80話 乱入
「なんで!?」
「なぜだ!?」
奇しくもおれと村長の反応が一致した。それだけこの男がこの場に現れたのはイレギュラーな事態だった。
メタンフォードは敵を庇って窮地に立たされるおれの姿を視認すると苦笑いを浮かべた。
「やれやれ。君はもう少し自分を大切にした方がいい。まぁ、それが君らしくもあるんだけど。」
皮肉のつもりかと言いたかったが、上手く声が出なかった。その代わりに激昂した村長の声が響く。
「答えろ!なぜ貴様がここにいる!」
「難しいことじゃないさ。村長…いや、ユーゴ博士。」
「フンッ、その名はとうの昔に捨てた。…それも貴様のせいでな。」
ユーゴ。それが村長の名前らしい。加えて彼はどうやら博士という身の上。思い返せばレッドも同じことを言っていたような気がする。
「王都から追放されたと聞いていたが、まさかこんなところで実験を続けていたとはね。上手くやったものだ。」
「実験?」
「ああ、リュートは知らなくて当然か。かつて王都で行われた非人道的な実験。彼はその主導者だった。」
確かに知ったことではなかった。そんな訳の分からない事件と結びついていたなんて。
だが、おれにとってはそんなことよりもまず、メタンフォードがどうしてここにいるのかの方が気になるのだ。
目で訴えるおれを見て再度苦笑いを浮かべるメタンフォード。
「説明は後でするよ。」
そう言うと様子を伺っていた巨人に向かって剣を投擲した。刃は心臓部を貫き、巨人は膝から落ちる。体が倒れきるよりも早く巨体の懐に入ると、刺さった剣をするっと引き抜き次のターゲットに向かって走り出した。
おれは予定調和的な鮮やかな動きに目を奪われた。対人戦で見せたときとは全く異なる、剣技に比重をおいた攻撃。無双と表現するに値する圧倒的な強さを見せつけ、瞬時に全ての巨人を絶命させた。
「さすが、最優の騎士と呼ばれるだけはある。メタンフォード・ブラン。」
「そうでもないさ。この程度のことなら誰にでもできる。」
それはない、と心の内でツッコむ。相変わらず皮肉を欠かさないところがメタンフォードらしい。
「さて、貴殿には聞かねばならないことが山のようにあるのだが。我々にご同行いただけるかな?」
「残念だがそのつもりはない。そも、この場所を知った以上、誰一人帰すつもりもないわ。」
ユーゴは昂っていた感情を鎮め、メタンフォード相手に不遜な態度を見せた。嫌な余裕だ。最優の騎士を前にしてこの余裕。絶対に何かある。
そう考えついたとき、異変は起こった。おれとメタンフォード、瀕死のレッドがいる空間は瞬く間に淡い光に包まれた。
光は次第に強くなりやがて何も見えないほど強烈に発光する。影が跡形もなく消滅するほど眩い光に瞼を閉じる。
数秒後、発光の収束とともに全身から根こそぎ魔力が抜き取られた。同時にひどい疲労感がどっと押し寄せる。
「これは…!」
珍しくメタンフォードの細目が大きく開かれる。魔力を抜き取られたのはおれだけではないらしい。
「ばかな。こんなことできるはずが…。」
「フッフッ、安易に足を踏み入れたのが間違いだったな。」
勝ち誇ったようなユーゴの声。
「可能なのだよ。これこそ儂が作り出した新魔法。まぁ、実験の副産物ではあるのだがな。貴様で試せるとはこの上なく幸運だった。だが…やはりそうか。お主、魔力が既に戻っておるな。」
一時的に魔力はすっからかんになったものの、この通り既に全開。それがわかるユーゴは『感知者』なのだろう。
「これ程の魔法…はは、戻ったら報告することが増えそうだ。」
「帰すつもりはないと行ったはずだが?メタンフォード。」
ぞろぞろとモルトケカミナの第二波が室内に送り込まれる。
「リュート。君は彼の治療をしてやるといい。哀れな被験者たちは僕が受け持とう。」
「は、はい!」
予測不能の展開ですっかり忘れていたが、レッドは瀕死の重傷を負っている。このまま時間が経てばその命は五分と保たない。おれはレッドの負傷箇所の特定と治療を急いだ。
「ああ、ちょうどいい。この機に状況を説明しようか。」
などと呑気に剣を構え、モルトケカミナの追撃を軽々と捌くメタンフォード。
「十年以上前になるかな。かつて王都では死刑囚を対象とした人体実験が行われていたんだ。実験内容は人体への魔石の移植。まぁ、それだけなら僕は糾弾しようとは思わなかったんだがね。」
とんでもない内容をまるで与太話のように語り始める。人の命を用いた残酷な実験とその犠牲者。国の暗部とも呼べる話を淡々と。
そして、魔石の性質を利用した狂気の計画は当時騎士見習いだったメタンフォードによって摘発され、中断に追い込まれた。
「おっと。だが僕のせいにされては困るな。死刑囚だけを被験者としていれば僕は眼を瞑っていただろうからね。」
「それはそれでどうなんでしょうか!?」
「まぁ、そこは『国政は清濁併せ呑む』ってやつさ。理想論だけではやっていけないことも理解できる。」
当時十代半ばでそんなことを考えていたのであれば、とんでもなく達観した価値観の持ち主だ。だが、それを容易に想像できてしまうほどの才覚は認めざるを得ない。
「ん?でも死刑囚だけをってことは…。」
「ああ、ユーゴ博士は禁忌を犯した。」
メタンフォードの声には穏やかな怒りが込められていた。その理由を聞いたとき、吐き気を催すほどの悪事を赤裸々に答えた。
死刑囚を強制的に孕ませ、その子までも被験者として利用していたこと。仲間であるはずの研究員を貶め、口封じの名の下に被験者の身に落としたこと。調査の結果、貧民街からの人攫いもざらにあった。
「成人は確実に自我を失い、子どもの生存率は一割未満。被験者の総数は千はくだらない、と言えば事の重大さは理解できるだろう?」
絶句。もはや人道的どうこうの域を越えている。そこまで来たら弱者を痛ぶる迫害と何ら変わりない。虐殺だ。
そして、一度は頓挫した計画を遠く離れたこの地で再開していたというのが事の真相らしい。
今のモルトケカミナは廃村前の村人と調査に訪れた冒険者たち。訪問者を監視し素性を調べ、問題がなければモルトケカミナに襲撃させ捕縛。あとは彼らの仲間入りといったところか。
「これで冒険者失踪事件とゾンビの正体については明らかになったわけだが。君はどうしたい?」
今回の任務は真実が判明した時点で完了だ。あとはエリスとガブリエラを救出し、脱出すればいい。メタンフォードがいればそれも可能なのだろう。
だが、こんな悪事を放置しておめおめ引き返すなどありえない。
「当然、叩き潰します!」
「それでこそだ!」
おれはレッドを回復させるため、魔力による治癒から『再生』に切り替える。
出し惜しみ?それは違う。そもそも『再生』という魔法についてはまだ何も知らないのだ。
メタンフォードですら認知していない固有魔法。どれほどの性能を持つのかわからないし、殊更に副作用など不確定要素が多すぎる。
ハル姉に使って以来、あまりに尊大な力な気がして使用を躊躇っていたところもある。だが、この状況で使わないほどレッドには猶予が残されていなかった。
他の魔法とは異なり長い詠唱は必要ない。意識するとはっきりと形になるその言葉を唱えるだけ。
『再生』
外目からでもわかる。致命的な負傷箇所が本人の生きる意思とは無関係に修復されていく。
「ほぅ、これが!」
メタンフォードも興味深そうに回復過程を覗き込む。クールなキャラに似合わず好奇心に満ちた眼差しを向けていた。モルトケカミナの第二波は早々に片してしまったようで、興味が完全にこちらに移っている。
「チッ、やはり失敗作では相手にならんか。だがな、よもや人質がいることを忘れてはおらんだろうな?いくらか抵抗したところで所詮お主らはモルモットに過ぎんのだよ。従順に儂の言うことを」
「人質?」
少し苛つきを含んだユーゴの声にメタンフォードが反応する。
「人質というのは、一体誰のことだい?ああ、言っておくが彼女らのことを指しているなら既に解放させてもらったよ。」
「!?」
いくらなんでも手際が良すぎないかと訝しむが、二人が救出されているならそれでいい。ユーゴの慌てた様子から、ハッタリなどではないのだろう。
「ご存知ないかな?アンダーグラウンドは僕の領域だ。」
「つくづく癪に障る若造だ。ならば、もう気づいているのだろう?奴が最奥で眠っていることも。」
「ああ、困ったことにね。この気配、少なくとも準災害級指定の魔物だろう。どうやって捕獲したんだか。」
「え…準災害級?」
会話に取り残されたおれは印象的な響きだけを反芻した。その直後、足元からずっと深いところで巨大な何かが動き出した。地面はひび割れ、天井や壁は崩落を始めた。
準災害級。神秘とされる三大魔獣とは別種の位置づけで、過去の人的被害の大きさによって指定されるランクだ。
準災害級といえば、都市を壊滅させ得るレベルで討伐には複数の騎士団の共闘が必要な規模だ。
メタンフォードの推測を信じるのであれば、そんな化け物が今にも目を覚まそうとしていることになる。
そんなことは承知の上でメタンフォードは『どうしたい?』と尋ね、おれは何も知らないまま『叩き潰します!』と答えてしまっていた。
ここでおれが思うことは一つしかない。
「嵌められたあああああ!」