月の輝く夜の誓い
初投稿です。長編予定の物語の一場面です。ずっと書きたかったお話なので、これから本編を書いてみようかなと思案中です。
今宵は月が明るい、外に出てみないか
そう問いかけると忌子は不安そうな顔を浮かべつつも頷いた。微かに震える忌子の指先を認め、自らに対し忌子が心を委ね始めている事に嬉しさを覚えた。
転んでしまうと危ないから
そう言って手に触れればぴくりと逃げるような反応をされたが先日のようにパニックを起こすこともない。
連れ出した庭園は5月に見ごろを迎える花々が咲き乱れ月の光に照らされその花弁や葉の美しさだけがこの世を照らし返しているかの如く輝いていた。花々の香りは甘くそして爽やかであり時折顔を撫でる風が香りを運んできた。四隅を囲むように流れている清水が煌めきと共に心地よい水の音を奏でている。夜の闇に包まれながらそこにある全てが調和を持って晶の五感を満たした。
今はツツジの季節でこの庭にも多くのツツジが咲いている。今が見頃なのだ。ツツジというのは濃い赤色をしていて・・・
取り留めのない話をしながら手を引き月明かりが一番得られる腰掛けに彼を導いた。二人はしばらく何をするでもなくそうして座ってた。晶は思いついたことをぽつりぽつりと、話しては終わりを繰り返しながら少しでも忌子の冷えた体を和らげようと優しく背を撫でた。そうしているうちに初めは身を固くして身動ぐことさえしなかった忌子の手が腰掛けの感触を確かめるように動き、香りに気がついたのか鼻で空気を吸う音が小さく聞こえた。
外って、たくさん・・・あるのですね
光や音、香りなどという言葉はきっと忌子は持ち合わせていないのだ。晶はもっとこの子に世界を見せたい。自分の手で忌子の願いを叶えてやりたいと思った。昨日までの彼を苦しめていた雁字搦めの感情の糸は闇と月影によっていらない部分が消え今やずっと前からそうであったように整理されている。
光以外にも外にはいろいろな美しいものがあるのだ。今耳に感じている心地よいものは音だ。胸を満たしているのは香りだ。顔を撫でているのは風と言って姿がないのに触れることができる、風が運んでいるのは花の香りだ。いま、ツツジをそなたの元に待ってこよう、触れて香りを楽しむのだ。
晶はそう言って花壇にある無数の花々の中から特に形がよく香りの強いものを選び手折った。そしてそっと忌子の手に持たせてやり顔に近づけるように言った。
ふしぎです。初めてなのに、怖く・・・ないです。
そうであろう。世界には美しいものが溢れている。それぞれが違う輝きを持っているのだ。もちろん・・・そなたも
そう言って忌子の顔を覆っているヴェールにゆっくりと手をかけそのまま後頭部を撫で肩まで下ろした。ヴェールの守護を失った忌子の表情は怯えでも恍惚でもなく出会った時のあの無表情だった。時期尚早であったかと晶は臍を噛んだ。理由を聞きたかったがこれ以上忌子を傷付けまいとグッと堪えた。
私はそなたの願いを叶えてやりたかった。不快にさせてしまったならすまない。
花・・・の色に、黒は、ありますか?
はっきりとした声が聞こえた。
それは・・・ない、が・・・
それぞれ違った輝きを持っているのは、それぞれが輝く色を持っているからです。ぼく・・・僕にはありません。黒い瞳に黒い肌それに色を持たない髪・・・ぼくには輝きを持つものがないんです。世界は輝いている人しか存在することができなくて、ぼくのような存在が許されない忌子は光の当たらないところで場所を取らないようにいきているしかないんです!光を持たないぼくなんかだれも・・・だれも好いてなのくれないのだから・・・
激情の声も束の間最後の声は水の流れる音とともに消え入るようだった。光がなければ存在が許されない、と思っているのだ。違う!と、それは間違っているとすぐにでも否定したかった。だが、太陽神を絶対とするこの国は輝きの強さが全てだ。この国の中でこの子は本当に存在が許されなくて、価値がなくてだれにも好いてもらえないのだ。しかし、一月前の自分とうって変わって目の前の少年に、お前は存在してはいけないとどうしても言いたくなかった。価値を認めたいと思った。好いているのだ、彼を。それがわかってしまったら今度は今まで眩いほどの輝きを放っていた自分の世界がひどく残酷で乾いたものに思えた。そして決意した。
私は・・・今のこの世界が好きだ。活気と強さに溢れ輝いている。だが、それがそなたの上で成り立っていたと知り私の世界は偽りであったのだと分かった。わたしはお前を好いているよ。だからそなたが価値がないと思えない、存在が許されないなんてもう口が裂けても言わない。うつくしい、そなたを好いているのだ。
亀裂が入る音がした。と晶は思った。絶望という殻の中から怯えながら顔を出した期待が彼には見えた。
嘘です。そんなの、僕は太陽神様から愛されなかった。太陽神様に仇をなす呪われた存在なのです。こんな体・・・だれも・・・貴方様だって好いてくださるわけがないのです。気味がわるい・・・のだから。
染み付いてきた考え方を変えることは難しい。だが、晶が忌子と出会うことで変わることができたように、変わることはできる。それができるのはつぎの太陽神である俺だけなのだと、俺にはその責任があると思った。
そなたは本当は美しいのだ。だが私はまだ太陽神としての力を顕現していない。世を変える力まだないのだ。約束しよう私が神となった暁にはそなたにそが存在を許される世界を贈ろう。それまではわたし自身をそなたに贈ろう。わたしはそなたの月となり、そなたの闇を照らそう。これからお前は光と、そなたの色を認めてもらえる世界を手にできるのだ。悪くないであろう、だからもう自分が愛されないと思うな。そなたは美しいのだ。
今までにみたことがない顔だった。喜びの涙を見たのは人生で初めてだった。その涙は美しくどんな宝石にも変えがたい価値があると思えた。重ねて世界はうんざりするくらい強さでしか物事を図ってこなかったのだと知った。
名前を送らせてくれないか?
忌子は見開かれた瞳で真っ直ぐに晶を射抜いた。その濡れた瞳に目眩がしそうになりながら晶は言葉を紡いだ。
私は愚かな神子だ。誓いを立てねばこの決意を忘れてしまうやも知れぬ。そなたの名に誓うことができれば最も、効くと思うのだ。その・・・愛おしいものの名だから・・・いつまでも忌子のままでは後々不便であろう、私はこれからそなたが忌み嫌われぬ世界を作るのだから。
蕾が開くように微笑むのだな
心の声が思わず漏れてしまうほどには目の前の少年に心を奪われていた。
貴方の言っていること、夢のような話に聞こえます。けれど、貴方様のことを・・・信じたい。素敵な贈り物・・・二つも、ありがとう、ございます。贈り物をいただけるなんて初めて、です。
月夜・・・とこれからは呼ばせてくれ。月となって常にそなたと共にあろう。
ありがとう、存じます。
月夜の手には晶の手が重なっていた。
誤字があったら終えていただけると嬉しいです。