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81話 信頼

地下空間の崩壊。生き埋めになる前に脱出を急いだ。メタンフォードがレッドに肩を貸し、おれはその後ろをついていった。道中、弱ったレッドが掠れた声で呟く。


「何故…助けるのだ…。貴様らは悪党ではなかったのか…。村や仲間を脅かす悪党では…。」


「それは…。」


「いや、いい。分かっている。さっきの会話は聞かせてもらった…。オレは…正義ではなかったのだな。」


驚いた。まさかあの状態で意識があったとは。あれだけの重傷を負って意識を保っていたのだとすれば本当にタフな男だ。


「結果的には。だけど、おれはあなたを悪とは思わない。その在り方は正義だったと思うから。」


おれはあとになって自分の言葉に赤面したが、レッドはこちらに目もくれず「そうか」と一言だけ呟いた。それ以降、一切口を開かなくなってしまった。


そんなやり取りを見ていたメタンフォードは、面白そうに口の端を釣り上げた…ような気がした。


おれたちが地上に出ると、程なくして屋敷が倒壊した。割と間一髪なタイミングだったらしい。屋根が剥がれ落ち、壁は崩れ、自重を支えられなくなった柱がバタバタと倒れていく。


「そういえば二人は!?」


「無事だよ。彼女達には無事な者を連れてここから離れてもらった。」


「そうですか。」


ほっと胸をなでおろす。あわよくばその中にレッドの仲間の四人も含まれているといいのだが。今はそれを確かめている余裕はなさそうだ。


屋敷の体をなさなくなった瓦礫の山が噴火したように四方に吹き飛んだ。絶望の産声を轟かせながら、地面からそいつは這いずり出てきた。


そいつはとにかく見上げるほどでかかった。短くも屈強な四肢、熊のような胴体、頭部まで伸びる下牙をもつ。漂う風格は地上の覇者のそれだった。


「べーモットか!まさかこんな大物がお出ましとはね。」


メタンフォードの頬に冷や汗が伝う。それほどヤバい魔獣だということはおれでもわかった。


『獣の王』べーモット。洪水を引き起こす『海の悪魔』、百日間の夜をもたらす『大怪鳥』に並ぶ災いの権化。世界中にその名が知れ渡るほどの魔物だが、実物を見るのはこれが初めてだ。何せ個体数が非常に少なく、存在が確認されることすら百年に一度あるかないかという希少性をもつからだ。


だが、歴史上でその存在が確認されたとき、必ずと言っていいほど人里に甚大な被害を及ぼしている。懐かしのギルドの基準を用いるならば特級の中でも上位に位置する存在。余裕で勇者が出張ってくるほどの案件だ。


対して、迎え撃つのはおれと魔力切れのメタンフォードのみ。


「絶望的では?」


「ああ、これは流石に想定外だ。あれを放っておけば近隣の村は間違いなく地図から消滅する…いや、副都もか、うん。」


思った以上に緊迫した状況だった。間違っても冷静かつ楽しそうに被害の大きさを推測している場合ではないのだ。


「何か手はないんですか?」


「…あることにはある。幸いまだあれは目を覚ましたばかりだしね。しかも都合のいいことに魔力切れの状態ときた。」


「あなたもですけどね!」


「ふっ。だから…ね?」


ニコッと笑うメタンフォード。おれは「だからなんすか」と聞き返しそうになったが、声に出す前にその意図に気づいてしまった。


「まさか…本気ですか?」


「もちろんだとも。それ以外に何か方法が?」


「うっ…確かにそうかもしれませんが…。」


メタンフォードにしては無計画な手だ。何せ一度も試したことはないのだ。上手くいく保証なんて全くない。


「それにね。」


「…?」


「話を聞いたときから興味はあったんだ。だから、機会があればと思ってたんだけど…存外早かったね!」


「ね!じゃなくてぇ…。」


「大丈夫。必ず上手くいくさ。」


結局どうこう論じたところで、やるしかないことに変わりはなさそうだ。それにしてもなぜそこまで確信できるのかは謎である。


「なぁ、オレにできることはないか?」


唐突にレッドが問いかける。メタンフォードとの会話に精一杯で存在を忘れていた。


「ふむ…。君は正義を成したい…だったかな?」


「ああ、だがそれも今となっては浅はかな願いだった。結局は騙され利用されていただけなのだからな。」


「ふむ。なら、一つ提案しよう。」


メタンフォードはピューと指笛を鳴らし、クールと対になっていた名馬のレゾンを呼び寄せる。


「ここを最初の一歩にすればいい。君が村を守れ。例えここでべーモットを抑えたとしても森中の魔物が混乱し、村に危害が及ぶだろう。だから、君には村の人たちを守ってもらいたい。」


「そんなことで…いや、わかった。引き受けよう。」


そこには初対面のときに感じた押しつけの正義はなく、ただ自分の役目に真摯に向き合う男の姿があった。レッドはレゾンに跨がると、クールに負けず劣らずの速度で遠ざかっていった。


そんなやりとりを知ってか知らずか、べーモットはグオオオオオオ!と起き抜けの咆哮を一発。


「さて、あまり時間はないぞリュート。」


「ぐぬっ、やるしかないのか…!」


もう後には退けない。手元にあるのはたった一枚の切り札のみ。不確定要素満載の大博打だ。内心、できることならハル姉にだけ使いたかった!


そんな我侭な未練を振り払いながら、おれはあのときの感覚を思い出す。頭に浮かんだ文言をやけくそ気味に唱えた。


「失敗したらフォードさんのせいということで!いきます!共存共栄(シンフォニア)!」


精一杯叫んだ声は呆気なく咆哮に掻き消され、何も起こらない。おれは不覚にも「ああ、やっぱり」と安堵した。あれは相手がハル姉だから、ハル姉が特別だからと、そう思いたかった。


だが、それは急に始まった。おれの魔力が見えない線を描いてメタンフォードの魔力に繋がる感覚。そして、その魔力は感知できない彼方へと続く。


言葉では形容できない到達点に至ったとき、魔力を辿って情報の大瀑布が逆流し始めた。


べーモットの雄叫び。浮足立つ森の魔物たち。音圧に耐えかねて軋む木々。震え上がる小動物の悲鳴…。


耳を塞ぎたくなるような大自然の阿鼻叫喚が降り注ぐ。


「どうだい?上手くいっていれば君にも『小人の足音(ナノ・パッソ)』の恩恵があると思うんだが。」


既に魔法が成功している確信があるのだろう。メタンフォードが自分だけの宝物を見せびらかすようにニヤッと笑う。


「なによりだ。」


己が生み出す魔力を二人で共有する代わりに、おれはメタンフォードと同じ技、同じ才を一時的に得る。これはそういう魔法。お互いの長所をかけ合わせることで相乗効果を生む。その名に恥じない効果が確かに発揮されている。


発動条件は相互の信頼。それも生半可なものではだめだ。相手に命を預けるほどの絶対のものでなければならない。ただし、その基準は曖昧で、無理やり言語化すればの話である。


そして、メタンフォードはその条件を当然とばかりにクリアしてみせた。おれには理解できなかった。彼がどうしてここまでおれを信頼できるのか。


逆の立場ならまだわかる。メタンフォードは最優の騎士だから。多少の難こそあれ人格者で戦闘力に至っては言うことなし。それは世間も認めるところであり、おれは散々その様を見せつけられてきたのだから。


でも彼から見たおれは違う。おれなんて田舎から出てきたぽっと出の小僧なのだ。幾度か対峙し、幾度か肩を並べただけのほとんど赤の他人なのだ。そんなおれに絶大な信頼を寄せてくる彼の心理がわからない。


自分の精神状態をも自在に操作できると言われた方がまだ納得できる。


「君が何を考えているのか、なんとなくわかるよ。教える気はないがね。」


「ないんかい。」


絶句した。本当に思考が読まれているみたいだ。さらにその受け答えまで先回りして言われてしまって、そう返すほかなかった。


「ほら、今は目の前に集中!」


「は、はい!」


おれは慌ててべーモットに視線を向ける。そのとき不意にやつと目が合った。勘違いではない。やつの血走った目がおれたちを捉えていた。


無理やり監禁され、あまつさえ眠っていたところを叩き起こされたのだ。その元凶たる小賢しい人間への殺意が確実におれたちに向いていた。


標的確認(アガンチャート)!って雰囲気だね。君も巻き込まれた口だろうがどうか許してほしい。この国を守護する一騎士として、君には再びこの地でお眠り頂く!」


メタンフォードの物怖じせぬ宣戦布告が開戦の合図となった。

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