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83話 才女

「またしてもあの若造に邪魔されることになるとは…。」


稀有な偶然か必然の因果か。十数年前の再現に思わず唸るように愚痴をこぼす。


「あのとんでもない騎士様と面識があったの?」


身を隠してきた研究室で撤収の準備をしていると、青の髪飾りをつけた少女に話しかけられる。


「タイプ…いや、今はブルーと呼ばれていたか。何用だ。」


「随分と余裕なのね。」


「もうあやつらになす術はないからの。あとは必要な物を揃えて国外にでも亡命するだけだ。」


「ふーん。私達はお払い箱ってわけ?」


疑問の意図は理解しかねたが、どちらにせよ答えは決まっている。儂にとって彼らは既に用済みなのである。


間違っても彼らが失敗作だからではない。むしろその逆で既に完成しているからこそ、興味の対象ではない。


それでも傍に置き続けていたのは新たな実験用の素体に監視と護衛が必要だったからだ。だが、それも今日までのこと。素体は異なる環境下で規定年月の生育を終えたため、本格的にお役御免になったというわけだ。


「お前たちは不要だ。後は好きにするがいい。」


「あんたは最後までそうなんだね。ま、いいわ。特に思い入れがあるわけでもないし。」


彼女はクルッと背を向ける。


「さよなら。もう二度と会うことはないと思うけど、せいぜい長生きしなさいな。」


去り際に別れの言葉を残して、目の前から消えていった。


「長生き…か。」


彼女の言葉を反芻してみたが、その言葉に実感が持てなかった。望んだこともない。この先、望むとも思えない。ただの概念として知る言葉。だが、それを聞いただけで、胸中にさざ波程度の未知の感覚を覚える。


「いや、後で考えよう。とにかく今は脱出を…」


その時、地面がガタガタと揺れ始め、家財や資料が震え始めた。どうやらべーモットに投与した気付け薬がようやく効き始めたらしい。この場所もそう長くは保つまい。


重要資料や今後の実験に用いる貴重なアイテムを選別し撤収の準備を急ぐ。


「よし、後は…」


各村に置いている二つの素体を回収するだけ…そう言おうとした瞬間。左胸に激しい違和感を感じた。焼けるように熱く、刺すように冷たい。そして自分の中に異物が紛れ込んだ不快感。


わけもわからないまま視線を下げると、自分の胸部から赤い何かが滴った刃が突き出ていた。


「なん…だ、貴様は…。」


振り向くとそこには漆黒に身を包んだ人の姿が見えた。全く理解が追いつかない。どこの誰かもわからない何者かが背後から自分を串刺しにしていた。


「知る必要はねえよ。ただお前は運が悪かった。運悪く()()()()()()()()()、運悪くあの御方(クソやろう)に目をつけられた。それだけだ。」


その人型はどうやら男らしい…ということまではわかったが、それ以上の事は何も。これが誰なのか、何を言っているのか、どういう状況なのか。何一つわからないまま体から熱が消えていく。


安らかに眠れ(くたばれ)。」


最後に聞いた言葉は理不尽な贈り言葉だった。



目が覚めると二つ目の村(デルミエール)の宿屋にいた。おれはベッドに横になっており、隣のベッドではメタンフォードが何か書き物をしている。


「あの…」


「ああ、ようやくお目覚めかい?」


メタンフォードはおれの意識がはっきりするまで待ってから、気になっていたことを全て話してくれた。


まず、あのまま気を失ったおれとメタンフォードはガブリエラによって無事に回収されたこと。エリスやレッドたちの活躍あって村は魔獣の被害を受けずに済んだこと。そして最後に二つの村を丸ごと利用したユーゴの計画と事の顛末を語った。


素体比較実験と命名されていたユーゴの計画は恐るべきものだった。実験の主旨は、生育環境が異なる二つの素体に対して同じ魔石を融合させたとき、結果に差異が生じるかどうかというものだ。


これまでレッドやブルーを始めとした強化兵の作成は素体の先天的な適正に依存してきた。だが、後天的な適性を獲得できるのだとしたら今後の実験に大きな影響をもたらすことができる。


そこで生育環境以外の条件を揃えるために双子であるマレとベネが素体として選ばれた。さらに生育環境に明確な差異を用意するためにミロワール村とデルミエール村の水源にはある薬物を混入させていた。


脳の一部を活性化させるものと鎮静化させるものである。もっと分かりやすく言えば、欲望を増長させるものと抑制するものだ。


ユーゴはこの薬物を利用することで、村人から正常な判断を奪うと同時に生育環境をコントロールしていたというのだ。


だが、実験が完遂されることはもうない。ユーゴは崩落した屋敷の下敷きになり命を落としていた。遺体はガブリエラが確認して、付近に埋葬したらしい。また状況から見て屋敷の地下に囚われていたモルトケカミナたちも全滅は必至。この件での生存者はおれたちを除いて、十名あまりの被験者とレッドを含む五人の強化兵だけとなった。


「薬物に汚染された村人の処置は国に任せる。僕たちはこれから副都に帰還した後、以上のことを報告しなければならないからね。」


「あ、あの…レッドたちの処遇は…?」


「分からない。ただ、最善は尽くすつもりだよ。」


本当にこういうときのメタンフォードほど頼りになるものはない。ほっと安堵したところで、ガブリエラとエリスが入室してきた。


「ご機嫌いかがですか?」

「大丈夫?」


「大丈夫。だけども!」


ガブリエラとエリスが少し心配そうに顔を覗き込ませる。「あらやだ、癇癪?」みたいな顔をするので気持ちが荒ぶってしまう。


「どうしてあんな無茶をしたんですか!?」


二人はお互いの顔を見合わせると、ガブリエラが黙って頷く。「説明は任せろ」みたいなやり取りが視線だけで完結している。


「相手は非常に慎重で狡猾でした。大きな隙を見せなければ全く尻尾を出さない程に。だから敵の居場所を特定するためにもエリス様と私が懐に入る必要があったのです。」


「それなら事前に相談とか…!」


「相談したらリュートは止めるでしょう?」


「手遅れになったらどうするつもりだったんですか!」


「リュートならその前に来てくれると信じていたので。」


エリスもうんうんと肯定している。結果論、確かに作戦は成功している。だが大きなリスクが伴っていたのも事実。


「で、でも…本当に心配したんですけど!?今後はそういう無茶はしないでいただけると…。」


段々とその時の感情が蘇り、「無事で本当に良かった」という安堵で泣きそうになる。そんな情けない顔を見た途端、ガブリエラはギュッと体を抱き寄せる。逆サイドに回っていたエリスも胴体に抱きつく。


「ご心配をおかけしました。あなたが来てくれて嬉しかったです。」


耳元で囁かれ、泣きたい気持ちが吹き飛んだ。温かな母性に包まれて冷静さを取り戻すと、今度はその様が恥ずかしく思えてきた。


視線だけ横に動かすとメタンフォードがニヤニヤしている。


「頑張った甲斐があったじゃないか。」


「人聞きが悪い!べ、べべ、別にこのために頑張ったとかでは!」


珍しくガブリエラはクスっと笑っているし、エリスもおれの体に顔を押し付けながら笑いを堪えている。ぷるぷる震えているのが伝わる。


「そ、そういえばフォードさんはどうしてあの場所に来れたんですか?」


「言ってなかったかな。クールとレゾンは本当に優秀でね。遠く離れていてもお互いの位置がわかるんだよ。君がエリスの場所を探れるようにね。あの子たちはそういった感覚が特に鋭敏だから。」


つまり、クールがユーゴ邸から去ったあと、どこかに身を潜めていたメタンフォードを呼びに行ってくれたということか。とんでもなく賢い馬だ。メタンフォードをして名馬と呼ばれることはある。


彼は彼で早々に敵の正体に気づいた上で、警戒されないよう帰還を装ったのだろう。過去の因縁があるから、と。そうして絶好の機会を待っていたのだ。それもおれたちがユーゴの居場所を突き止める事を信じて。


メタンフォードの卓越した先見の明に目眩すら覚えた。惜しむらくはユーゴの存在に勘づいたタイミングで教えてほしかったが…。そうしなかったことにもきっと意味があるのだろう。おれの考えが及ばない深謀の先に。


まぁ、何はともあれみんな無事だったわけで。ひとまず今回の任務はこれにて完遂。ようやく副都に帰れる…もといハル姉の顔を見れるのだ。それだけでおれの心は浮足立つというものだ。


「あ、ガブリエラ。最後に一つ聞きたいのですが。」


「はい。何なりと。」


「あの廃村のことは元々知っていたんですか?」


「いいえ。」


「では、なぜそこにユーゴがいると?」


ガブリエラはようやく抱擁を解くと、穏やかな笑みを浮かべた。


「情報収集の賜物です。」


「…?」


一体、彼女がどんな情報を元にユーゴの居場所を導き出したのか。おれにはとんと見当もつかないが、また一つ彼女の素晴らしい能力が証明されたことに他ならなかった。


一を聞いて十を仮定し百の準備をこなす才女。メタンフォードが彼女を評したときの言葉に間違いはなさそうだ。

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