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お披露目

サンドワーム。地中で活動する大型魔獣で、その姿はまるで巨大なミミズ。成体であれば最大で全長五百メートルを越えるものも報告される超がつくほどの大物だ。


一方で、もたらされる被害は他の大型に比べると群を抜いて少ない。地上に出てくることすら稀で、人間に牙を剥いた例はさらに少ない。


そして、その数少ない例こそが生活圏(テリトリー)を侵された場合だ。まさに今、この状況がそれに等しい。


サンドワームの怒りを買うには充分な条件が揃っていた。


「ど、ど、どうしましょう。」


「サンドワームか。シルルはその場を動かないで。なるべく声も出さないこと。ここはおれが何とかする。」


「そんなのむひゃでふっ…!」


急に大きな声を出しそうになるシルルの口を抑えた。


「しっ、あんまり大きな声を出すとサンドワームを刺激する。」


シルルはコクッ、コクッと頷いた。


「でも、副官様。一人でサンドワームの相手をするなんていくらなんでも無茶です。暴走時の危険度はご存知ですよね?」


「冒険者で言う二級相当…だっけ?」


「そうです。本当なら騎士団総出で対処しなければいけないくらいで」


「大丈夫。これが初めてじゃない。」


安心させようとサムズアップ。実はエリスと組んでギルドの依頼をこなしていた時期、一度だけ暴走したサンドワームを撃退したことがある。


「で、でも…。」


「まぁ、副官の実力がどんなものか見ててよ。」


それでもシルルは納得できなさそうだったが、おれは構わず歩き出した。


十歩、二十歩と歩いたあたり、地面が小刻みに震える。揺れはあっという間に大きくなると、足場を砕いてサンドワームの頭が突き上げてきた。


サンドワームの攻撃手段の一つ。あれをまともにくらった獲物は天高く舞い上げられ、落下の衝撃で動けなくなる。


おれは直撃する前に後方転回で躱し、次の攻撃に備える。突上げが回避された場合、次の動作は予測がつきやすい。硬質の頭部で叩き潰しにくるのだ。


サンドワームの巨体が鞭のようにしなりながら振り下ろされる。


好機と見てタイミングを合わせてテイクバック。球を打ち返す球技が如く『誓約の拳(ジュラメント)』を振り抜いた。痛打した瞬間、痺れるような手応えと鈍い音。サンドワームは反対方向の地面へビターンと叩きつけられて動かなくなる。


続いて第二、第三のサンドワームが壁面や地面から飛び出てくる。その様はまるで立体のモグラ叩き。立ち位置を変え、態勢を変えながら全て打ち返す。


サンドワームは基本的に臆病な性格だ。ブチギレて暴れ出した場合、最も有効なのは出鼻をくじくこと。強烈な初撃をお見舞いすれば冷静になって逃げていく。


「何が起こってるの…?」


シルルは感嘆の声を漏らす。信じられないような光景に息をのんだ。


サンドワームの特徴や習性は充分理解している。騎士団で撃退する現場にも立ち会ったことがある。


それでも、ここまで完璧に対処するところを見たことがなかった。頭で理解はできても、それを実行できるかは全く別の話。


サンドワームの突撃速度は推定で秒速四十メートル。そこから生じる衝突時の威力は軽く大木を圧し折る。その上、直前まで攻撃がどこから来るかもわからないのだ。


それを戦鎚の一振りで打ち返すことのどれだけ異常なことか。


誰かに見たままを話せば、正気を疑われるのは間違いない。それくらい荒唐無稽な芸当なのだ。


「私、頭でも打ったかな。」


「危ない!」


頭上のサンドワームがシルルを狙っていた。

シルルはそれに気づくと、安らかな顔で逝こうとする。


諦め早っ!


おれは駆け出していた。初歩からトップスピードに乗って走る。骨が折れようが、足がひしゃげようが一つの命には変えられない。


大きく跳び上がり、落ちてくるサンドワームに焦点をあてる。空中で身体を限界まで捻り、遠心力を利用してサンドワームの横っ面をジャストミート。落下軌道を大きく逸らした。


「ふぅ、間に合った!」


「どうか苦しまないようにお願いします。痛いのは嫌なのでできれば一思いに。」


「おーい。」


シルルは目を閉じたまま天を仰いでいる。未だに彼女の中ではピンチの真っ只中にいるらしい。


「でもせめて団長に恩返しするのを待ってくれたら嬉しいです。」


「あれ、聞こえてない?おーい。」


「でも、許されるなら一度は恋愛というものをしてみたかったので、それまで待っていただけないかと」


「さすがにムリだと思うよ!?」


「そうですよね、ごめんなさいい!…って、あれ?まだ私生きてる?」


ようやくおれの声が届いたのか、シルルはゆっくり目を開ける。周りの状況を確認して今度は青ざめる。


「はわわわ、ごめんなさいぃ。また助ていてだいて…。役に立たないどころか足手まといでごめんなさいぃ。生きててごめんなさあああい!」


あまりに淀みのない土下座。ついでに連々と反省の言葉が止まらないので、慰めるのに苦労する。


「落ち着いた?」


「グスン…はい。ありがとうございます。それにしても、あんな戦い方は初めて見ました。団長が副官様を選んだ理由が分かった気がします。」


今は団長ではなかったですね、と照れ笑いをするシルル。どちらかというと、おれは副官様などというむず痒い呼び方の方が気になる。


「リュート・ヒーロ。リュートでいいよ。」


「そ、そんな、恐れ多いです!」


「気にしないで。副官って言っても大した身分じゃないしさ。それに歳も近いんだから気軽に呼んでくれないかな。」


「えっと、じゃあリュート…さん?」


「ちょっと堅苦しい。呼び捨てでいいのに。」


「いえ、それはちょっと。では、リュート…くん。ああ、これ以上は無理です!」


「まぁ、それならいいか。」


本当にこれ以上はシルルが耐えられそうになかった。呼び方を強制するのも悪いから許容範囲ということで。


懐中時計を見るとようやく残り三十分。そろそろサンドワームの暴走が終わったと見て、団員たちが捕縛に動き始めてもいい頃だ。


というか、それ以前にシルルが転落した時点で訓練(レク)を中断して助けるべきじゃないだろうか。


「いえ、きっと私がいないことに気づいてもらえてないんだと思います。すごく陰が薄いので…。」


「そんなことある?」


「はい…。実はこれが初めてではないんです。」


それはそれで悲しい事実だ。


「大丈夫?酷い扱いとか受けてない?」


「はい!それは大丈夫…なんですが、やっぱり私みたいなのが騎士団にいるのは場違いなのでしょうか。もしかしたら…いえ。」


「どうしたの?」


「いえ、考えすぎだと思うのですが」


「おや?」


突然介入してくる第三者の声にシルルはブルッと震え上がった。聞いたことのある若い男の声。確認するまでもなく、マルクの声だ。後ろにはしっかり団員が隊列をなしておれを取り囲んでいた。


「どうしてお前がここにいる。レクリエーションとはいえ、これは正式な訓練だ。独断行動を許した覚えはないけど。」


「ごめんなさい。私、第一段階(フェーズワン)で転落してしまって…。」


「はぁ、分かった。その話は後で聞いてやる。とりあえずお前はそこを離れろ。今、用があるのは彼だけだ。」


驚くことに、マルクの言葉を聞いたシルルはおれの前に踏み出た。


「お待ち下さい!副官様はたった今、一人でサンドワームを撃退したばかりで」


「関係ないな。この訓練は如何なる想定外(イレギュラー)があっても中断することはない。それがどちらに益があったとしてもだ。」


「でも…!」


「シルル。もういいよ。」


シルルが振り返る。その表情からおれを案じてくれていることは分かる。


でも、ここで終わって困るのは団員だけではない。


「ありがとう。でも、いいんだ。おれはフォードさんの副官であることを証明しなくちゃいけないから。」


それに、実はもう一つ果たせていない目的がある。


「で、では余計かもしれませんがご忠告させてください。マルク様はメタンフォード親衛隊、つまり過激派の筆頭騎士です。これまで団長に仇なす輩は敵味方問わず血祭りに上げています。…どうかご無事で。」


あいつが過激派だったんかい、と心の内で吐き捨てる。


シルルは他にも言い足りない様子ではあったがそれ以上は口にしなかった。ペコリと頭を下げると団員たちの元へ戻っていった。


「うちのもんが度々すみませんね。」


「これくらいどうってことないですよ。これから一緒に戦う仲間ですからね。」


マルクの眉がピクッと動く。少なからず本音を混じえたつもりだが、挑発として受け取ったらしい。思惑通りに。


「ところで、あんたは副官でなくなったらどうなるんでしょうね。」


「さあ、考えたこともないですね。」


マルクの額にうっすらと血管が浮き出る。『気性が荒い』と評した自己評価はどうやら適正なものらしい。


「総員構えええ!」


腹からの怒声。団員たちは即座に臨戦態勢に入る。やり取りを聞いていた者たちは少なからず鼻息を荒くする。ひしひしと殺気まで伝わってくる。


あまり慣れないことをするものではない…と思いながらも、実のところおれは高揚していた。


『力を示す』以外の、もう一つの目的に浮かれてしまっていると言っても過言ではない。


それこそは『誓約の拳(ジュラメント)』に備わる新機能の試運転。銘打たれた由来となる対人形態の初お披露目だ。


その形態は声紋と魔力の二重認証により起動する。合図(キー)となる言葉は…


着装形態(ガント・デストロ)!」

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