84話 不撓の決意
「はっ、なんだが妬ましい波動を感じます!」
今は特務部隊隊長としての執務中。何となく…本当に何となくリューくんが女性に抱きつかれている景色が見えた気がした。
「お?」
グランが待ってましたとばかりに私に視線を向ける。最近の彼は、私がリューくん不足で発狂する姿を見物にしている節があるのだ。
「今回は違いますから!これは女の勘です。」
「まだ何も言っとらんのだが。まぁ、いい。今度は一体何があったのだ。」
「少し胸騒ぎがするんです。今に始まったことではないですけど。しばらく前から彼が女の子とデートしたり押し倒されたり告白されたりしている気がして…。」
「お、おう…。」
「いえ、それに比べれば今回は何でもないですよ?ただ他の女性に抱きつかれている気配を察知しただけなので。ええ。すっごく美人なメイドさんと金髪ケモミミの女の子。いえ、ただの想像ですけど。そんな気がしたというだけで。え、別に嫉妬とかはないですよ?ただちょっと羨ましいというかなんというか。できればその場所を代わっていただきたい…みたいな?私だって彼をギュッてして頭撫で回してたんと甘やかしてあげたいです。それで、ちょっとでも私のことを女の子として意識してくれたら嬉しいかなって。顔を赤くしてくれたりなんかしたら私は死にます。尊死です。でもやっぱりそれは贅沢すぎるかなって思う部分もあって」
「おいおい、始まっとるじゃないか。欠乏症。」
「断固否定します。なんなら命賭けますが?」
「命賭けますが?じゃないわ。何をすっとぼけた顔で負け戦に国の命運をベットしとるんだ。」
筆を進めながらの会話だったのだけど、なんだかとんでもないことを口走っている気がする。喋った内容を思い出してしまうと恥ずかしさのあまり悶絶する気がしたので、喋った内容は片っ端から忘れることにした。
「よし、今日の仕事は終わりです!」
ふと資料から顔をあげるとグランは青ざめた顔をしていた。得体の知れない化物でも見ているご様子。対照的にティーユは笑いを必死に堪えているようだった。
「あれ、私また何か言っちゃいました?」
「いや、儂は何も聞いていない。な、なぁティーユ。」
「ええ。ハルちゃんは今日も可愛いです。」
なんだか二人の会話は噛み合ってないような気がするけど。
「それよりハルちゃん?次の合同訓練のお相手は決まったのかしら?」
「はい。やっぱり連携が取りやすいところがいいかなと思って。幸い出身者が二人もいるのであまり迷うこともなかったです。」
「ということは決まりか!」
グランが急に血色を変えてニカッと笑う。歳は五十にもなるのだけど、彼の笑顔には愛嬌がある。国内屈指のガタイに男前。その上にこの愛嬌なのだから皆から慕われるのも頷ける。
「相わかった。ここへの打診は儂に任せておけぃ!今のあいつらにとってはこの上ない吉報になるだろうな。」
ガッハッハと高らかに笑いながら打診用の羊皮紙を持って部屋を出ていった。
「グランさん、嬉しそうだったわね。」
「はい、ずっと気にかけていましたから。そういう意味でも選んで良かったと思います。」
「ふふ。そうね。それにまた聞けるかもしれないわよ。」
「『偉大なるガフ将軍』!」
ティーユと目が合いお互いに思わず笑ってしまう。敬称としてはこの上なく立派なものなのに、彼へのイメージとはどうしても合致しない。そのギャップが笑いを誘う。
「さて、メタンフォード様の調査期限が近かったですね。合同訓練の件も兼ねて再び特務会議を開きましょう。ティーユさん、彼らの招集をお願いしますね。」
何となく以前よりも会議に対して前向きになった気がする。それどころか少し楽しみにさえ思っている自分がいる。特にこれといった理由は思いつかないけど…。
不意にあの仮面がチラついたが、首を横に振って無理やり意識から引き剥がす。そんなわけが無いと自分に言い聞かせ別の何かで気を紛らわせた。
そう、私はきっとララさんに会うのが楽しみなのでしょう。なんたって数少ない友達なのだから。ほら、少ないから…友達。あれ…?私って友達…全然…。
不意に頭の中のリューくんが悲しい目でこちらを見つめる。
「ハル姉ちゃんって勇者なのにぼっちだったんだね…。」
いやぁ、やめてぇ…私をそんな目で見ないでぇ。違うの。ハルお姉ちゃん、国を救うのにちょっと忙しいだけなの!友達ができないわけじゃないの!
「可哀想だから僕が友達になってあげる。たから、もう寂しくないよ。僕が一生友達でいてあげるからね!」
グッサァ。リューくんの優しさが刃となって、心の奥深くまで突き刺さった音がする。幻滅される恐怖と『一生友達』という言葉の凶器のダブルパンチ。
「どうしたんですか、ハルちゃん!?」
「ティーユさぁん…。」
唐突に目頭が熱くなり、堪らずティーユさんに身を預ける。彼女は優しく私を迎え入れ、まるで子どもをあやすように抱擁した。
「友達がいない勇者ってどう思います?幻滅しますよね、絶対…。」
「いえ、そんなことは…。えっと…孤高でかっこいいと思いますよ?………………たぶん。」
「はうっ…!」
取り繕ったような励ましの言葉がさらに追い打ちをかける。
「私決めました!次の訓練で必ず!」
私は心に誓った。何が何でも友達を作ると。そのためにはどんな手段も選ばない。これは私の威信…もといリューくんの好感度に関わる問題だ。如何なる無様を晒そうとも、この決意だけは必ずやり遂げてみせる。
かくして私の命運を賭けた一世一代の大勝負が始まる…のかもしれない。