中編
『速報です。本日未明、都内の私立シベリアンハスキー学園高等学校にベロべニア国籍の女一名が侵入。生徒三十六名及び担任教師を人質として立て籠っており――』
清水さんが持つスマホの画面に映るのはニュース映像。
聞こえてくる女性アナウンサーの声が、現状を淡々と語っている。その当事者の一人であるにも関わらず、あまりに現実離れした状況のせいか後ろの山本さんが「清水さん、今月スマホのデータ容量やばそう……」とぼそりとつぶやく。
「もういいよ。しばらくしたらまた状況確認のために見せてもらうから」
バッテリー温存と外部との連絡遮断のためだろう。清水さんのこめかみにしっかりと銃口を突き付けたまま、女テロリストはスマホの電源を落とさせた。ちなみに清水さん以外、全員スマホは没収され、教卓の上に集められている。
現在、鈴木先生と生徒全員が手首に縄をかけられ教室の真ん中、並べられた机の間を縫うように床に座らされている。人質にされた清水さんと女テロリストだけが教室前方の教卓横に立っていた。
電源が落ちたのを目視した後、清水さんが指示通りスカートのポケットにスマホを突っ込む。その後は、誰も何も言わず、重い沈黙が教室を支配した。
『お国の親御さんが泣いてるぞ~~~!』
外の警察だろう。拡声器を通したどこか機械的な加工音声が、窓を通して教室内の空気を震わせた。
「あ、あの……」
「動くなと言ったはずだ」
その中でクラスのリーダー格、榮倉さんがそろそろと手をあげたけど、鋭い声色にすぐに引っ込めた。
「……要件はなんだ?」
しかし、女テロリストは意外にも質問を許可した。怪しい挙動を見せない限りは問題ないということだろうか。榮倉さんは自分から質問しながらも、少しためらいがちに口を開く。
「な、なんでこんなことを……」
それは、クラス全員の総意だ。私だって、いくらテロリストに襲われる妄想をしていたからといって、なんの変哲もないうちの高校で現実にこんなことが起こるとは思いもしなかった。
というより、さすがに現実で起こると、妄想とは違ってかなり引いてしまった。
「じゃあ、逆に聞くけど、私がなんでこんなことをしたのかわかる?」
投げ返された問いに榮倉さんはしばし黙考する。
「わ、私たちに……青春にありがちな一ページを提供するためですか?」
「……日本ってこれが日常茶飯な治安だった?」
この状況で思考回路がマヒしているのだろう。
榮倉さんの間の抜けた答えに女テロリストはどこか呆れ口調だ。
そして、じっと自分を見つめる視線に、一瞬、どこか気まずそうな表情を浮かべた。
薄々感じていたけど、この人、ただの凶悪犯罪者だというわけではないみたいだ。無関係な私たちを巻き込んだことに若干の罪悪感が残っているのかもしれない。
女テロリストは「しょうがない」といった感じでひとつため息をついた後、清水さんの腕はがっちりと抑えたままコートの内ポケットから片手でスマホを取り出す。
そう言ってこちらに見せつけてきたのは、とある人物の写真だ。
「……私の彼よ。婚約相手」
クラス中の視線が、小さな液晶画面に集まる。
みんなが食い入るように見つめる先には、ネクタイを締めたスーツ姿の長身、金髪碧眼の男性の姿。どこか彼女に似ている……というより瓜二つの写真。
いや、よく見ると、男性ではない。
あれは……女テロリスト、彼女本人だ。
「えーっと……」
「まあ、そういう反応されるのも慣れてる」
女テロリストは淡々とスマホをコートの内側にしまうと、事情を打ち明け始める。
「彼は……私の中に存在する、もう一人。いわゆる、多重人格ってやつ」
あまりにも突拍子もないその告白に皆からざわめきが漏れ始める。
その中で平静ながらも、少し上擦る声でぽつり、ぽつりと彼女は語った。
生まれた時は、彼の人格は存在しなかったこと。
ハイスクールでひどいいじめにあってから、自己防衛のため、彼の人格が生まれたこと。
彼に体を明け渡している時の記憶はなく、パソコンやスマホの日記帳で互いを知っていくうちに恋に落ちたこと。
「セルフ君の名は……みたいな感じか」
「君の縄……」
「お前はパニっくてんだよな? そうだよな?」
極限状態でおかしくなっているのか。
田中君の手首を締め上げている縄を見て隣の伊藤君がつぶやき、渡辺君が焦ったような声を上げた。
話を要約すると、つまり、彼女は……自分自身と結婚したいと言っているのだ。
「それは無理でしょ……」
背景を知らなければとんでもないナルシストにも聞こえるそんな願望。私の後ろにいた山本さんが周囲に聞こえないくらいの小さな声を漏らす。
そして、大方の予想通り、そんなことは彼女の母国でも認められるわけはなかったという。
「自分が……普通の人からすれば、おかしいことを言ってるのはわかってる。だけど……それでも、彼を愛しているの」
そこで考え付いたのが、日本でテロ事件を起こすことだった。
ベロべニアは電力などのエネルギー関連設備のほとんどが日本企業のもので、インフラ分野での経済的依存度が高い。その日本でテロを起こし、人質の解放と引き換えに外交ルートから『自身との婚姻を認める』という法改正をベロべニアに促せるのではないかと。
そうして日本に来た後は、数年間のバイト生活の後、とにかくなんでもいいからとりあえずそこらへんの公共施設に立て籠ればいいんじゃないかという結論に達したらしい。
(後半、いろいろと過程をすっとぱしすぎじゃない?)
という当然のツッコミが心の中で生まれたけど、誰も実際に口にすることはなかった。
「世界は……不公平よ」
そんな教室の空気をなおざりにしたまま、彼女の独白は続く。
「私が愛したのが……たまたま、私の中にいる人だった。私が苦しんでいる時に手を差し伸べてくれたのは、彼だけだった。たったそれだけのことなのに……誰にも、迷惑なんてかけてないのに。なんで……私たちだけ」
どこか自分に語りかけるようなつぶやきが漏れた。同時に今まで鉄面皮だった彼女の表情が揺らいだ。あふれ出す言葉と共にどうしようもない感情が見え隠れする。
独白の後、教室は再び静まり返る。誰も何も言えない。
しかし、それは先ほどまでの恐怖による支配に起因するものではなく、どこか彼女への同情から来ているようにも思える。
私は、多重人格者でも、彼女本人でもないから、本当の気持ちはわからない。
正直、事情は理解できたけど、それでわざわざ外国にまで行って他人を巻き込んでテロを起こすなんて頭おかしいことに変わりはないと思う。
だけど、一つだけ。彼女に共感できたことがある。
「世界は不公平」――残念だけど、それは本当だと私も思う。
私の「女テロリストに拷問されたい」という欲望がそうであるように。この世界には、決して生きていくうえには認められない感情というものが、確かに存在する。
「普通」や「常識」といったモノサシがみんなのどこかにあって、その範囲から少しずれたり、方向が違ってたりすると、「おかしい」と名指しされる。
だから、隠す。
だから、偽る。
だって、そうじゃなきゃ。怖くてたまらない。
自分にとっての普通が世界にとっての普通じゃないなら、その先に待ち受けているものがどんなものなのか。この年になればある程度わかってくる。だから、私だって、『ミス平均値』というこの世界での私の役割の内側にあの欲望を押さえつけて、安心している。
(でも……)
時折、言いようもない不安に駆られる時もある。
誰も、私以外にそのモノサシから外れている人はいないのではないか?
世の中には、私には理解できないようなものも含めて、色々な嗜好の創作物が出回っている。
だけど、みんな本当にそういうのが好きなわけではなくて、いわゆるギャグやネタとして買って、笑い話にしているだけなんじゃないか?
そんな確かめる術もない不安がむくむくと膨れ上がっては、その度に頭の隅に追いやっている。
だから、決して褒められた行為ではないけれど……自分の欲望のためにここまでできる女テロリストさんのことを、少しだけ、すごいと思った。そして、自分以外にも、モノサシから外れている人が確かに存在することに、こんなにもほっとしてしまった。
私には、どうすれば彼女の望みが叶うかなんて難しい問題の答えは、わからない。
最近よく聞く「性的指向」とか「ダイバーシティ」とかとも違う気がするし、それを問題として取り上げている人たちのやっていることが当事者たちを置き去りにした「なんかずれてる」ことだというのも、少しだけ理解している。
ふと校舎の窓を見上げてみた。
床に座っているここからでは見えないけれど、きっとあの窓向こうにはたくさんの家があるはずだ。スーパーやマンション、少し離れた駅にはホームに滑り込む電車。
その一つ一つの中で、みんな誰かと暮らして笑ったり、学校や仕事で辛い思いをしたり、喧嘩をして泣いたり。そうやって、喜びと悲しみを繰り返して、誰にも知られることのない、ちっぽけな物語をそれぞれ生きている。
たぶんみんなそんな小さな世界を守って、自分や大切なモノのために生きていたいだけなのに。それだけなのに、この女テロリストさんみたいにうまくいかないんだ。きっと自分と他人の普通って、どんなに頑張っても共存できないものなのかもしれない。
(だけど……)
そんなのって、なんか、悔しい。
ちらりと女テロリストさんの顔を見た。その瞳はうっすらと潤み、さざめきが広がっている。だけど、どこか世界と戦うための覚悟を秘めているようにも思える。
だからかもしれない。
私は、その表情を、眼を、すごくきれいだと思ってしまう。
その時、胸がどくんと、大きく跳ね上がるのを感じた。彼女にいたぶられる妄想が刹那に脳内で構築され、体が熱を帯びる。
そこにあるのは、汚くて、曖昧で、どうしようもなくて。
だけど、どこまでも純粋な輝きに満ちた欲望だった。
「ちょっと……あべっち、大丈夫?」
そんな自分を覚えた瞬間、全身がかぁと熱を帯び、息遣いが荒くなる。
ストレスから来る過呼吸と間違えられているらしい。隣の美鈴がうろたえた顔で尋ねてくる。
「先生! どうしよう! あべっちが……」
彼女に、拷問されたい。
「おい、あべ!? 大丈夫か!?」
あの人に、拷問されたい。
「先生! あべっちは名前あべじゃないです!」
常識を壊そうとしている身勝手な戦士に、拷問されたい。
「な、えっーと……加藤、だったけ?」
心配してくれている美鈴の手を無意識にふりほどき、私は立ち上がっていた。
「あべっち?」
何も考えないままに周囲を見回してみる。
この教室という空間にいる三十六人……おまけに先生と女テロリストさん。感情が捉えきれない七十六の瞳が、こちらを、じっと見ている。
「あ、あのっ!」
視線が、怖い。
こんな小さな部屋の中だけの出来事なのに、なぜか世界中の全てが敵になったみたいだ。
「わたし……」
こういう時、『ミス平均値』はどういうことを言う人だったけ?
「されたい……」
理性が警告を発している。そうだ、やめろ。いつも通り無難なこと言えばいい。
「わたしは……されたい……!」
そう思っていたはずなのに。心と体が反発する。自動的に肺に目一杯空気が送り込まれる。
そして――その大量の空気と共に、叫びを、世界に、送り出す。
「わたしはぁぁぁ!! 女テロリストにぃぃぃ!! 拷問されたいっ!!!!!」
怒声が教室という名の空間に響き、世界を揺らした。
シンッ、と静まり返るその中心で、私はハッとする。
『実家のお母さんを! これ以上泣かせるなぁ~~~!』
どこか遠くに拡声器の音が聞こえた。だけど、それはただの空気の振動として、誰に認知されることもなく、教室の中を泳いでいく。
最初に戸惑い。しばらして、異様を見る目で。
容赦のない白い視線が自分に投げかけられているのを感じる。つい数時間前まで普通に過ごしていた夏休み前の教室が、全く別の異世界へと置き換わっていく。
「あ、あの、私……その、昔からテロリスト……それも、女の人に……拷問される、みたいなシチュエーションが好きで……だから……今、ちょっと……いや! だいぶ! だいぶ! 興奮してて……だから、こんな変なやつもいるんだから……その、テロリストさんの……やろうとしてことも、まあ、だいぶおかしいけど……そんなに、変なことじゃない、っていうか……なんというか……」
呼吸が乱れる。熱が足元から這い上がってくる。
傍から見れば……いや、どう見ても、言動、挙動、全面的にやばい人。
あーあ、やっちゃった。私もう、これからはいつも通りのミス平均値じゃないられないだろうなぁ。
数秒の沈黙の後、「何言ってんの?」、「やばくね?」、「マジで?」という囁きがためらいと共に伝播する。自分から声を上げておいて、その反応にいたたまれなくなって足元をじっと見つめていた時だ。
「あのさっ!」
ためらいの連鎖反応を断ち切るかのような呼びかけ。思わず顔を上げ、声の主を見る。
「金子君……?」
それはホームルーム前に少し会話をした前の席の金子君だ。
あまり会話をするわけでも、関わり合いがあるわけでもない彼がなぜ?
「その、佐藤さんってあまり、こうやってみんなの前で大声出すような人じゃないし、びっくりしたけど……たぶんテロリストさんに……自分以外にも、普通じゃないやつはいるってことを、伝えたかったんじゃないかな?」
金子君の話を聞き、周囲のざわめきが少し小さくなる。
その推測を私は肯定も否定もできなかったけど、女テロリストさんは彼の話を聞き、大きく目を見開いていた。
「正直びびったけど……けど……佐藤さんはいつも周りに気を使って、相手の気持ちや立場を考えて……そうやって、いつも一生懸命で、真面目だから……こうやって自分の秘密を誰かのために、言えることができたんじゃないかな?」
その言葉に顔が熱を帯びる。
なぜかはわからない。だけど、金子君の言葉に先ほどまでとは違う胸の高鳴りが、体の内側に響いていく。
「それに俺も……」
少しだけ軽くなった教室の空気の中で金子君は続ける。
「佐藤さんの腋毛の剃り残しに、毎日興奮してたし」
……あれ? なんだろう?
私の……聞き間違いかな?
「佐藤さんの腋毛の剃り残しに! 毎日興奮してたんだ!」
なるほど。
サトウサン=ノワキゲノ=ソリノコシっていう外国人アイドルの子がいて、きっと金子君はその子のファンなんだ。
(そっかぁ……)
いや、違う。
どう現実逃避しても無理がある。これ完全に十六年親しんだ日本語で「佐藤さんの腋毛の剃り残しに! 毎日興奮してたんだ!」って言ってる。
――……どうしたの?
――あっ! い、いや! なんでもないよ! ごめんね
その瞬間、先ほど金子君がフリーズした時のやり取り。彼の視線の先を思い出す。慌てて自分の脇を覗いてみると、毎日処理できたと思っていた腋毛の剃り残しが、確かにそこにある。
ばっとみんなの顔を見回すと、気まずそうに目をそらす。
(もしかして……みんな)
気づいていないふりをしてた?
やばい。なぜかはわかないけど、今まで抱えてきた秘密を爆発させてたさっきより……よっぽど恥ずかしい。その様子を見て、なぜか金子君が照れ臭そうに笑った。
「いや、佐藤さんが暴露してたから、俺も言ったほうがいいかなって……」
そんな同じ部活に入ろうかな、みたいなノリで?
「へ、変な意味じゃないよ! ただ、純粋に佐藤さんの腋毛の剃り残しってすごくいいなって前から……」
「純粋に変な意味でしょ!?」
ダストボックスに放り込んだ虫……つまりはゴミ虫を見るような私の目線に気づいたのか金子君は慌てて弁明するけど、喋れば喋るほど恥ずかしさが込み上げてくる。
「あのっ!」
「えっ?」
私と金子君の間に割って入るかのように。
なぜか急に美鈴が立ち上がった。
「実は……中学の時から! 炎を見たら別人格が乗り移って下ネタを連発する設定、家では貫き通してます!」
え? 何? サキュバスと契約交わしてんの?
「あのさっ!」
男子生徒三人がザザザっと立ち上がる。
先ほど君の名はなんちゃらかんちゃら言ってた田中君、伊藤君、渡辺君だ。
「俺……幼稚園の頃、女の先生のストッキングがエロくて、確信犯で抱き着いて太もも触ってたよ!」
めちゃくちゃ臆面なく言い切ったな、この人。
「小学生の時、授業中に突然立ち上がってS〇Xは生命の神秘です! って叫んだら、校長室に呼ばれたぜ!」
校長室での空気が気になるけど、絶対にその場にいたくはない。
「俺は……女子校の通学路に……なりたい」
……ノーコメントで。
ざわめきが広がった。だけど、それは今さっきまでの戸惑いとは違う。
ダムが決壊したように何かが崩れ、皆が混沌の激流にのまれていく。ついには、クラスのトップカースト、蓼丸君と榮倉さんまでもが勢いよく立ち上がる。
「妹から十年前にもらった抱き枕を毎晩なめ回している! そのせいで! いつも九時間しか寝れてねぇんだよっ!」
わりと多めじゃない……?
「クラスにいる間……毎日二十本のお〇んちんに囲まれてるって思って興奮してたっ!」
せめて何本じゃなくて何人の方が……。
それを見て、日直の高橋君が、後ろの山本さんが、みんなが、次々と立ち上がっていく。
「オチ〇ポブードキャンプマスターっていう名前でア〇ゾンのオ〇ホレビューを週一更新してます!」
「おいっこが可愛すぎてトイレも風呂も追いかけ回して撮った日記フォルダが、この前七万枚になりました!」
「教室後ろの花瓶に放課後……突っ込んだことあります!」
「甘やかし系催眠オ〇ニーー……おすすめですっ……!」
「ハイレグ洗脳って、やばいっすか?」
次第に呆然としていた全員が我先にと立ち上がり、次々と自分の秘密を……自分から打ち明けていく。なに? なんなのこれ?
そうして、残るは二人。
「あの、えっと……私……」
そのうちの一人。人質に取られている清水さんが、皆の視線を受けて頬を可憐に染める。
そうして、その形良い唇から、かわいらしくも、芯のある声が吐き出される。
「わたしっ! ショタドラゴンカーセッ〇スでオ〇ニーしてますっ! てゆーか! それ以外だと嫌なんですっ! それじゃなきゃ! 嫌なんですっ!!!」
凛と響く声にみんなから「おおっ~~~」と宴会芸が見事決まったのを見たおっさんのような歓声が上がった。隣にいた女テロリストさんは若干引いていたけど。
「……え?」
そして、最後の一人。
鈴木先生は自分に集められた視線に顔を引きつらせた。この状況で正気を保ってしまっているのは、正直酷だと思った。セクハラやパワハラを通り越してもはや逃れられない脅迫じみたプレッシャーだ。
「がんばれ……」
幸子がぽつりとつぶやく。
「がんばれ! 鈴木先生!」
そこに洋子が激励を重ねていく。
「鈴木先生、ファイトだよ!」、「負けるな、鈴木先生!」、「あんたなら、やれる! 鈴木」、「熱くなれよ! 鈴木!」、「私たちがついてる! 鈴木!」
スーズキ! スーズキ! スーズキ! スーズキ!
と、たぶんオリ〇クス時代のイ〇ローも受けたことないんじゃないかってくらいの熱気に満ちた応援が教室中に満ちていた。窓ガラスを震わせるその声に外では『人質のメンタルが限界だ! 突入するぞ!』と何やらわめいている。
「毎晩、妻と娘が寝ている横で……してます」
やがて、小さく放たれたその声に、応援コールは途絶えた。
「あの……先生、すいません。ちょっとよく聞こえなくて」
クラス全員が固唾を飲んで見守る中、鈴木先生は下を向きながらごにょごにゅと、まるで虫の声のようにつぶやく。
「妻と娘が寝ている横で、その……女装……してます」
だが、やがて、目を見開き、満面の笑みで自分が受け持つクラスを見渡し! 叫ぶ!
「毎晩! 妻と娘が寝ている横で! 女装して! しかも! それをイ〇スタにあげてまぁ~~~すっ!!!」
瞬間、教室は凍り付いた冬の湖のようにシーンと静まり返った。
パチ……パチ、パチ。
だけど、やがて、ひかえめな拍手が一つ。
「……あんたたち、おかしいんじゃないの?」
完璧に表情が崩れ、震える声で泣き笑いする女テロリストさん。その手には、先ほどまで清水さんに突き付けていた小銃はなく――こぼれた銃は鈍い音を立て床に転がる。
すると、誰かが一緒に拍手をし始め、やがて沈黙が大喝采へと生まれ変わっていく。
「やったね! 先生!」、「さすが我らの担任!」、「最高っ!」と次々に呼びかけられ、先生は「ありがとう……! ありがとう……! ありがとう……!」と歓喜の涙を流し続ける。
「行くぞ! 突にゅ――」
やがて、廊下まで上がってきた完全武装の警官隊が教室に踏みもうとし――その光景に足を止める。
「なんだこれ……?」
先頭にいた隊長らしき人が、ゴーグル越しに唖然とした表情を浮かべる。
正直、掌が痛くなるほど拍手をしている私も同じ気持ちです。
まあ、原因作った張本人なんだけど。