現した黒い球体は周りの全ての光を吸収しているかの如く、比較的明るい空間に鎮座している。
ふと声が聞こえた気がした。
「公平と平等のもと、あなたの望みを叶えます。」
その声は自分が眠る前に聞こえた声だ。
「生命と神秘の頂、腹をすかせた獣には獲物を授けます。」
「文明の終端、更なる快楽を求める羊には快楽を授けます。」
「時空の果て、更なる叡智の収集を望む使徒には叡智を授けます。」
「闇の最奥、醜悪なるかつての僕には望みの世界を授けます。」
「全ては公平と平等の元に、望みを叶えます。文明が無ければ文明を与え、力が無ければ力を与え、時間が無ければ時間を与え、世界が無ければ世界を与えます。機会は公平かつ平等にあるのです。今、全てが始まりの地に揃いました。進みなさい、そして享受するのです。全ての望みの果てに」
白昼夢に近いのかも知れない。
言葉の内容は理解出来ない事が多いが恐らく、機会はあげるから後は頑張れって事かな、と思っていたら黒の球体から「ボトッ」と音がした。
いや、実際は黒の球体の下に落ちたぬらぬらとした水色のスライムの様な生物だ。
そして聞こえる、先程の神々しい何か女性前とした声よりも若干無機質な声だ。
「規定に達しました。」
「範囲の選定が完了しました。」
分かる、これはもう認めざるを得ない。
このモンスター達を倒さなければ生きられないことを確信する。
戦うことにも忌避感が湧かない。
「『逃避』と『捕食』の望みを叶えます。」
黒の球体からはボトボトと変わらずモンスターが出てきている。
「全ての望みを公平、平等に叶えます。進みなさい、羊と獣達よ」
極め付けに何か車の事故でも起きたかのような重量感のあるズウンとした音と振動を伴って二階建ての家くらいの高さがある緑の巨体を排出して黒の球体は消えていった。
そして緑の巨体が唸りをあげる。
「グォォォオオオオオ」
するとモンスターが一斉に動き出した。
モンスターの周りにいた人も叫びを上げながら逃げる人、戦おうとする人、座り込む人とざまざまだ。
なるほど、これは確かにはた迷惑な言い争いは無くなった。
黒い球体が現れるまでに発生していた迷惑からは逃避できるだろう。
腹を空いたモンスターがいるせいか、生命の危機に瀕している。
平等、公平とはよく言ったもので強制的に命のやりとりと言う根源的な天秤に乗せられている。
周りを見渡すと、戦う姿勢を見せるのが5、6人いた。
どういうわけか皆、落ち着いた雰囲気がある。
叫びながら逃げる人が大半の中、冷静に此方を伺いながら逃げている人も散見される。
周りの状況を確認していた次の瞬間、50近いモンスターの行先を炎が舐めた。
何匹か小さめのゴブリンが巻き込まれている。
炎は壁となって継続して燃えていて、構わず突撃したモンスターは炎の先に出てこない。
かなりの熱量なのだろうがこちらにはそれ程まで熱波が来ていない。
モンスターの足は止まった。
「早く逃げてください!」
先程のぶつかられた方(?)の女性が大声で叫んでいる。
どうやら彼女がこの炎を使っているようだ。
よく見ると彼女の立っている所から炎の壁がモンスターを囲むように伸びている。
人は炎を見ると安心感が湧いてくる。
確かにそうだ。
心が勇気づけられるように温かくなる。
もう一度彼女の方を見ると、彼女は居なかった。
正確には上半身が無い。
炎も消えている。
ふと聞こえたのは風切り音だろうか、衝突する音と生々しい音が聞こえた。
誰かの叫び声が聞こえる。
迫るゴブリンの向こう側で緑の巨人が何かを投げているようだ。
恐らくコンクリート。
つまりは、スケールの大きい投石だ。
投石に当たった人から消えていく。
もうだめか。
数メートル先にいるゴブリンの大群。
使い方も存在理由もよく分からない引き寄せるこの力。
いつの間にか動じなくなった心。
一方でフラッシュバックした過去は思い出す度に後悔を呼ぶ。
失ったものが大きかった。
生きようとするよりも、何となく惰性で生きていた。
この手は掴めなかった。
この手は引き寄せられなかった。
何をするにももう遅い。
最後はせめてあの炎を見た時の心の温かさを持って死を迎えたかった。
そうだ、平穏な未来を掴みたかった。
「確認しました。」
次の瞬間、飛んでくるコンクリートが見えたような気がしたトウドウだが、彼の意識はそこで途切れた。
この惨状を創り出した者は確認する。
ただ一人白い粒子となった人間を。
初めて投稿してます。
少しづつ書いていきますので何か問題がございましたら感想等でご連絡頂ければ幸いです。