小心者のライバル
会議が終わり、思い思いに席が空けられていくなか、サジだけが放心状態のまま微動だにせずにいた。
さすがにこの状態で放置していくのも気が引けて声をかけることにした。
「あの…会議終わりましたけど。」
「ハッ…!」
意識を取り戻したサジは周りをキョロキョロ見渡して、状況を悟ったようだ。
「あ、ありがとうございます。あの…。」
「はい…?」
「僕に何があったんでしょうか?途中から記憶がなくて…。」
サジが本気で理解できずに困惑の表情を浮かべているので、会議中の出来事を洗いざらい教えた。
サジの身に起こった事といえば、合同演習に選ばれ、ヴェノムに威嚇されたくらいだ。会議中に直接の危害は与えられていないと記憶している。
「いやいやいや、あの会議に参加するってだけでもうね…。だっておかしいじゃないか。右を見ても左を見てもバケモノしかいやしない。こちとら正気を保つだけで精一杯なんだ。」
「は、はあ。」
「しかも何が質悪いって、人の成りした席官たちが一応は会議の体をとってるから武器も構えられない。人外魔境に身ぐるみ剥がされて放り込まれた気分だよ。」
サジは堰を切ったように喋り出した。興奮しているのか席官たちのバケモノ呼びが止まらない。
確かに彼の言うことも否定できない。
ハル姉と『栄光の十二騎士』構成員の魔力量はそこらの魔獣なんかを遥かに凌駕している。『感知者』であれば彼らの凄さは一目で理解できるのだ。
「だけど、君はなんていうか…凄く安心するんだ。」
「え、それって…。」
「あ、いや!決して君を侮っている訳ではないよ。確かに君はあの席官たちに比べれば魔力量は少ないんだけど…。」
サジは慌てて失言を取り消し、新しい言葉を探した。少し悩んだ末、頭に思い浮かんだ言葉を一つ一つ丁寧に口に出した。
「温かい…。いや、優しいって言うのかな。君の魔力は凄く柔らかくて心地いい。あ、ごめん。気持ち悪いよね。僕は何を言ってるんだろう。」
「いえ。悪い気は」
「ほう?」
悪い気はしないので謝らなくてもいいです。サジにそう言おうと思ったのに、厄介な男が会話に参加してきた。ララと世間話をしていたはずのメタンフォードが引き返して来ていた。
「君は魔力の性質の違いを知覚できるのかい?」
「ひぃっ…!」
サジが小さな悲鳴をあげる。うちのフォードさんがすみません、という気持ちで心が痛む。
「そんなに怯えられると僕も多少は傷つくな。」
「そ、そそ、そんな馬鹿げた魔力を晒しておいて、怯えるなって方が無理な話ですよ!自慢じゃないですけどね、僕は自他ともに認める小心者なんです!」
その前振りで本当に自慢じゃない話を初めて聞いた。それでも以前に比べれば威勢よくメタンフォードと会話できている。おれを盾にしていなければ尚良しなのだが。
「君は『不可視の弓兵』の二つ名をもつ凄腕の冒険者だろう?何をそんなに怯える必要が?」
「え、それは?」
「ああ、リュートは聞いたことなかったかな。」
曰く、サジという男は高精度かつ多彩な射撃技をもつ弓の名手にして最年少の第一級冒険者。
あらゆる魔物を視認範囲外からの超遠距離狙撃で仕留める正確無比の弓使い。標的とされたものは彼の姿を見ることすら叶わず、急所を射抜かれ絶命する。故に、『不可視の弓兵』。
「かっこいいなあ!」
純粋にそう思った。二つ名にしろ、それを与えられるほどの実力にしろ伊達に特務部隊に属している訳ではないのだ。
「よ、よしてくれよ!僕はそんな大した人間じゃないんだ!遠距離射撃だって、魔獣に近づくのが怖くていつの間にか身についたものだし…。」
「それだけじゃない。君の射撃は音が遅れてやってくるほど速い。それに魔法付与による高い貫通力、暗闇でも外さない暗視性能を併せ持っているのだろう?並の人間じゃ不可能な芸当だ。一度の射撃で千の矢を放つ、という逸話もあったかな?」
「思った以上にめちゃくちゃすごい人だ!」
「だ、だから本当によしてくれって…。」
なんでそんな凄い人がおれの背中に隠れているのか甚だ疑問なのだが。メタンフォードを前にして身体が完全に萎縮してしまっている。
「で、先程の質問に戻るが、君は魔力の性質の違いがわかるのだったかな?」
「え、ええ。でも厳密にその違いを言葉で表すのは無理ですよ。君の副官ほど異質な方が珍しいくらいで…。」
「そうか。やっぱり。」
メタンフォードが嬉しそうにぶつぶつと思案を始めてしまった。こうなった彼の思考はとてもじゃないがおれの理解は及ばない。しばらくそっとしておくしかなさそうだ。
「それにしても今回は災難だなぁ。まさかあの『破顔の鏖殺卿』まで参加するなんて。」
「何その物騒な名前…。」
「ヴェノム・ヴァイオレット卿。裏社会のある組織を一人で壊滅させたイカれた騎士様だって。噂によれば、当時その組織の構成員を笑顔で皆殺しにしたらしいよ。」
「とんだ危険人物!」
「そんなのに威圧されたらそりゃ気も失うってものだよね。」
合点がいった。確かに自他ともに認める小心者が、そんな危険人物を前にしたらああなるのは必然。ヴェノムに迫られた時点で彼は失神していたのだ。
「ところで君はなんで仮面なんかつけてるの?」
「あー、なんて説明したら…。大好きな女の子を助けるため…かな。でも、おれは嫌われているから顔を隠さないといけなくて。」
サジは答えを聞いた瞬間、ガバッとおれの手を両手で握った。固い握手がかわされる。彼は「生涯の同胞を見つけた」ばりの笑顔をおれに向ける。
「好きな子のため!わかる…わかるよ、その気持ち!実は僕も好きな人に振り向いてほしくて選定を受けたんだ。剣を握る姿も美しい、輝ける人。ああ、嬉しいな。まさか同志が特務部隊にいただなんて!」
サジが大喜びする一方で、おれは新たなライバルの予感に焦っていた。
もしやこいつもハル姉のことが!?
悪い人ではなさそうだが、今後は警戒が必要かもしれない。