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75話 五色の迎撃者

おれを背に乗せたクールは恐ろしく速く、靭やかだった。


急げ、急げと念じるたびに、その想いに応えるようにクールは加速した。通り過ぎた木々が、叢が、大岩が、瞬く間に遥か後方に置き去りにされていった。


そのとんでもない速度とは対称的に、荒々しさはまるで感じられない。躍動するクールの健脚は、その衝撃を胴体にまで伝えない。まるで空でも駆けているかのような滑らかな疾駆だった。


もちろん乗り心地は初心者にとっても抜群で、この疾走感は他の馬では絶対に再現できないと断言できる。ガブリエラの保証は何も間違っていなかった。


クールの快足はおよそ一刻半にして二つの山を越え、三つの川を跨いだ。『舗道を好むは未熟者、獣道こそ玄人の誉なり!』なんて、声高々に宣言していそうな様相で道なき道を突き進む。


その間、戦地に赴いていることすら忘れさせる爽快感に、心は満たされていた。精神をすり減らすばかりだった焦燥感は跡形もなく消えていた。


程よく士気が高まっていた頃、クールは徐々に減速し、やがて停止した。どうやら目的の地に辿り着いたようだ。


そこはかつて名のある村として栄えていた場所らしいが、今では見る影もない。家だったものは中途半端に積み上がった煉瓦の壁と瓦礫の山に。畑だったものは雑草が好き勝手に生い茂る荒れ地に。人の住む気配などない、まさに廃村の名に違わない光景だった。たった一つの例外を除けば…。


「絶対あそこじゃん!いや、探す手間は省けたけども…。」


思わずそう言ってしまいたくなるような異物が、村の跡地で幅を利かせていた。村には似つかわしくないそれは、つい最近目にしたグレンの邸宅を想起させる。広大な庭に、重厚な鉄柵、城と見紛う巨大な屋敷…。暗がりで見るそれは、悪の根城という言葉にピタリと当てはまる。


よほど見つけづらい場所なのだと覚悟していたから、驚きを通り越して罠なのではないかと懐疑的になってしまう。ガブリエラも、まさか黒幕の拠点がこんなにあからさまに主張しているとは夢にも思わなかっただろう。


だが、間違いなく敵はそこにいる。不穏な気配が微かな死の臭いとともに屋敷から漂ってくる。


おれが屋敷の前で地面に降りると、クールはお役目を果たしたことを察して颯爽と走り去っていってしまった。その姿を後ろから眺めて大きく手を振った。


「ありがとう、クール!…って、あれ?帰りどうしよう!?」


心配事が一つ増えてしまった。この期に及んで帰りの心配とは我ながら悠長なことだけど、この心配が無駄にならないことを祈るばかりだ。


そんなことよりも、もっと気がかりなことがある。今まで考えないようにしていたが、いよいよ難しくなってきた。最も避けたかった展開が予定調和のごとく実現してしまったのだ。


おれは丸腰で敵地に乗り込まなくてはならない。今まではエリスとガブリエラがいたから、「最終的には何とかなるかあ。」などとアホ面で高を括っていたのが大間違いだった。気がかりは気がかりのうちに対処すべきだったのだ。


戦鎚?あれは選定の時に粉々に粉砕されてしまって既にこの世に存在しない。たった一日という短い期間だったとしても、彼はかけがえのない相棒だった。


「というわけで、お手柔らかにお願いしますね…。」


誰に聞かせるでもない独り言と同時に鉄格子の門を押して中に入った。すると、数メートル先には五つの人影が待ち構えていた。体の大きさはまちまちだが、湧き出る魔力は均質的でどこか魔獣に類似している。そして、それは監視者と同じ魔力だった。


謎の監視者がこうして現れたことからも、エリスたちが囚われているのはここで間違いなさそうだ。


「聞くだけ聞いてみるけど、見逃してくれない?」


「残念だがそれはできん!何せ父上…博士からの司令だからな!村を脅かす悪しき輩を通すわけにはいくまいて!」


一番図体の大きな男が一歩前に出てきて言い放った。短い金髪で格闘家の如き逞しい顔つき。そして、赤を基調とした綺羅びやかな出で立ち。一目見た印象は『炎』そのものだった。


おれは男のテンションの高さに驚いて、おれは言葉を失った。そして、訪れる沈黙。さらにそれを破ったのは『炎』の男だった。


「オレたちが何者なのか、聞かなくていいのか?」


真正面から素性を聞いても素直に答えるはずがないと思い、その発想には至らなかった。だが、男はどこか聞いてほしそうに眉をひそめる。


聞いて答えてくれるならこちらとしても情報が整理できて助かるので、あえてその提案に乗ってみることにした。


「では、聞きますが…。あなた達は何者ですか?」


「ふっ。そんなに聞きたいか!ならば聞くがいい!オレは烈火の如き赤き血潮のサラマンダーレッド!」


飛んできたのは得意満面な自己紹介。そんなに聞きたいかと問われればそんなことはなかったし、聞いたところで理解できたのは『彼の血は赤い』ということだけ。つまり、何も聞いていないのと変わらない。


漢の口上に初めて反応を示したのは寒そうに腕をさする茶髪の彼女。サラマンダーレッドと名乗る漢とは対称的に青を基調とした服装である。


「うわ、さっむッッ。やっぱムリぃ。」


「おい!ちゃんと決めた通りにやらないか!ええい、最初からやるぞ!」


「うぇぇ、アホくさ。」


「オレは業火の如き赤き血潮のサラマンダーレッド!」


「さっきと違うし!はぁ…。私は、えー…凍てつく視線と…とー…冷めた心のトビウオブルー。」


棒読み感がすごい。しかも凍てつく視線と冷めた心って…。厭々やらされている状況を的確に表しているじゃないか。こればかりは彼女に対する同情を禁じえない。


呆然とするおれを他所に、事前に打ち合わせたのであろう一幕が続く。


「風のように疾く」

「雷のように鮮烈に」

「「我ら、二人で疾風迅雷」」


イエローとグリーンじゃないんかい。先の二人とコンセプトが一致していない二人組は察するに黄色担当と緑担当なのだろう。髪の色も担当色に合わせて染めたのか、それぞれ黄色と緑だ。どっちも歳はおれとそう離れていないように見える。


そして最後に現れたのは年端も行かぬ小さな女の子だった。年齢はマレやベネと同級生くらいかな?サラマンダーレッドを真似して両手を腰に当て胸を張るポーズ。


「とろけなさい。あまくてみだらなゆめにおとしてあげる。わたしはブロチェリーピンク!」


「誰だ!この娘にそんな言葉を教えたやつは!?」


「ひぅっ!」


反射的に怒鳴ってしまったせいで、ピンクはビクッと反応し、怯えたようにたじろいだ。恐らく彼女は自分が口にしている言葉の意味を理解できていないのだろう。いきなり怒鳴られた理由もわからないはずだ。


だが、あえて言わせてもらおう。子供の口から『甘くて淫らな夢』とか聞きたくない!


「お前達!悪党の前で狼狽えるな!ここで決めるぞ!我ら五人合わせてえええ!」


レッドの掛け声とともに五人は息を合わせた。


「「カラフレンジャー!!!!」」


おれはこれを聞いてどんな顔をしていただろう。たぶん彼らが期待していたような表情はできていないはずだ。それでもどうか彼らの心を傷つけないように、引きつった笑顔でなかったことを切に願う。


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