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79話 救援

「モルトケカミナ…!どうしてこんなところに!?」


思考している時間はなかった。おれは既に彼らに囲まれている。


「今そやつらには一切の制限がない。死にもの狂いでお主を襲うだろう。せいぜい食われる前に殺すことだ。」


その言葉を最後に村長の声は消えた。殺す、という嫌な響きだけが頭に残り続けた。


そもそも実験と言っていたが内容があまりに不明確だ。何をすれば、何が証明できればその実験は終わるのか。何も分からないまま、モルトケカミナの一群は押し寄せる。


モルトケカミナは前夜に見せた姿と変わらず、獲物に食らいつく肉食獣がごとく牙を向けた。


おれはただ逃げた。村長の言う通りに殺すことを是とは思えなかった。モルトケカミナと呼ばれ、ゾンビを想起させる外見こそしているが姿形は人間そのもの。殺すという選択肢は、端からおれの中にはなかった。


「ほぅ。その速さは…。魔法の痕跡が…。」


村長が分析するようにぶつぶつと呟いているがよく聞き取れない。それが実験内容とどう関係しているのか問い詰めたいところだけど…。


体感的には小一時間。増える一方のモルトケカミナから逃げ続けたが、実験とやらが終わる気配はない。


「再現性は確認できた。次のフェーズに移行するとしよう。」


村長の言葉に呼応するように、どこかの扉が解錠されるような正体不明の稼働音が部屋中をこだまする。


音が止むと今度は重々しい鎖が擦れる音を鳴らしながら、三つの巨体が暗闇からぬっと現れた。


首のない巨人。それが彼らを表現するのに最も的確な言葉だった。高さ十メートルにも達する筋骨隆々とした巨人が三体。その四肢には金属製の枷がはめられていた。


「なんだ…こいつら!?」


形は人をそのまま巨大化させたようではあるが、如何せん首がない。その事実が生物としての不自然さを際立たせていた。


先頭の巨人が首もないのに雄叫びを上げると、後ろの二体も共鳴するかのように続く。


おれは地下を揺るがす轟音に耳をふさいだが、それでも鼓膜を叩かれるような痛みに襲われる。群れなすモルトケカミナでさえも激痛に耐えきれずうずくまる。


そして、壮絶で凄惨な光景はその後に待っていた。三体の巨人は足元に群がるモルトケカミナに気に留めることもなく、無差別に暴れ始めたのだ。


断末魔の叫びが飛び交い、赤い果実が弾けたように鮮血が舞う。振り回される巨人の拳骨が、地団駄を踏む足が、倒れ込んだその巨躯がプチプチとモルトケカミナを挽き潰していった。そして、その矛先がおれだけに向かわない理由は一つもない。


挽肉製造装置と化した三つの巨体が猛烈な勢いで迫りくる。速さはそれほどでもない。だが、限られた空間の中で三体の巨人が暴れ回れば必然的に切り抜けるのは難しい。普通なら。


不意に口の端が釣り上がった。


こう見えてもいくつもの修羅場を経験してきたのだ。この程度の窮地など朝飯前。


おれは散々鍛えられてきた動体視力で不規則な巨人の攻勢を見切る。人ひとりがやっと通れる隙間を縫うように移動し巨人の懐に潜りこんだ。


「ぶっっっとべ!」


暴れ回る巨体に強烈な拳を叩き込むと、巨人の体はお互いの質量差などお構いなしに吹き飛んだ。


かつて相対したイスキューロとは比べるべくもなかった。体のサイズこそ彼より遥かに大きいが、そこから繰り出される攻撃は命を脅かす域にない。


『鬼』との死闘を経て、感覚が狂ってしまったのかもしれない。思考は驚くほど冷静かつクリア。巨人の動きが手に取るようにわかった。自分の周りだけ時間が緩やかに流れているような感覚だ。


おれは何度も立ち上がる巨人を尽く張り倒した。その傍らでモルトケカミナの悲痛な大合唱が響き渡っていた。詳細を聞き取れはしないが村長の感嘆の声も聞こえる。


だから、おれは気づけなかった。おれが入ってきた扉が再び開いていたことに。そして、そこに気絶させたはずのレッドが立っていたことに。


「それは聞いてない…!」


この状態でレッドや他のメンバーの加勢があるのはかなりまずい。不意をついて気絶させられたとはいえ、レッドの潜在能力は未知数。実際に内包する魔力はおれよりも上だ。


だが、覚悟していたような加勢はなかった。その代わりレッドは目の前で繰り広げられる惨劇に呆然としていた。


「こ…これは…これはどういうことですか、父う…博士!なぜ患者がこんなことに…。し、し、死んでおるではないか!」


レッドは慌てたように誰かに呼びかける。先程まで血色の良かった顔が完全に青ざめている。動揺のあまり、まるでゾンビになったかのようによたよたと歩き始めた。


「博士!なぜ黙っておるのだ!?」


「チッ、些か面倒なことになったな。」


博士と呼ばれていたのは村長のようで、舌打ちをするとレッドを部屋に残し自動で扉が閉まる。


「な、博士!どういうつもりだ!?」


無情にも次の返事はないようだった。おれが必死に巨人の相手をしている後ろでドラマを展開するのはやめてほしい。


と、その時、おれを執拗に追っていたはずの巨人は急に方向を変え、レッドに向かって走り始めた。


ふぅ、助かった…なんて胸を撫で下ろしていい雰囲気ではなさそうだ。巨人はそのままスピードを緩めることなくレッドに体当たりをかました。レッドは吹き飛び、頑丈な壁に勢いよく叩きつけられる。


一目でわかった。致命傷だ。ベチャッと壁に張り付いたレッドのシルエットが歪んで見えた。血が大量に飛び散っている。それでも巨人は瀕死のレッドに向かって走り出した。


見過ごしていいのだろうか?次くらえば人の形すら保てなくなる。死あるのみだ。


直後、おれの体は勝手に動いていた。レッドが敵であるという葛藤はつゆほども生じなかった。事情は分からないが、放ってはおけなかったのだ。


自慢の脚力で巨人を抜き去り、レッドの前に立つ。手を壁につき、壁ドンでレッドを庇う形になってしまったのは非常に遺憾である…なんて悠長な想いは一瞬で吹き飛んだ。


おれは諸共に踏み潰さんとする巨大な足を背中で受け止めた。凄まじい衝撃が背中を打つ。しかも何度も何度も念入りに。


「ぐっ…うっ…ぐはっ!」


「な…ぜだ…?」


口から血を吐き出しながらレッドは尋ねる。だが、それに答えてやれるほどの余裕も考えも持ち合わせていない。ただ踏み潰される度に壊れる自分の身体を治すので手一杯だった。


そもそも!「何故か」なんておれ自身が聞きたいくらいだよ!なんで敵を庇ってまで、こんな痛い思いをしないといけないの?正直これ、めちゃくちゃ痛いのだ。木から落ちて背中で着地する瞬間の倍痛い。それを何度も何度も何度も何度も。


だが、痛み以上に呼吸ができないのがつらかった。踏まれる度に肺から空気が押し出される。そのせいで意識も朦朧としてきた。無意識的に治癒こそ続けているが、さすがに失神してしまえば一巻の終わりだろう。


「あ、これやば…。」


息を吸う隙すらなく、意識が飛ぶ。そんなギリギリのタイミングだった。おれを踏みつける巨人のさらに後ろで、天井が崩落する音が聞こえる。


後ろに首を回すことはできなかった。ただ、その音が止むと背中を打ち付ける衝撃はピタリと止まった。


そして、あの憎たらしい声が聞こえてくる。


「何とか間に合ったか。すまない、思った以上に時間がかかってしまった。」


全く悪びれる様子のないメタンフォードの声だった。

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