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合同演習

「以上が本件の調査報告になります。」


再び開かれた特務会議にて、メタンフォードは『冒険者疾走事件』の真実を語り終えた。


汚染された水源、村人の治療、ベネとマレの検査など課題は山積みだが、これらは国務へと引き継がれるべき事案。あくまでも特務部隊はいずれ襲来する魔王とその尖兵を撃退するための組織なのだ。


報告に対して、グランが感嘆の声を漏らしながら所感を述べた。


「まずはご苦労だった。期待通り、いや、期待以上の働きだ。『鬼』との関連性がなかったことは残念だが、長年未解決であったこの問題、よくぞこの短期間で解決に導いてくれた。」


「恐れ入ります。ですが、未知の魔法に関する情報を引き出すことは叶わず、あまつさえ首謀者の死を防げなかったのは僕の力不足です。」


「メタンフォードよ。本来の任務の目的は誰の目から見ても完遂されている。その上、かのべーモットによる被害を最小限に抑えたことは揺るぎない事実。平時であれば国を挙げて賞賛すべきところ、この場でのみの賛辞となってしまい儂とて心苦しいのだ。それに…」


「…?」


「あまり度を過ぎた謙遜は他の者への多大な圧力(プレッシャー)になりかねない。皆のためにも思うところあれど呑み込んでやってくれ。」


チラッと他の出席者に目を向けると、気弱な印象のサジが「全くもってその通り!いっそお望みであれば、僕の第九席の座をお譲りしますがいかがでしょう!」とばかりに全力で首を縦に振っている。


他の反応はまちまちだが、メェメェ笑っていたり、呑気に盆栽の枝を切り落としていたり、恋する乙女のように蕩けそうな顔をしていたり。


その中でメタンフォードはララにだけ意味深な視線を送り、少しだけ申し訳無さそうに頭を下げた。


ララは彼の姿を見て、晴れやかにニカッと笑う。思い返せば彼女も任務に手を挙げていたうちの一人だ。自分のあずかり知らぬところで、無言の会話が交わされているようだった。


「うむ。改めてご苦労であった。数日はゆっくり休んでほしい…と言いたいのは山々なのだが。今は一刻も惜しい時期でな。早速で悪いのだが、次の任務を任せたい。」


「と、言いますと?」


グランは堅苦しい態度から一変、張りのある声で新たな任務を言い渡した。


対特殊魔獣迎撃演習。異界より来たる魔王と三大魔獣を撃退するための演習任務。いよいよ未知の脅威への対策を講じなければならないときがきたのだ、と。


「ただし、今回は合同演習となる。其奴らの出現地点によっては我々だけで対処しきるの困難だからな。火力支援、敵配下の掃討、人民の避難、救助、防衛。とてもではないが手が足りないのだ。」


「なるほど。つまり、緊急時に特務部隊の指揮系統に入る組織を選定し、この合同演習で連携を確認する必要がある、と?」


「うむ、話が早くて助かる。」


「そして、その合同演習を任せるにあたって僕が任命されるということは…。」


グランが口を開いたとき、ハル姉が手で制止する。


「それは私から説明します。恐らく貴殿が考えている通りだとは思いますが、我々の指揮系統に入るのは『大地を穿つ爪(テラ・タルパ)』。貴殿と…かつてはここのグランが率いた騎士団です。またこの特務に団長を経験した者は他にいません。指揮を任せるには貴殿が最適だと、私が判断しました。」


「そういうことであれば異論はありません。承りました。」


「感謝します。また、今回は五名の席官にも同行をお願いしますので、順にお名前を読み上げます。まずは第二席、エレノア・クインズハート様。」


「ご随意に。不束者ですがどうぞよろしくお願いしますわ。」


第二席で不束者とは…?と思ったがどうやらその言葉はハル姉に向けられたものではないらしい。


顔を赤らめたエレノアはメタンフォードをうっとりと見つめていた。愛しの彼に同行できることがよほど嬉しかったのだろうか。頬の緩みを悟らせないように上品な扇子で口元を隠している。


「第六席…えぇ、コホン。エ」


「承知しました。」


ハル姉の言葉を遮って、食い気味に応える清廉な女騎士。川のせせらぎのように透きとおった声。絹糸を思わせる滑らかな金髪に童顔よりの整った容貌。品行方正を信条としているような美しい姿勢。そのすべてが繊細なガラス細工の如き造形美と儚さを体現していた。


ハル姉は何やら気まずそうにソワソワするが、女騎士は黙したまま凛とした表情を一切崩さない。


「ええ、では三人目。第七席、ララ・ライブラ様。」


「おけまるつかまつった!」


指で輪っかを作ってパチンとウインクし、チロッと舌を出した。彼女はあいも変わらず元気いっぱいで、厳格な場であるはずのこの会議室も空気が少し和らぐ。


「第八席、ヴェノム・ヴァイオレット様。」


「ギヒッ。俺ぁ楽しめりゃなんでもいいぜぇ。」


メタンフォードを除いて初の男性組だ。応えたのは脚を組みながらどっぷりと椅子にもたれかかった男。態度は傲岸不遜そのもので紫黒の髪、鋭い八重歯、そして顔に刻まれた禍々しい入れ墨。騎士とは対極の位置に存在するような出で立ちだった。


だが、ヴァイオレットは貴族姓。高貴な出自であることには違いないが、ララとは違った破天荒さを匂わせる。


「五人目。第九席、サジ様。」


「うっ…は、はい。あの、えっと…よろしく…お願いします…。」


茶髪の天然パーマに不健康そうな目の隈とそばかす。相変わらず貧弱そうな男は名前を呼ばれて明らかに嫌そうな顔をした。


サジの声は尻すぼみに小さくなり、おどおどと視線を泳がせる。偶然にもメタンフォードと目が合うと体をビクッと反応させていた。初対面のときの記憶がトラウマとして植えつけられているのかもしれない。


「チッ、いつにも増してイライラするなぁ!てめぇは一体何にビビってんだよ!ああ!?」


「ひぃっ…。」


ヴェノムが噛みつくようにサジを恫喝する。当然、メタンフォードにすらあの様だった彼が怯まずにいられるわけもなく。顔面蒼白になって身を縮こませた。


「ヴイ坊。あんましみっともねぇマネすんじゃねえよ。」


横から仲裁に入る声。主はレオン・ジュースティスだった。前回と寸分違わぬリーゼントとイカしたサングラス。見た目の派手さはヴェノムに引けをとらない。


「はあ?あんたにゃ関係ねえだろ!すっこんでろ!」


「大アリだ、馬鹿野郎!ここは会議の場だぜ。だったらまずは秩序を守れよ。それができねえってんなら第五席の俺っちにタイマンで勝ってからにしな!」


「上等だぁ!ここであんたを」


ヴェノムが喧嘩を買うまさにその瞬間、会議室内にバチコーンと爽快な破裂音が響き渡る。


何事かと思えば、レオンが副官の女性にハリセンで頭をシバかれた後だった。


「痛えじゃねえか!このっ…!」


「この、何?言いたいことがあるなら言ってみなさいよ。場を諌めるべき立場にありながら、率先して喧嘩をおっ始めようとするあんたが!この私に何か言うことがあるならね。」


「…な、何でもねぇよ。」


レオンを制止した副官の女性。彼女はレオンの胸ぐらを掴み、鬼の形相でサングラスの奥を睨みつけていた。威勢の良かったレオンからみるみるうちに覇気が削りとられる。


ヴェノムがその様子を煽るようにニヤリと笑うと、ララに本の角で頭を痛打された。


「ってえな!」


「あんたもチョーシのんなし。ほら、サッちゃんに謝る!」


「チッ…。」


「あ、コラ!」


ヴェノムは舌打ちだけして不機嫌そうにそっぽを向いた。あわや大惨事というところ、何とか収拾はついたようだった。強かな女性二人に感謝。


「コホン…では、気を取り直して。以上の六名及び副官の方々に参加を命じます。日取りは追って連絡しますので、各自準備を進めてください。また私達とは現地にて合流となりますのでご認識を。」


その言葉を聞いた瞬間、胸中は狂喜乱舞した。よくよく考えると当たり前のことなのだが、この合同演習にはハル姉も参加する。


陰鬱としていた気分は盛大に弾け飛んだ。ハル姉と一緒の任務。それだけでかつてないほど心が踊る。ようやくこれまでの努力の成果が実感できるまでに至ったのだ。


先行きに多大な期待と一抹の不安を抱きながら二度目の会合は終わりを迎えた。

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