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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

人外少女シリーズ

檻で飼われる人外少女と領主の息子の少年が本当の愛を知る話【人外少女シリーズ】

 館の主の息子、次期領主であるフルールは喜び勇んで明るい中庭に出た。十五歳らしい、育ちのいい子供っぽさと傲慢な威厳の中間の雰囲気を纏いながら。


「ミゼラ! おはよう!」


 そう声をかける。


 中庭には檻がある。大きな檻だ。


 中にはミゼラがいる。


 人外少女のミゼラ。


 父親である領主自慢のコレクションの一つ、どの種族にも分類できないはぐれものの生物。


 水かきのついた六本の蜥蜴のような足と、鱗に覆われた胴体。そして身体中に生える魚のヒレのような柔らかい突起。頭部と胸部にだけ、人間の特徴が残されている。その身体の大きさは五メートルに及ぶ。


 名前を呼ばれた外の少女は、のっそり体を起こして、長い首に繋がった顔を向けた。


「なぁにぃ? フルール様」


 フルールは笑顔を向ける。この幼い頃からの無二の親友に。


「今日は晩餐会だよ! 遠方からも客人が来るんだ! 君を見てみんなびっくりするよね!? 初めてのお客様が来る時は毎度のことだけど!」


「そうなのー」


 なんだ、もっと嬉しそうにすればいいじゃないか。みんな興奮して口々に君を褒め称えるのだから。


 フルールはそう思った。


「ねえ、ミゼラ。今日、昼食までにあったことなんだけどね……」


「うんうん」


 少年フルールにとってミゼラはずっと話し相手だった。実の兄弟、姉と弟のように感じていた。ほら、今日も的確なアドバイスをくれる。


「……だからね、僕は縁戚のその娘に対して言ったんだ。『尻込みして奪われるくらいなら、さっさと告白しろよ』ってね」


「そーなんだー。でもねー、フルール様。女の子だからってー、告白が怖くないわけじゃー、ないんだよー?」


「……そっか、そうだよね!? 僕はどうしても焦っちゃってさ!」


 こうして檻の前で一日三十分、いろいろな話をするのが日課だった。中庭に雨が降る日も、傘を持つお供のメイドを連れて、彼は檻の前まで来て話した。フルールはミゼラが本当に大好きだったのだ。


「ふう、ああ、もう時間かもしれないね。それじゃあ、また明日ね! ミゼラ」


「うーん、バイバーイ、フルール様」


 そう言ってミゼラは檻の中から六本ある足のうちの一つを振る。


 フルールはその姿をいつも、ひどく寂しそうだと思うのだった。


 ※※※※※


「ねえ、シレイ。ミゼラを自由にできると思う?」


 寝室の灯りを消しに来たメイドのシレイは、そのようなあまりに唐突な言葉に一瞬絶句した。


「なっ、坊っちゃま、何を言っておられるのです!?」


 彼女もまたフルールが小さい頃からその成長を見てきた馴染のメイドである。フルールがミゼラに本当にゾッコンなのは知っていたが、こういう風に考えているとは思わなかった。


「……坊っちゃま。アレは領主様の持ち物です。勝手に逃がすわけにはいかないんですよ?」


「アレなんて言うなよ。……僕、もしかしたらミゼラが好きなのかもしれない。ああ、本当に告白というのは勇気がいるなあ」


 シレイは再び絶句して、頭を抱える。


 しかしすぐに気を取り直してフルールのベッドに寄ると、こう伝えた。


「あのですね、坊っちゃま。人と人外は愛し合うなんてできないんですよ……」


「そんなの誰が決めたのさ!?」


「……神様が、お決めになられました」


「そんなの聖典に書いてないだろ? 人外の生き物も書いてない」


「それはそうですが……」


「ねえ、どう思う? 現実的かどうかは置いておいて、僕とミゼラって愛しあえるかな?」


 そんな問答が何夜も続いた。シレイはフルールの部屋の明かりを消しに行くにが億劫になり始めていたが……一つ、思いつくことがあったのだった。


 *****


「うー、うー、お腹痛いよぉー」


「大変です! 坊っちゃま! ミゼラが!」


 ある夜、ミゼラは腹痛を訴えて苦しみだすということがあった。フルールはそれを知るや、飛び起きて寝巻きのまま中庭へ向かった。


「どうしたの!? 大丈夫かい! ミゼラ!」


 檻の鉄柵を握りしめて心配そうに見つめる。ミゼラはぐったりしていて、呼吸も苦しそうだ。


 領主は気にも留めなかったようだが、フルールは若いなりに持っている、精一杯の権力を行使して屋敷中を引っ掻きまわし、屋敷に常駐する医師や衛兵を中庭に連れてきてどうにかできないか問い詰めた。


 怖がる医師を檻に入れてまで診察させたが、結果は原因不明。フルールは思わず爪を噛むほど心配した。


 しかし、異変が起こる。


 医師を部屋に帰した直後である。


 屋敷の入口の方から何やら騒がしい声が聞こえ出した。


 衛兵たちは顔を見合わせると、急いでそちらに向かう。


 フルールは一体なんだ、こんな時に、と苛立った。


 するとあれほど苦しみ喘いでいたミゼラが急にけろりとした様子で立ち上がるではないか。


「え……どうしたの? ミゼラ。大丈夫なの?」


 ミゼラは無表情だった。


 かと思うと、大声を出した。


「ここだよぉー!! ここぉー!! ここに領主の息子がいるよー!!」


 フルールは何が起こっているのかわからなかった。


 ※※※※※


「あはは、ばっかみたい。坊っちゃま! 私たちの望み通りに動いてくれるなんて!」


 シレイだった。突入してきた幾多の群衆に捕らえられ、縛り上げられてしまったフルールは絶望的な表情でこのメイドを見上げる。


「なっ、君は……一体なぜ、どうして、どういうことなの!?」


「あははははは!!」


 シレイは一頻り笑うと、この民衆反乱の真相を話し始めた。民衆はニヤニヤしながらそのやりとりを大勢で囲んで見ていた。


「手引きをしたのは私だよ! メイドである私が内部から手引きしたのさ! 何も知らない馬鹿な坊っちゃまを利用することも思いついてね! だよね!? ミゼラ!」


 フルールはハッとしてミゼラの檻の方を見た。


 ミゼラは頷いた。


「そーだよー。わたしも反乱にー、参加してるんだー」


 フルールは絶望した。裏切り……ひどい裏切りだった。しかし、それは彼の感情に過ぎない。ミゼラは続ける。


「ホントねー、馬鹿だよねー。私とどういう仲だと思ってたんかなあ。所詮私はカゴに囚われたペットでー、フルール様、あなたはそういうマネをした人の息子だよねー、毎日話してたけどねー、あなたのこと、大切に思えたことなんか一度もないよー?」


 フルールは泣き始めた。シレイは高笑いした。


「いいかい? 坊っちゃま。あんなバケモノとよく相思相愛になりたいなんて言ったねえ。それを利用したのさ。腹痛の演技で少しだけこの邸内を混乱に陥れて貰えばそれでよかった。まったく、坊っちゃま、あんたという引っかき回し役がいるからね」


 フルールは吐き気すら感じてきた。なんて愚かだったのだろう。見抜けなかった。全てを。自分が利用されて屋敷が陥落するだなんて!


「ね、ねー、シレイ?」


 ミゼラの声だった。


「なぁにい? バケモノちゃん♪」


 ミゼラは大きな体をモジモジさせながら言う。


「あ、あの、反乱に手を貸したら、この檻から出してくれるっていう約束だったけど、あのー、そのー……」


 シレイはにっこりした。


「ごめん、あれ、嘘。あんたみたいなのを解き放てるわけないでしょ。さあ、みんな! 坊っちゃまをこのバケモノの檻に入れて!」


 ガシャン、と、檻は閉じられた。中のミゼラとフルールは、絶望するしか無かった。


 ※※※※※


 屋敷は放棄された。


 民衆はあらかた金品を略奪すると、他の領地からの援軍を恐れて、すぐにいなくなってしまった。大方都市の方にでも逃げたのだろう。


 結果、中庭の檻は放置されることになる。


「ねえ、ミゼラ」


「なーにー? フルール様」


「お腹すいたね」


 檻の居住環境は最悪である。そのことにフルールは初めて気づいた。


 そんな場所に十何年も「愛する人」を押し込めて平気でいた自分の不明を呪った。


「ごめん」


 自然と、そんな言葉が口をついて出た。


「なにそれー」


 そんなセリフが、帰ってきた。フルールは空きっ腹に加えて心の痛みを感じる。


「ごめん」


「なにそれ……」


 ミゼラはもう多くを語らなくなっていた。フルールはそれを嫌われた、と解釈していたが、それは元々だな、と思って、なお暗く沈んだ。


 さらに時間が経った。フルールもミゼラも、すっかり体力を消耗してしまって、何も言わなくなった。しかしもういよいよか、という頃、


「フルール様」


 そっぽを向いて座りこむフルールの背中に、ミゼラが声をかけた。


「……なんだい、今更」


「私こそ、あー、ごめんなさい……」


 フルールは振り返る。言葉の真意が掴みかねたからだ。


「なんで君が謝るの?」


 ぐったり倒れ込んでいるミゼラは、少しの沈黙の後、話し始める。


「だってー、フルール様、悪くないでしょー? 私を捕まえてたのは領主様だもん。フルール様は毎日私とお話ししてくれただけー。恨んじゃいけないよ。きっと、本当に抱くべきは感謝なんだよ」


 フルールは膝で歩くと、ミゼラに寄りそった。


「そう、かなあ?」


「そーだよ」


「僕も、唯一なんでも話せるのが君だったから、すごく、幸せな時間だったんだ。ありがとう」


「……大切に思ったことないなんて言ってー、ごめんなさい。本当はそんなことなかった。毎日のあの時間はー、唯一の癒しだった」


 二人はしばらくくっついていた。寒空から降り注ぐ凍てつく空気も、少しだけ凌ぎやすくなった。


 しかしそれも、雪がちらついてくると、どうしようもなくなった。毛皮もなく、鱗しかないミゼラは急速に弱っていった。


 限界になった頃、


「ねえ、フルール様」


 ミゼらは呼び掛けた。


「なんだい?」


「……もし、耐えられないなら、私を……」


「え?」


「……今までありがとう。フルール様。私を使って、生き延びて……。私の鋭い爪を一本、あげるから……これでー……」


 ※※※※※


 やがて何日か経ち、近隣の領地からフルールの親戚筋が兵を出した。彼は救われた。


 兵士が館にたどり着いた時、檻の中には、白い雪に覆われた一匹の人外の死骸と、なんとかそれを齧って飢えをしのぎ、体内に潜り込んで寒さをしのぎ、生き延びたフルールの姿があった。


 それ以降、彼は終生、何かを飼ったりしなかった。

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